急激な成長
―ダイニング 夜―
「……踏み込んじゃいけない感じがするのは」
リアムは小さく笑ってそう呟くと、すぐにナイフとフォークを持って再び肉に挑み始める。
(そう言う割には、かなり入り込んで来てる気がするけどね……その自覚はあるんだ。ならやめて欲しいな、踏み込まれたら嘘がバレてしまうし)
「フッ……そうだね。前言っただろう? ちょっとくらい秘密がある方が、魅力的に見えるって。僕はその魅力を失いたくない。だから、あまり僕のことを詮索するようなら――君に明日はもうないかもしれないよ」
僕は小さい子供を脅かす時のように、両手を顔の前に持って行って指を滅茶苦茶に動かした。
「馬鹿馬鹿しい……」
クロエがそう呟くのが聞こえたが、今は無視しておこう。リアムは肉を切りながら、顔だけ上げる。その顔は、子供のように弾ける笑顔が浮かぶ。
「アハハ! 可愛い脅しだね。俺も昔よくダディにそんな感じで早く寝ろーって言われたっけな。さっさと寝ないと、オバケがリアムを食べちゃうぞって!」
「寝たの?」
「ううん、オバケがどんな風に俺を食べるのか気になってこっそり起きてた。お陰で一日徹夜さ。うわっ!」
その時、皿の上で滅茶苦茶に踊らされ半分になりかけていた肉がナイフに押された反動で、皿から逃げるように飛び出した。肉汁を引き連れて肉は宙を舞う。僕には、それがまるでスローモーションのように見えた。
いや、実際そうだった。
「何これ……」
クロエが口をぽかんと開けて、そう漏らした。彼女がそうなるのも、無理はない。だって、肉だけがゆっくりと宙を飛んでいるのだから。それ以外は、今まで通りのスピードで動いている。僕もクロエも、リアムも。
「よしよし!」
リアムは満足げに立ち上がると、フォークで空飛ぶ肉を突き刺した。
「リアム……これは」
「フフン、感覚をちゃんと掴めたからね。タミのお陰で! 肉がゆっくり動くのをイメージして、魔法をかけたんだ」
今まで見たことがない肉の様子に気を取られている間に、リアムがいつの間にか魔法をかけていたようだった。
(いやいや……今日の夕方まで魔法は使えなかったんだよね? しかも、使えたって言っても失敗して訳の分からない所まで吹っ飛んで行ってたよね? それなのに、こんなに咄嗟に上手く出来るものか!?)
「急激な成長だね……ハハ」
それしか言うことが出来なかった。実は、夕方の出来事は全て演技だったのではないかと感じてしまうくらい。
「出来るようになると、すっごく簡単だね! 皆が俺を馬鹿にする理由が分かったよ。なるほどなぁ……」
リアムは頷きながら、再び椅子に腰を下ろす。そして、フォークに突き刺さったままの肉をナイフで皿に下ろすと、再び切ろうとし始める。
しかし、その様はあまりにも不格好で見るに堪えなかった。このままだと、肉を食べ切るのに何時間かかるか。まだ半分になりかけ、リアムが食べ終わるのを待つのは辛い。だから、僕は――
「リアム、僕が代わりにやるよ。いや、やらせてくれ。待ってたら、肉が肉じゃなくなるよ」
「こんな立派な肉食べたことなくて……エヘヘ、ごめん」
僕は、リアムから皿とナイフとフォークを受け取った。
(難しいことなのか? ただ、肉を食べやすい大きさにするだけのことが……まぁ、僕もあまり人のことを言える立場ではないか)
人には、それぞれ出来ることと出来ないことがある。僕にとって簡単なことが誰かには難しく、誰かにとって簡単なことが僕には難しい。
「はい、美味しく食べて」
ただ、僕は肉をナイフとフォークを使って切るのに慣れているだけだ。子供の頃に大人達に厳しく教え込まれたことだったから。それが、いつの間にか簡単になっただけのこと。
「わーい! ありがとー!」
リアムが食べやすいように、一口大に全て切った。四角形が沢山あって、少々気持ち悪い。僕はあまりそれを見ていたくなくて、すぐにリアムの目の前に置いた。
「はい、どうぞ」
そして、僕がナイフとフォークを渡すと待ってましたと言わんばかりに、リアムは食べ始めた。




