僕の噂
―学校 昼―
すると、男性店員は何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべて、首元で結った長い金髪をいじりながら僕の席へと近付く。
「な、何ですか?」
そして、真横に来た彼は僕の顔を覗き込み、ジッと見つめる。
「……あぁ、やっぱりそうだ」
彼は、にやりと怪しい笑みを浮かべる。
「は?」
僕の顔を見て、勝手に何かを納得してきた。
(何に気付いた? 一体……何に!?)
ただの学校にあるオシャレなカフェの、ただの店員。僕が落としてしまったコーヒーカップの処理をする為に、真っ先に行動しただけの人。僕の嘘など知っているはずもない、何も恐れる必要はない。変に焦ってはいけない。
きっと、「タミ」としての僕の何かに気付いただけに違いないから。僕は、ここで堂々としていればいいのだ。
(落ち着け……落ち着け。この人が気付いたのは、大したことじゃない)
僕は自身の胸に手を当てて、心の中で静かにそう言い聞かせる。もうこれは癖みたいなものだ。胸に手を当てて何かを唱えることで、自身を納得させ安心させる。
それがなければ、何を言おうが思おうが不安で怖くなる。この行為をやることに意味があるのだ。
「……お客さんってさぁ」
しばしの間の後、彼は口を開く。
「ちょっと話題になってる人?」
「話題? どういうことですか?」
「あれ? 自覚なし? ねー、そこの彼女も彼の噂の一つや二つ聞いたことない?」
彼は驚いた表情を浮かべて、完全に空気と一体化していたアリアさんに声をかけた。
「え? あーその……私、噂を流してくれる友達がいないので……その辺はあまり分からないかなって」
彼女は悲しそうに俯いた。何とも言えない空気が、僕らの間で流れ始める。
「あー、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
「いえ、友達がいない方が悪いんで……あ、その噂って何ですか?」
気を遣ったのか、アリアさんは歪な笑みを浮かべてこれ以上友達関連の話を広げないように、僕の噂の方の話題を彼に振った。
「やー昨日だったかな? ここに来たお客さん達が話してたんだ。黒髪の男が不良達をボコボコにして、大学の壁を壊したって。不良達は退学処分になったけど、その男は何も処分とか受けずに学校に来てる。もしかしたら、奴はカラスで大学の弱みを握ってるからそんなことが堂々と出来るんだって……どう? この噂の原因になるようなことをした思い出はある?」
それは、間違いなく僕だった。ただ、事実によく分からない出任せが乗っかっている。僕はカラスではないし、大学の弱みを握ってなどいない。
大学側が僕の真実を知っているから、勝手にやってしまっただけのこと。僕は別に頼んでいない。こんな噂が出回っているのは、正直言って不快だ。
「ありますけど……僕はカラスじゃないし、大学の弱みも握ってません。どうしてそんな……」
「これは俺の推測だけど、その髪のせいじゃないかな? や~、この国は黒髪の人をすぐにカラスだって疑う人が多くてね? だから、黒髪の人は自分の身を守る為に髪を染める。だから、君みたいな人はよく目立つんだ。堂々してるなぁって。でもまぁ、昔に比べたら穏やかになった方だよ。昔は、黒髪の人は無条件に暴力を振るわれたりしてたからさ。ねぇ?」
彼は、アリアさんに問いかけた。
「そうですね。私の両親の世代はそれほどではないですが、祖父母の世代が黒髪の人に対してはちょっと……その思考の影響を受けやすい人は、未だに髪色だけで判断しているようです。それを恐れて、黒髪の人は髪を染めてますね」
言われてみれば、僕以外の黒髪の人をこの国で見かけた記憶はない。今までは気にしたことはなかったが、面倒なことに巻き込まれたくないし、僕も染めた方がいいのかもしれない。
「うんうん、まぁ髪の根元を見ればわかるけどね~。ま、見た目だけで全てを判断する奴にはそれだけで十分だってことだね」
「闇が深いですね……知らなかったです」
この国は、僕にとって新鮮で明るくて魅力的に見えていた。だが、僕が見ていたのは綺麗にされた部分だったのだ。
「ま、噂なんて気にしない方がいいよ。今度同じような噂を聞いた時は、俺が突っ込んどくからさ」
「え、あぁ……どうも」
「じゃ、そろそろ失礼するよ。長話してごめんね。お客さん達のこといいカップルだと思うよ、じゃあね」
彼はにっこりと笑い、道具を回収して立ち去っていく。言い残した言葉に、僕らは顔を見合わせて硬直する。お互い否定することも忘れて。




