第四十九話 もし覚悟が必要ならば
爆炎が上がる建物を目安に大通りに出ると、そこは惨憺たる有様だった。
大通りに綺麗に並び立つ街路樹はことごとく薙ぎ倒されていて、街頭もへし折られている。あちこちで火の手が上がり、倒壊している建物や露店の多くが瓦礫の山と化していた。
怪我を追いながら逃げ惑う人、泣き叫んでいる人、逃げ遅れている人…突然の出来事に現場はパニック状態だった。
いつも華やかに賑わっていた大通りが嘘みたいだな…。
目の前の光景にしばし驚きながらも、これが狂戦士と化したズコットさんの仕業なのが明らかで、一刻も早く止めなくてはという思いに駆られる。
だが、いまだこの場所には苦しんでいる人が多くいる。みんなを避難させる事も重要だ。
そんな僕の心情をを察してくれたのだろう。
「ここは私にお任せ下さい。ギルドにも救援を依頼しますので、こちらの事は心配なさらずハルト様はお嬢様を連れて早くズコット様の元へ向かって下さい」
とノワさんが申し出てくれた。
「すみません。よろしくお願いします」
僕は感謝をしつつ、【アイテムボックス】からギガポーション・メガポーションを取り出しノワさんに手渡し先へと進んだ。
◇
大通りを進み三差路手前まで来た時、前方で交戦中の人影が見えた。
中心となっているのはもちろん狂戦士ズコットさんで、それを囲むように3~4人が群がり攻撃を繰り出している。
戦っているのは一体誰なんだろう?アモンドではない様だが…。
そんな事を考えていると「ハルト、こっちだ」と声が聞こえた。
呼ばれた方を見ると、そこには片膝をついて蹲っていたアモンドがいた。
急いで駆け寄ると地面には血だまりが出来ていて、左足に深手の傷を負っているではないか。
「悪い。ミスった」
苦笑いしながらそう言うアモンドだったが、悔しそうに一瞬だけ表情を歪めたのを僕は見逃さなかった。
「いやミスったって傷じゃないだろ。サクラお願い」
「わかったの。痛いの痛いの飛んでけ~なのよ~」
サクラが光属性の回復魔法である【癒しの光】を唱える。
「助かるよ、お嬢ちゃん」
「ん。いいのよ」
アモンドの左足が光に包まれ、傷口が徐々に塞がっていく。顔の表情もだいぶ和らぎ、アモンドは状況を説明してくれた。
「あの後俺が追いついた時には既に大通りはパニック状態で、ズコット先輩は王国騎士団と交戦していたんだ」
なるほど。今戦っているのもよく見ると王国騎士団だった。
「俺も先輩を止めるべく参戦したけど、この有様さ」
「いや、命があって何よりだよ」
「まぁな。ってか、ティラちゃんの方はどうなった?」
「お蔭様で何とか間に合って無事だよ」
「そっかぁ。本当に良かった。ああなってしまったけど、それが先輩の願いだったからなぁ」
アモンドは狂戦士と化したズコットさんを見上げながらしみじみと言った。
「そうだね…。あとはズコットさんを止めるだけだね。早く正気に戻ってもらってティラちゃんの事を教えてあげないと」
「その事なんだが、先輩を止める為には覚悟を持たなければならないぞ…」
アモンドは今までに見た事ないくらいの真剣な眼差しで話を続ける。
「剣を交えたからわかるんだ。ああなった先輩の正気を取り戻す事が至難の業だっていう事が。俺も一歩間違えればあんな風になっていたしな」
そう言って指さした先には倒れている王国騎士団の団員がいて、回復職が必死に救助活動を行っていた。生きているのか死んでいるのか、ここからでは判断できない。でも、溢れた大量の血から誰が見ても手遅れだと思われる人が何人もいた。
「王国騎士団でもあのざまなんだぜ。こちらがいつ全滅してもおかしくない状況なんだ…」
この市街地で狂戦士ズコットさんを前に多くの人が屈している。そう、これが現実だった。
「だれかれ構わずに刃を向け殺意の塊と化した先輩を前に、救う事を念頭に置いた戦い方では厳しすぎる…」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。それって、つまり…」
アモンドの言葉の続きはなんとなく予想ができた。でも…。
「殺す覚悟を持って戦わなければ、殺られるのはこっちだって事だ」
「殺す覚悟って、まさか…冗談だよな?」
「冗談でこんな事言えるかよ…」
そう言ってアモンドは<ゴン、ゴン>と地面に拳を叩きつける。
しばしの沈黙がその場を支配する。
あぁ、そうか。アモンドが先ほど見せた一瞬の悔し気な表情はこの事を悟っていたからなんだ。
でも、仲間内で殺し合うしか方法がないなんて…悲しすぎるだろ…。
そんな事を思いながら、交戦中のズコットさんと王国騎士団に目を向けると、戦っている団員の1人が顔見知りである事に気づいた。
「今、戦っているのってひょっとしてルーク…?」
「あぁ、そうだ。きっと"封印の間"で異変が起きた時に団員が連絡していたんだろう。ここに駆けつけた時にはルークの指揮のもとで戦いが始まっていたんだ。俺もそれに加わる形で参戦していたんだよ。でも、とうとうルーク本人が戦いう番になってしまったみたいだな…」
他の団員が次々と散っていく中でルークはズコットさんの魔剣を受け止めては攻撃を繰り出している。
