鏡に映った目
―学校 朝―
(どうして……いつから? 昔か? 今のはずがない。というか、どうして呪術について僕らよりこっちの国の方が詳しいんだ? どうして、僕らが知らない過去を知っているんだ? 教授は何かを知っているのか? それとも、この教科書から得た知識なのか? この教科書を書いた人が知っているのか? 誰が書いたんだ? 誰が? 見つけ出さなきゃ、名前を。資料を勝手に使うなんて許さない、許せない。絶対……絶対!)
「うっ……!」
起こっている事柄に理解出来ず苦しんでいると、突然左目に熱を感じた。その熱のお陰で、僕は思考の世界から現実へと引き戻される。
すると、いつの間にか、授業が終わっていた。教授が杖を突いて、教室から出て行くのが見える。
(聞かなきゃ……いけないのに!)
「うぐぅっ……!」
左目が灼熱の炎に燃やされているよう、あまりの苦しさにゆっくりと去っていく教授に声をかけることすら出来ない。
「だ、大丈夫ですか?」
隣にいたアリアさんが、そんな僕を心配してか声をかけてくれた。しかし、僕はそれに返答する余裕はなかった。
「くっ!」
僕は、左目のまぶたに手を持っていく。しかし、触れても熱は感じなかった。でも、僕は熱い。僕の感じている熱さは内面から来ているようだ。
「え、えっと……あの……失礼しますっ!」
左目を隠すように置いていた手を、突然力強く彼女が掴んだ。
「特に何もないですが……何か異常を感じるのですね?」
彼女のその顔は真剣だった。僕は、首を縦に振ることしか出来ない。
「ちょっと待って下さい。えっと……」
彼女は僕の手を掴んだままスカートのポケットにもう片方の手を突っ込んで、そこから小さな折り畳み式の手鏡を取り出した。そして、彼女はその鏡を僕に向けて言った。
「本当に何もなっていません。しっかり見て下さい」
僕の左目は、黄色く変化していた。しかし、そのことを彼女が何もなっていないと認識するのはおかしなことではない。そうなるようになっているからだ。
だから、彼女の反応が正しい。これに反する反応をする人が、この世界においては間違っている。その間違った反応をする人は……僕と同じで何かと混ざった人か、この世界の住人ではない人だと聞いている。
「熱い……」
やっと、出せた言葉がそれだった。彼女に何かを伝えなければ、こんな奴でも。
(こんな奴に何が出来る……? こんな奴……? 僕は何を考えているんだ? 彼女は僕を心配して……)
気が付いたら、彼女を見下すようなことを思うようになっていた。必死にそれを考えまいとしても、またすぐに――
「熱い? とりあえず、冷やして……きゃっ!」
この手を気安く掴んでいた女の手を振り払った――瞬間に、僕はハッと我に返った。葛藤している間に、僕は親切にしてくれていた彼女をぞんざいに扱ってしまった。
そんな扱いを受けた彼女は目を見開いて、硬直していた。
「あ……あぁ……ごめん、なさい。そんなつもりじゃなくて……違うんです!」
左目の熱は消えていた。あるのは、僕の後悔だけ。僕は、またやってはいけないことをやってしまった。
昔、僕の為を思って幼い少女が作ってくれた味噌汁をはたき落とした時のように。
「……あ、いえ、私の方こそ手を突然強く掴んでしまって……えっと……大丈夫ですか? もう」
彼女は、引きつった笑みを浮かべた。申し訳なかった。彼女は一切悪くない。悪いのは、手を振り払ってしまった僕なのに。
「どうして、アリアさんが謝るんですか。悪いのは僕で……」
すると、彼女は不思議そうな顔で言った。
「何も考えず、長々と人の体に触れてしまったので……そういうのが嫌な人もいるはずです。タミさんに嫌な思いをさせてしまったのは私の方。だから……あっ、次の授業は大丈夫ですか? 私はお休みなのですが……」
「僕もないですけど……」
「そうですか、なら少しお話しませんか? お礼とお詫びを兼ねて、私とお茶しませんか? 代金は私が出しますので」




