情けないほど
―ダイニング 夜―
もし、クロエがいるならばダイニングルームではないかと僕は思った。それを確かめる為、僕は急いでここに来た。
「クロエ……!」
クロエは耳に何かを挿して椅子に座り、少しリズムに乗りながら勉強をしていた。だからだろう、僕の存在に気付いていないようだった。
本当は声をかけてはいけないのだろうけれど、彼女に聞かなければならないことは沢山ある。申し訳ないが、時間を少しだけ貰うことにした。
「クロエ!」
僕は息を吸い込んで、出来る限り大きな声で叫んだ。すると、流石に声は届いたようで少し驚いた表情を浮かべて、クロエは耳からその何かを外した。
「びっくりした。起きたんだ。気付かなかった」
「ご、ごめん。その……唐突に色々聞きたいんだけど、いい?」
僕がそう問うと、クロエは察した表情を浮かべて頷いた。
「今日って……何曜日かな」
「水曜日だけど」
クロエはその表情を一切変えず、真っ直ぐ僕を見つめてそう言い切った。
「え?」
「だから、水曜日だけど」
「ま、待ってよ。き、昨日が……水曜日じゃないのか!?」
「今日が水曜日だけど」
(まさか……嘘だろう!?)
「じゃあ……僕は一週間も眠っていたというのか!?」
「そうだよ。あれからずっと……巽君は、タミ君は眠ってた」
クロエはそう言った後、真っ直ぐ見つめていた視線を机に落とした。
「大丈夫だよ、覚えてるかどうかは分からないけど……私が全部どうにかするって言ったでしょ。学校には特別な事情で通えないって学長に言ったから、欠席日数には何も問題はないよ。それと、バイト先のことだけど……私からしばらく出れないって電話しておいた。トーマスさんだっけ? 優しく了承してくれたわ。夕方の時点で起きてこないから、明日も休みって言っちゃった。だから、ずる休みして」
「そこまでしてくれたのか……ごめん」
もし、クロエがいなかったらと思うとゾッとする。今頃僕はどうなっていただろうか。外で醜態を晒し続けていたかもしれない、加えて無断欠席に無断欠勤だ。僕の信用は、間違いなく地に落ちていたに違いない。特殊な圧力とやらを使っても、消すことが出来ないくらいに。
「あ、リアムって人のことだけど」
クロエは、机を見つめたまま言った。
「安心して。彼は何も気付いてないから。私が、どこからか吹っ飛んで来た彼を保護したってことにしておいたから。まぁ、それは黒いライオンさんのせいにするかしかなかったけど。タミ君が恐れているような事態にはなってないから」
「……クロエ。やっぱり、僕の――」
「別に、そのことで今更私は軽蔑したりしないから。ただ、約束して。もし……あの力を故意に使ってああなってしまったのだとしたら……その恐ろしさは分かるよね? もう使わないで。そうじゃないのだとしたら、もう外に出ない方がいい。制御出来るようになるまで」
「僕は……リアムの気を引く為に……使いこなせなくて……」
そう、僕の抱える力の恐ろしさを知っている。どれだけの人を知らず知らずの内に巻き込み、殺したか。その恐ろしさを知って、僕はリアムの為にこの力を使ったのだ。他の方法を知らないから、それにすがらざるを得なかった。
「う、ううぅ……ごめん。本当に……ごめん」
その情けなさで、僕は立っていることが出来なくなった。大人の男が、年頃の少女の前でみっともなく涙を流した。




