僕は化け物
―街 夜中―
「う゛う゛う゛っ゛!」
刹那、体に走る激痛。体が引き裂かれていくような感覚、自分が自分でなくなっていく恐怖。一度この力を使おうと決めれば最後、後戻りは出来ない。
(痛いっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!)
僕の体全体を覆っていく黒い毛、手から爪が鋭く伸びていく。どうして、僕は二息歩行をしているのか……立っていることが苦しくなってくる。どうして、この手を地面に着けないのか苛立ちすら感じてくる。
そして、やがて体の許容範囲を超えた痛みは意識を掻き消していく。負けてはいけない、飲み込まれてはいけない……それがこの力を使う時のゴンザレスとの約束だった。
しかし、その約束はどうやら果たせそうになかった。
「がう゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛っ゛!」
(リアム、どうして君はそんなにも勝手なんだ。分かっていないのは君の方だ!)
消えゆく視界の中で、僕の中にあった汚くて暗くて醜い感情が全て溢れ出た。怒り、嫉妬、孤独、憎しみ、悲しみ、絶望……一つずつ忙しなく感情が僕の心の中で暴れ回っては消える。
(っ! こんなことを考えている場合では! リアム……僕は君を傷付けてしまうかもしれない。嗚呼……何の為にこの力を使ったんだ……)
そして、感情の渦の中で最後の最後に感じたのは――殺意。奥底からその殺意は湧き上がる。押し上げられ、肥大していく。
(我が儘で迷惑をかける奴は……違うっ! おかしくなってるんだ、僕は! 惑わされるなっ!)
自分で自分を心から醜いと思う。ただ、それでもその思いを抑えることは出来なかった。
(ごめん……僕は)
そして、あっという間に深い闇に僕の意識は誘われた。
***
―クロエ 街 夜中―
知っていたとはいえ、目の前の光景を直視することが出来なかった。元々、人間であったとは思えないくらい姿形が変わり果て、巽君は正真正銘の獣になった。恐ろしく大きくて、真相を知らなかったら私はきっと急いで逃げていただろう。
「あれ……巽君の自我あるのかな」
バイト終わりに普段通り家に直行していないことにおかしいと思っていたし、そもそも巽君が学校外で私以外の誰かといるのにも驚いた。
様子を伺いながらいつも通り追跡していると、何とこんな物騒な場所で彼らは立ち止まった。ここは、昨日の夜中に物騒な事件があったらしい。私が、それを知ったのは学校だった。
ちょうどこの場所で、真っ黒なライオンに似た生物が暴れて建物を破壊したらしい。そして、そこの住人を跡形もなく喰らった。人が死んだという情報は、まだ一部しか出回っていないものの真実だ。この近辺に住む友達が学校で泣きながら言っていたし、仲間がそれを見ていたことからそう確信している。
「いや、多分ないなぁ」
遠目からではあるが、地面にはヨダレの水たまりがあるのが確認出来る。もしも、正気であったのなら彼は必死でそれを誤魔化そうとするだろう。いや、そもそもそんな水たまりを作ることもないだろう。
つまり、目の前にいるのはただの――化け物。
(下手に暴れさせる訳には……奴らが巽君の居場所を特定してしまう!)




