第四十八話 狂戦士
闇堕ちしたズコットさんを見てスィルーはしてやったりの表情を浮かべている。
「オーッホッホッホ。面白くなってきましたわぁ~」
そう言ってスィルーは後方に下がり合図を送った。
「さぁ【紅蓮の剛剣】よ。やっておしまいなさ~い」
右手で魔剣を構えているズコットさんが左手に魔剣の柄を持ち、それを高く掲げた。
すると魔剣の柄から触手みたいなものが伸びて、ズコットさんの全身を覆ったかと思うと、その触手は体型にフィットするように変化していった。
そして、変化が終わるとそこには頭のてっぺんから足のつま先まで、漆黒の甲冑に身を包んだズコットさんがいた。
黒い仮面まで着けているので傍から見たら誰だかわからない状態だ。
ただ、放たれるオーラはよりいっそうの殺気を増し、それだけで室内が殺伐とした空気となった。
僕らはこのまま戦うしかないのか…。
でも出来れば戦いたくない。
「さて、この状況。どうしたものか。正直言ってハルトと2人で先輩に挑んでも勝てる気がしないぜ」
アモンドが額に汗をにじませながら言う。
今この部屋の中にいるのは4人であり状況的には2対2だったが、感覚的には10対2、いや100対2と言っても過言ではないくらいだった。それほど今のズコットさんから放たれる威圧感は凄まじいものがあった。
ズコットさんはアモンドにとってはお世話になった先輩だし、僕にとっては剣の師匠にあたる。
2人にとって大切な人なのに、本当に剣を交えるしかないのか…。
「かと言って先輩をこのままにしておく事もできない」
「それに早く解毒剤を早くティラちゃんに飲ませなきゃいけないしね」
そう。僕達はこんな事をしている暇なんてないのだ。だってティラちゃんに残された時間はあと30分程しかなかったから。時は一刻を争うんだ。
僕は覚悟を決めレイピアを構えた。
すると漆黒の甲冑に身を包んだまま、なかなか動こうとしなかったズコットさんが急に魔剣を振りぬき斬撃を飛ばしてきた。
「オーッホッホッホ、遂に仲間同士での戦いが始まりますのねぇ~」
楽しそうに場違いの声をあげるスィルー。
しかし、その斬撃が僕やアモンドの方向に飛んでくる事はなかった。
それは全てズコットさんの右側面にある壁に当たったのだった。
≪ガラガラガラガラ…≫
壁に大きな穴が開き、室内に太陽の光が差し込んでくる。
どう言う事だ?
見るとズコットさんは壁穴の方にズカズカと歩きだしていた。
その意図が読めずに、僕は構えたままスィルーの方を伺う。
しかし、そこには唖然としているスィルーがいた。
「ちょ、ちょっと何してるのよ!あいつらを攻撃なさい!!」
口調がいつもの調子ではない。スィルーにとっても予想外の行動だったのか。彼女はかなり焦っていた。
スィルーの指示ではないとするとズコットさんの独断?
だが、ズコットさんはそんなスィルーの声を無視して壁穴まだ辿り着き、そして外の様子を眺めていた。
「こっ、こらー!どこに行くつもりなの。あなたわたくしの下僕なのよ。命令に従いなさい」
イライラが限界だったのがスィルーはズコットさんの背中に向けて魔力で作った鞭を振るった。
が、それがズコットさんに届く事はなく逆にスィルーに向けて斬撃が放たれた。
ひょっとしたら闇堕ちが失敗したのか!?
そんな事を思いズコットさんに近づこうとしたところ、こちらにも斬撃が飛んできた。
そしてまるで『俺の邪魔をするな』と言わんばかりの表情で周囲を一瞥し、壁穴から外へと飛び出していったのだった。
しばし呆然とする一同。
そしてスィルーが何かに気づいた様子で突然口を開いた。
「オッ、オーッホッホッホ。あっ、あなたたちの驚く様が見れて愉快でしたわぁ~」
「いや、おまえも驚いていただろ」
アモンドが当然のごとくツッコミを入れる。
「わっ、わっ、わたくしは驚いたフリをしていただけですわぁ~。そぅ、さっきのもわたくしの演技ですのよぉ~。オーッホッホッホ」
そんなに焦りながら言われても説得力なしだぞ。
「じゃあ、さっきのズコットさんは何だったんだよ」
「ふっふっふっふっ、あなたたちの低能な頭では理解できないでしょうから説明してあげますわぁ~」
うん、最早強がりにしか聞こえない。
僕とアモンドはジト目で冷ややかな視線を送り続けた。
そんな視線に動じる事なくスィルーは話を続けた。
「【紅蓮の剛剣】は魔剣によって狂戦士へと変貌したのですよぉ~」
「なっ、狂戦士だと!」
狂戦士とは理性を失いただ本能のままに殺戮を行う者の事。
「えぇ、そうですわぁ~。わたくしが作った呪いの武具は低確率ですが装備した者を狂戦士へと変える事がありますのよぉ~。オーッホッホッホ」
まるで自分の能力が凄いんだと言わんばかりに威張りながら説明をしてくる。
でも、お前も最初は狂戦士状態って事に気づいてなかっただろ。
