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第四十七話 堕ちた英雄

6/24 誤字修正しました。



「ハルト様!」


 僕らが建物から出てきたのを目にしてシロップが急いで駆け寄ってきた。


「シロップ、これを」


 そう言って僕は【アイテムボックス】からブルーシートを投げ渡す。


「ハルト様が抱えているのは………ティラ様ですか!?」


 僕が抱えているティラちゃんを見てシロップが驚いている。


「あぁ、タルトさんも背負っている。2人とも意識を失っているが今のところは無事だ。とにかく2人を休ませたいから、まずは礼拝堂から離れた場所にブルーシートを敷いてくれ。そしてノワさんと連絡をとって『スィルーが現われた』と伝えて欲しい。いいね?まずはブルーシートを頼むよ」


 :


 :


 ってアレ?シロップから返事がないぞ。


 タルトさんまでもが意識を失っている事に動揺しているのだろうか。顔を下に向けその場から動いていない。


「シロップ。どうかした?」


「……………」


 ん?ぶつぶつと何か呟いてる?


「………ず……い…」


 え?


「あの~。シロップさんや?」


 下を向いている彼女に問いかける。だが彼女は全然こちらに反応してくれない。それどころか顔を覗き見るとその瞳に光が感じられないし…。これはまさか…例の病気(アレ)!?


「…ずるい…。…ティラ様ばかっり…抱っこずるい…」


 ぶつぶつと呟き完全に自分の世界に入り込んでいる。

 うん、これは絶対に例の病気(アレ)だな。ってか、こんな時に何故発症するんだよ。


「…私だって、私だって…。…うふふふふっ……。うふふふふっ……」


 いや、その表情で笑われると怖いから。

 

 ノワさんのところであわよくば病気(アレ)も治ってくれればなぁと期待していたが、どうやらダメだったみたいだ。



 とりあえず彼女の頭に軽くチョップを食らわせ意識をこちらに戻す。


「ふにゅ~、痛たたたたですぅ~」


 少し大げさに頭をさするシロップ。


 よし、戻ってきたな。


「じゃあ急いで取り掛かってくれ」


 余計な時間をとってしまった為、『ホラホラ早く』とシロップを急かした。


 するとシロップは恥ずかしそうに「あのぉ~、私何をすれば……」とモジモジしながら言ったのだった。


「え?聞いてなかったの!?」


「ごめんなさいですぅ~」

 

 僕が呆れていると、


「タッ、タルト様まで!いったい何があったんですか?」


 僕が背負っているタルトさんを見て驚いていた。


 うん、タルトさんの事は今気づいたのね。ったく、いつから自分の世界に入っていた事やら。

 

 僕はため息をひとつついて、簡単に状況を説明し再度指示を出したのだった。

 






 ブルーシートに寝かせた2人を見て心配そうにシロップが聞いてくる。


「本当にお2人は大丈夫でしょうか?」


「あぁ、今はまだね。ただ時間がないのも確かだ。僕はもう行くから、シロップは2人の護衛をしながら、引き続き怪我人の救助にあたってくれ」

 

「かしこまりました。ハルト様はまた中に?」



≪ドゴー―――ン≫


 その時礼拝堂の奥で爆音が鳴った。ズコットさん達が戦っているのだろう。すぐに駆けつけなければ。


 僕に何が出来るかわからなかったが、何故か僕が行かなければいけないような気がした。


「あぁ、まだ何も解決していないからね。じゃあ、タルトさんとティラちゃんの事を頼んだよ」



 そして立ち去ろうとした時、何かにズボンの裾を掴まれた。


 何だ?慌ててそちらを見ると、それはティラちゃんだった。


「…パパを、パパを助けて、ください…」


 必死に懇願するティラちゃん。彼女自身、とっても苦しいはずなのに。でもそれ以上にズコットさんの身を心配してるんだね。僕が今、ティラちゃんにしてやれる事は限られている。でも、それで安心してくれるならと僕は彼女の頭を撫でながら言った。


「あぁ、任せて。必ずズコットさんと戻ってくるからね。約束だよ」


 それを聞いて安心したのか、ティラちゃんは一瞬ニコッと嬉しそうな表情を浮かべまた眠りについた。



「じゃあ、この場は頼むよ」


 ティラちゃんをブルーシートまで運び、僕は改めてシロップに言った。


「はい。お任せください。ハルト様もくれぐれもお気をつけて」


「あぁ、シロップも気をつけてね」


 そして僕はまた礼拝堂の中へ駆け出して行った。







 礼拝堂に戻って最上階を目指し階段を駆け上る。


 途中、階段沿いにある部屋には念の為に中の様子を伺った。

 隠れている人がいれば外に避難するように、怪我をしている人がいればポーションを配ってまわったのだ。急いで最上階へ向かうべきなのかもしれないが、逃げれなかった人がいたらやっぱり放ってはおけない。少し時間はとられるが、それでも声をかけて進んだ。



