消えぬ光景
―クロエ コットニー地区 夜中―
「はぁ……はぁ……ヤバ、死ぬ」
体力も気力も既に限界を迎えていた。考えても見て欲しい、数え切れない人数を相手にたった二人で戦ったのだ。どっちも死んでいないことを、致命的な怪我も負っていないことを褒めて欲しい。称えて欲しい。
「ある程度は一掃したかしらね」
「したかもね……はぁ……ふ~」
「じゃあ、彼を探しましょうか」
私よりずっと年上のはずのイザベラは、至って普通だ。運動前のストレッチしただけのようなオーラを漂わせている。こんなの朝飯前なのだろうか。それとも、疲れている私がおかしいのだろうか。
「いやーこの瓦礫の山から探すの?」
「えぇ。ただ、ちょっと大変ね。奴らが手当たり次第に爆弾を使ったりするから……結果、それが自滅を招き、私達が優位に立てた」
その言葉で、私は戦闘中での出来事を思い出す。イザベラは殺意を向ける者達を一切の迷いもなく、その手で殺していた。人間も、そして――。
「……容赦なく殺すんだね。皆を」
「戦いにおいて、敵に思いやりなど必要ないわ。余計な優しさは、むしろ自分を苦しめる。迷いなんていらない。殺意を向けられているなら、尚更ね」
イザベラは、そう淡々と語った。しかし、仮面の下で遠くを見つめる目はどこか悲しそうに見えた。
「凄いね。私は夢に出そうだよ……慣れない。怖い。分かってても、仕方ないって割り切ったつもりでも……やっぱり終わった後に、これを見ると……」
血の匂い、悲鳴、うめき声……名前も知らない誰かの命を沢山奪った。殺されたくなかったから、邪魔されたくなかったから。きっと、それは彼らも同じだったはず。
「……優しいのね、クロエは」
イザベラは、そう言って私を見つめる。仮面は真っ赤に染まっていた。それは、正面から浴びた血の量の多さを物語る。
その真っ赤に染まった仮面の下で、一体イザベラは何を思うのだろう。
(私は……)
自身の手を見つめる。私はそんなに汚れていない。私は魔法を使って、なるべく血が出ないようにして殺ったから。でも、それでも罪悪感が消えることはない。
こんなことではないけない、私はこれからもっと大きなことをしなくてはならないのに。イザベラのように、冷酷にならなければ果たせない。
「感傷に浸っている余裕はないわ。行きましょう、残党がいるかもしれない」
「……うん、行こう」
きっと、この日の惨状は沢山の人が知るだろう。その時に、皆がどう思うのか。私はそれを考えたくない。