「ああなったら、もうお終いですわよぉ~。わたくしの命令すら聞かず、ただ暴れるだけの化け物ですからねぇ~」
暴れるだけの化け物だと!でもズコットさんに限って…。そんな事を考えているとアモンドが焦りながら言った。
「ハルト、これは非常にマズいぞ。あの状態が狂戦士なら最早先輩の意識はそこにはない。このまま野放しにしてたら、昼夜関わらず人を襲う可能性が…」
そうアモンドが言った時、外から悲鳴が聞こえてきた。
どうやら悪い予感が当たったみたいだ。
「オーッホッホッホ。わたくしはこのまま高みの見物とさせてもらいますわねぇ~」
そう言ったスィルーへ向けアモンドが雷動拳を放つ。雷の衝撃波は人形を粉微塵にしたが、それは既にもぬけの殻状態だった。もう辺りにスィルーの魔力は感じられない。
ズコットさんを追ったのかもしれないし、何かまたよからぬ行動をとっているのかもしれない。
正直スィルーの事も気になるが、でも今はズコットさんとティラちゃんの方が先だ。
僕とアモンドは素早く次の行動へと移った。
「このまま俺は先輩を追う。ハルトは解毒剤を届て合流してくれ」
「わかったよ。無茶はするなよ」
お互いの拳をコツンと付き合わせて、アモンドは壁穴から外へと飛び出していった。
僕も急いで部屋を飛び出しティラちゃんの元へと向かうのであった。
◇
礼拝堂を出てブルーシートの場所まで行くと、そこにはサクラがいてタルトさんとティラちゃんの看病をしていた。
「ノワも向こうにいるのよ」
サクラが指さすほうを見るとノワさんとシロップが手分けをして救助活動をしている。
来てくれた事に感謝しつつ、伝えたい事があるからとサクラに2人を呼びに行ってもらった。
その間に僕はティラちゃんの元へ駆け寄り解毒剤を飲ませる。
ハァハァと苦しそうに息をしていたティラちゃんは、既に呪いの侵食が全身を巡っていて、その小さな命の灯が消えかけていた。
危ないところだった。
あと数分遅ければ、取り返しのつかない事になっていただろう。
解毒剤を飲んだティラちゃんの容体は安定し、今はすやすやと寝息を立てている。
あとはこのまま回復するのを待てばティラちゃんは問題ないだろう。タルトさんの方も未だに眠っているが順調に回復しているみたいだしね。2人にはこのまま安静にしてもらうのがベストだな。
そうこうしている内にサクラがシロップとノワさんを連れてきてくれたので、簡単に現状を説明した。
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「そうでしたか。ズコット様が…」
「えぇ。今はアモンドが後を追ってますが、僕も直ぐに追うつもりです」
そんな風に話していると、遠くの方で爆炎が上がっているのに気づいた。きっとあの場所にいるのだろう。
「そういう事ならサクラも行くのよ」
「そうですね。私もお供致します」
サクラとノワさんの申し出は嬉しかった。でも2人を危険にさらしてしまう事になるし…。素直に申し出を受け入れられない自分がいた。
「いや、でも危険ですし、何が起こるかわかりませんよ」
「お言葉ですが、スィルーが街に現われた時点で十分危険な状況です」
言われてみれば最もだった。スィルーの最終目的は‘勇者狩り'。つまり僕とサクラが狙いだ。
「それに狂戦士は闇属性ですので`光の勇者'であるお嬢様のお力は必要かと存じます。そして私も微力ながらお役立てできると思います」
確かにサクラの光属性魔法は効果的だし、実力者であるノワさんの手助けは有り難い。
でも…。まだ迷っている自分がいた。
「スィルーが来た時は協力するって約束したのよ」
「お嬢様の仰る通りでございます」
そうだった。約束したもんな。協力しようって。
シロップの方をチラッと見ると「ここは私ひとりで大丈夫です」と頼もしい事も言ってくれた。
よし、ここは素直になろう。僕はお2人も申し出を有り難く受ける事にした。
「わかりました。では一緒に向かいましょう」
「はいの。頑張るのよ」
両手を挙げてオーとやる気を見せるサクラ。
そしてノワさんはこうなる事が当然と言った感じで詠唱していた魔法を唱えた。
『スピードアップ』
3人の足元が緑色の光に包まれる。そして体が軽くなったような感じがした。
『スピードアップ』は対象者の移動速度を一定時間1.5倍にする風属性魔法だ。`風の勇者'だけどハズレ勇者である自分には使用する事ができない魔法だった。
今回みたいに追跡の場面では重宝されるだけに、ノワさんが使用できて大助かりだった。
「では、急ぎましょう」
「はい、よろしくお願いします。じゃあ、シロップ後の事は頼んだよ」
「お任せください」
この場はシロップに任せ、僕らは爆炎の上がる方へ駆け出すのだった。