そして、ルークの光を纏った剣とズコットさんの闇を纏った魔剣が激しくぶつかり合う。光と闇の交差。両者は一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ルークも相当な実力者なんだな」
「だてに副団長をやっているわけではないって事だ。あの先輩の攻撃に耐える事ができるんだからな」
だが僕はそんな両雄の戦いを見て疑問が頭によぎった。
「なぁ、アモンド。ひょっとしてルークは狂戦士がズコットさんだって事を知らないんじゃないのか?」
「あぁ、知らない。ってか、俺は誰にも狂戦士の正体を話してないぞ」
「えっ?伝えなくていいの?見るからに、ルークは殺す勢いで攻撃しているぞ」
「生死のやりとりをしているんだ。そう見えても不思議じゃないさ。それに、そもそも王国騎士団は生死を問わず狂戦士を止めると言ってたし」
「だっ、だったら尚更早くあれがズコットさんだと知らせなきゃ」
僕が駆け出そうとするとアモンドが腕を掴んで止めた。
「ダメだ。言わないほうがいい。それに知らせた所で状況が好転するとは思えない」
「どうしてだよ!」
「狂戦士が先輩だからといって王国騎士団は手を止めないだろう。でも、知ればそこに情が湧く」
「それの何がダメなんだよ。殺さないよう、救う事を前提に戦えばいいって事だろ」
「落ち着けって。冷静になってよく見てみろよ。王国騎士団が生死を問わずに全力で戦ってあの状況なんだぞ。もし情が湧く事によって迷いや躊躇いがうまれ隙をみせてしまったら、形成は一気に悪くなるんだぞ」
「でも…」
「それに考えてもみろよ。こんな場所で狂戦士の正体がばれれば、その情報が国中に広がるのは時間の問題だぞ。この惨劇を招いたのが英雄ズコットだと知れ渡った暁にはどうなると思う?」
確実に余計な混乱を招く事になるだろうな。ズコットさんはこの国では英雄の1人らしいからね。
狂戦士の正体をここで明かさないって事はまだ理解できる。
でも、だからと言って殺す覚悟を持つ必要が果たしてあるのか?
納得いかない表情を浮かべる僕に、アモンドがいっそう表情を苦くして言葉を続けた。
「それに何より、殺す覚悟で戦っても先輩に勝てるかどうか微妙なところなんだぞ。でも、それでもこれは俺たちがやらないと。刺し違えてでも、俺たちが先輩を止めないといけないだろ!その為にはハルトも殺す覚悟を持って戦うべきなんだ!」
そんな顔で言うなよ。アモンドが好きでそう言ってるわけではないって事ぐらいわかっているから。だってズコットさんはアモンドの憧れの先輩だもんな。でも、だからこそ殺す覚悟なんてものは…。
そんな僕らのやり取りを治療をしながらサクラは黙って聞いていた。
そしてポツリと呟いたんだ。
「…パパがいないのは寂しい事なのよ」
!!!
そうだ!
殺す覚悟で戦ってこの場が凌げても、その先に明るい未来が待っているとは到底思えない。
ズコットさんを討てたとしても、残されたティラちゃんはどうなる?大好きな父親を永遠に失う事になるんだぞ。
誰かが悲しむ未来しか見えないなら、そんな覚悟なんて必要ない!
何を迷っていたんだ。はじめからわかっていた事じゃないか。
それに僕はとうの昔に決意したじゃないか。
自分が振るう剣は殺人剣じゃない。人を生かす為の剣、活人剣なんだって。
僕はサクラの頭をガシガシと撫でて、アモンドに向き直る。
「やっぱり仲間を殺す覚悟で戦うなんて間違ってる。そんな覚悟は捨てちまえだ!」
知らず知らずのうちに大声になっていた。でもきっとそれは自分に言い聞かせるためだったんだ。
「ねぇ、アモンド。思い出してもみてよ。狂戦士化した時にズコットさんはすぐに僕らを攻撃してこなかった。それどころか何もせずに外へ出ていったよね。あの時僕は不思議に思ったんだ。何故、狂戦士が人を前にして何もしなかったのかと。
でも、なんとなくわかる。それはきっとティラちゃんに解毒剤を届けさせる為だったと。闇堕ちして狂戦士になったとしても、ズコットさんの心は完全に失われていなかったんだよ。きっと今も闇の中でティラちゃんの事を思い戦い続けているはずだ。僕はそう思ってるよ」
そう言ってレイピアを抜くと、合わせたようにサクラから『ホーリーウェポン』と『光の加護』が唱えられた。『ホーリーウェポン』によりレイピアに聖なる力が加わり、『光の加護』が僕の全身を覆って耐性を高める。
「もし覚悟が必要だと言うのなら、それは信じる覚悟だ!ズコットさんの心はまだ取り戻せるんだ!」
光を纏った僕はズコットさんの元へと駆けだした。
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「必要なのは信じる覚悟か…。それもそうだな」
独り言のように呟くアモンドにサクラが屈託のない笑顔を向けてポンポンと肩を叩いた。
「治療は終わったの。さぁ頑張るのよ」
そしてアモンドの全身も光に覆われた。
「ありがとね、お嬢ちゃん。じゃあ、いっちょやってみるか」
そしてアモンドとサクラも駆け出したのだった。