 そして‘封印の間'と書かれた部屋の前に着いた。


 この部屋がきっかけなんだよな。ここで‘封印の儀'さえ終わっていればこんな惨劇は起きなかったのに…。

 でも全てが仕組まれた事だったら考えるだけ無駄か。


 警戒心を強め入室する。床や壁に血が飛び散っているが、そこには誰もいなかった。それどころか死体ひとつも見当たらない。


 僕は嫌な予感がして急いで部屋を後にした。


 




 

≪ダ―――ン≫


 最上階の扉を開けるとそこには3人の人物が立っていた。


 扉のすぐ前にアモンド、部屋の真ん中にズコットさん、そして部屋の奥にいるのがスィルーだった。


 

「ハルト、来たのか…」


 アモンドが僕を見るなりそう言った。


「タルトさんから大広間での出来事を聞いてね。でも、状況は悪くないみたいだね」


 床を見ると6つの骸が転がっていた。


 よく見ると骸はゾンビで、王国騎士団の鎧・法衣・修道服を着ている事からも、おそらく‘封印の間'にいたメンバーだった事が想像できる。状況から見て殺された後、スィルーによってゾンビ化されたのだろう。


 ただ、それは全て倒されており、つまり今この部屋に残っている敵はスィルーただ1人だった。


 すぐにレイピアを構えて、アモンドの隣で戦闘態勢をとる。


 しかし、そんな僕に対してアモンドが悔しそうに言った。


「状況は最悪だ…」


 えっ?どう見ても2人でスィルーを追い詰めているようにしか見えないのだが…。



 アモンドに説明を求めようとした時、スィルーの笑い声が響いた。


「オーッ、ホッホッホ。やっと来ましたね。これで追加キャストも揃いましたわぁ~」


 そう言ってスィルーが何やら呪文を唱えると僕の目の前にボウリング球の様な透明な球体が現われた。そしてその球体の真ん中には小瓶が入っている。


「‘風'ちゃん。それを手に取りなさ~い」


 僕は突然の事に意味が分からずどうしたものかと周囲を見た。すると前方にいるズコットさんと目が合って、ズコットさんが頷いたので、スィルーの言う通りに球体を手に取った。


 すると透明な球体は割れるでもなく、本当にボウリングの球のように硬くて、とても中にある小瓶を取り出せるようなものではなかった。

 

 スィルーは僕が球体を手にしたのを確認すると今度はズコットさんに魔剣を投げ渡した。


「さぁ、準備は整いましたわぁ~。【紅蓮の剛剣】よ、後はあなた次第ですわよぉ~」


 スィルーがズコットさんを促している。


「先輩、早まってはダメです。きっと他にいい解決方法があります」


 アモンドが必死になってズコットさんに声をかけている。


 一方ズコットさんはと言うと、受け取った魔剣をただずっと見つめている。


「他にいい解決方法なんてありえませんわぁ~。早くしないともう1時間切ってる頃じゃありませんのぉ~」


 

 どういう状況なんだ?ズコットさんが何らかの鍵を握っているみたいだが…。いったい何が起こっているんだ?


 何やら唆しているスィルーに、必死に訴えかけているアモンド。そして微動だにしないズコットさん。

 

 状況を理解していない僕は球体を手に、ただ事の成り行きを見ている事しかできなかった。

 

 三者三様のまま時間だけが過ぎる。


 :

 


