クレイジーな男
―クロエ 街 夜中―
「巽君! しっかりして! お願いっ……とまって!」
私は、先に駆けていく巽君だったものを必死で追いかけていた。しかし、ちっとも彼について行けない。
私がいることなど知らないように、一点に向かって駆け続けている。きっと、彼が探しているのは隣にいた人だろう。顔をずっと下に向けて走っている、私には到底感じることが出来ない匂いを辿っているように見えた。
「巽君!」
(人がいる……流石に露骨なことは出来ない! でも、この足だけでは絶対に追いつけない!)
規制線の向こう側は、普通に家が立ち並ぶ小さな村のような感じだった。その村丸々、立ち入り禁止エリアとなっているようだ。ひっそりとして不気味、こんな場所にいたくない。さっさと、巽君を正気に戻して帰りたい。
「もうっ! はぁ、はぁっ!」
こっちはこんなに疲れているのに、彼は元気だ。体全体を覆う真っ黒な毛をなびかせて、その四本足でひたすらに駆けていく。
(とめなきゃ……二人目の被害者なんてもっと大騒ぎになる。きっと、捜査がより本格的になる。そんなの、奴らに居場所を知らせるようなものだわ! もう!)
ありとあらゆる魔術を組み合わされ、勝手に自己進化を遂げてしまった彼の中にいる化け物をどうとめればいいのかまったく見当もつかない。
でも、とめなければまた私は醜態を晒すことになる。下手にやれば、彼を殺してしまう。不確かな方法でも、絶対に彼を救い出す手段を見つけなければならない。
「う゛があ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
色々面倒臭くてややこしいことを考えていると、彼は突然大きな声で叫んだ。
「まさか……見つけたの? 待って、駄目! お願いっ!」
この声が届く訳がない。そんなこと理解していた。でも、奇跡を信じたかった。勿論、そんな奇跡は起こるはずもなかった。
彼は右に体を向けて、さらにスピードを上げ、半壊した煉瓦造りの家に突進していく。
「ぐる゛る゛る゛がる゛!」
「駄目ぇぇぇぇぇ!」
私は、咄嗟に彼に手を向けた。今の彼に魔術やら魔法やらを使うのは、恐ろしい行為だと自覚している。だが、もう迷っている暇はなかった。ここで、彼を食いとめなければ本当に最悪の事態が起こってしまう。
ところが、私の心には迷いがあった。迷いがあったから、何も発生させることが出来なかった。また――私は何も出来なかった。
「こんばんはぁぁぁっ!」
絶望に殴られたような気分に陥っていた時、その半壊した家の中から突然人影が走り出して来て立ち止まり、そう叫んだ。その人物は、巽君と一緒にここに来た同行人だった。
「何をしてるのっ!」
「あれれ? どうして子供がこんな時間に? まぁ、いいか。俺は、事件の真相の鍵がないか……探偵ごっこをしてたんだ! ちょっと怖くてドキドキしてたけど……あぁ! やっぱり来て正解だった!」
同行人は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて、巽君を見る。
「はぁ?」
(クレイジーだわ。まぁ、こんな所に来るくらいだし……)
「あんたの目の前に鍵はある訳だけど、どうするの? 今にも食べられちゃうかもしれないけど」
「グルルルル……」
巽君は、同行人の彼を見て再び唾の水たまりを作り始めている。いつ襲うか、襲わないか……ギリギリのラインで巽君は同行人の彼の前に立っている。
「大丈夫だよ……俺はっ!」
何の根拠があるのか、彼は自信満々にそう言った。しかし、その瞬間に巽君は彼に向かって突進した。




