笑う奴こそ笑ってやれ
―レストラン 昼―
授業があるのは昼までだった僕は、バイト先であるこのレストランの休憩室で身支度を整えていた。今は、ちょうどお客さんの多い時間。憂鬱だが、何だか今日はいけそうな気がする。皿もあまり割らずに済みそうな気がする。
「どうした~? 今日はやけに機嫌がいいじゃねぇか」
すると、トーマスさんがそんな僕を見てパンをかじりながら声をかけた。
「え? そ、そうですかね?」
どうやら、顔に出てしまっていたらしい。隠すのは絶望的に下手だ。
「いつもだったら、エプロンを辛そうな表情で着てるだろ? でも、今日は穏やかな表情だったぞ」
「何を見てるんですか……」
トーマスさんがこんな忙しい時間に何故この休憩室にいるのかというと、今この時だけがトーマスさんの休憩時間だからだ。その図体に似合わず、小さなパンをかじる程度の昼食。加えて、彼は二十分しか休まない。他の人は皆、一時間近くあるというのに。
レストランの開店時間が七時、閉店時間が十二時。そう考えると、少な過ぎる時間と栄養だけでこの人は生きている。ずっとこの生活をしているのだから、本当に大したものだ。
「ハッハッハ! 大学で何かいいことがあったのか?」
「……ありました」
「どんないいことがあったんだ?」
「え、言わなきゃあれですか……」
「気になるじゃねぇか」
「……笑わないで下さいね」
「おう!」
どうせ嘘なんてつくことも出来ないし、それに嘘をつくようなことでもない。やや恥ずかしいが、僕は勇気を出した。
「新しい友達が出来ました……」
普通の人達が見れば、そんなことで喜ぶなんてくだらないと思われるだろう。笑われたっておかしくない。だから、笑わないでと条件を出した。でも、流石に笑われると思った。笑うまいと思っても、つい思った感情が溢れ出て。
「そうか……そりゃあ、本当に良かったな。友達が出来ると嬉しいよな」
しかし、トーマスさんは僕に優しい目を向けた。その顔に侮蔑などという感情は感じられない。それどころか、僕のささやかな幸せを当然のように受け入れて共感してくれた。
「え、えっと……はい」
「どうした? そんなに驚いて」
「本当に笑わないんだ……って思って」
「笑うなって言ったのはお前だろう? それに、全然おかしなことでもないじゃねぇか。友達が出来て嬉しい……誰だって思うことだ。というか、誰かの嬉しいって思うことを馬鹿にする奴の方こそ笑ってやるよ」
そう言いながら、トーマスさんは最後のパンの欠片を口に投げ入れた。
「さて、そろそろ行くかな。お前ももう準備出来たんなら、一緒に行くか」
そして、席を立ち大きくを伸びをしながらそう言った。
「あ、はい!」
そして、この日僕はなんと皿を一つも割らなかった。奇跡的に何もかもが上手くいった。僕がいつもやらかしてしまうのは、気分の問題……なのかもしれない。