 そして均衡を破ったのは意外にも僕の一言だった。


 僕はとりあえずティラちゃんが無事である事を早めに伝えたほうがいいと思って叫んだんだ。


「ズコットさん、ティラちゃんは保護してます。安心して下さい。でも、既に背中まで侵食が進み時間があまりない様でした。急いでスィルーを倒しましょう」


 その一言にスィルーの頬が緩み、アモンドが表情を歪める。


 そしてズコットさんはというと、意を決した表情で僕の方を見て言った。


「…その解毒剤を娘に。頼んだぞ、ハルト」


 えっ?それってどういう…。



 だけど、説明を求める時間はなかった。


 僕に解毒剤の事を託したズコットさんは素早く鞘から魔剣を抜いたのだった。


≪ゴゴゴゴゴ………!!!≫


 魔剣から禍々しいオーラが放たれ、黒い闇がズコットさんを飲み込んでいく。


≪パリーーン!≫


 そして同時に僕の手にある球体が割れ小瓶が出てきたのだった。



「オーッホッホッホ。遂に剣を抜きましたわね~」


「くっそぉ~」


 高々と笑い声を上げるスィルーと、悔しそうに地面を叩くアモンド。そこには対照的な2人がいた。


「いくら元勇者パーティーの1人で、【紅蓮の剛剣】の二つ名を持つ英雄と言っても所詮は人の子。娘を助ける為に闇堕ちするなんて愉快痛快ですわぁ~。オーッホッホッホ」



「ぬぅぅぅぅぅぅ…」


 目の前にある闇の中からズコットさんの苦しむ声が聞こえてくる。


 僕は危険を感じ咄嗟に風の矢(ウインドアロー)を唱えた。しかし、放たれた風属性の矢は闇にのまれて全く意味をなさなかった。


「オーッホッホッホ。そんな魔法ではこの闇は払えませんわよぉ~。それにお止めになったほうがよろしいのでわぁ~。万が一あなたの魔法が効いたとして、中にいる【紅蓮の剛剣】はどうなるでしょうかね~」


 ズコットさんの状況がわからない以上、そう言われると何もできない。現に先ほど放った風の矢(ウインドアロー)も魔力を抑えて放ったものだったからね。


「今すぐやめさせろー」


 スィルーに向かい風の矢(ウインドアロー)を放つ。今度は全力で放った一撃だ。

 

 風の矢(ウインドアロー)がスィルーの体を貫く。


 しかし、その場に崩れていく彼女から妙な音が聞こえてきた。


 ≪バラバラバラ…≫


 見ると、音を立てながら彼女の体がパーツ毎にバラバラになっているではないか。


「無駄だ。あれはスィルーの魔力で出来た人形なんだ。俺たちも攻撃したがあいつの魔力が届く限りいくらバラバラにしても復活してくる」


 怒りで拳を震わせながら教えてくれたアモンド。そして目の前ではバラバラになった人形がカタカタと音を立ててまたスィルーの体を形作っていった。


「オーッホッホッホ。わたくしが直接来てるとお思いでしかぁ~。全く浅はかですわねぇ~」


 より馬鹿にした笑い声をあげる。


「わたくしの本体はここにはありませんのよぉ~。だから、あなたの攻撃がわたくしに届く事はありませんわぁ~。あなたたちは大人しくそこで見ている事しかできませんわよぉ~。オーッホッホッホ」


 闇を払う事ができないばかりか、スィルーを攻撃する事もできない。この状況下で僕は無力だった。



「アモンド、これはいったいどういう事だよ。きちんと説明してくれよ」


「あぁ、全てはティラちゃんのためだ」


 そう言って僕の手にある小瓶を指さす。


「そこにある小瓶はティラちゃんの解毒剤が入っている。それを飲ませればティラちゃんは救われるんだ。でも、さっきハルトも持っていたからわかるように小瓶は球体の中にあった」


「そうだね。とても硬い球体だった」


「スィルー曰く、あの球体は魔剣を抜く事で割れる仕組みとなっていた。そしてあいつはズコット先輩に選択を迫ったんだ。娘の為に魔剣を抜くか、スィルー本体を倒して救出するか…」


 なんだよそれ。タイムリミットも迫る中、本体がこの場にいない以上、ティラちゃんを救う為の選択肢は一つしかないじゃないか。


「でも、この小瓶の中身が解毒剤という保障はどこにもないよね。スィルーが嘘を言っている可能性もあるわけだし」


「いや、それについては信じていい。スィルーが自身が実証したからな」


「実証?」


「あぁ。あいつは俺達の目の前で手下だったシスターにウイルスを注入した。シスターはティラちゃんみたいに直ぐに呪いに侵されたが、その小瓶の中身を飲ませると見事に完治したんだ。もちろん、その後の戦闘でシスターは倒したけどな」


「なるほど。じゃあ、これは本物の解毒剤」


「あぁ。だからこそズコット先輩は選択するしかなかったんだ」


 アモンドも無力を感じているのだろう。本当に悔しそうだ。


「俺は先輩の選択を責める事はできないよ…」


 確かにそんな状況ではズコットさんに選択の余地なんてなかった。でも、それでもギリギリまで悩んでいた。


 そんなズコットさんを僕の一言が決心させてしまった…。


「僕が余計な一言を言ったばかりに…」


 考えるだけで下を向いてしまう。


 そんな僕の心情を察したかのようにアモンドがポンと肩に手を置いた。


「あの状況じゃ仕方なかったんだ。ハルトは悪くないよ。俺もさっきは『きっと他にいい解決方法があります』なんて叫んではいたが、実際そんなものは思いつかなかったしね。現状ティラちゃんを救うにはその解毒剤しかなかったんだ。

 それにズコットさんの表情見ただろ。迷いも後悔もないといった感じだったし、無事に解毒剤を手に入れる事ができたんだ。いい意味でハルトは後押しが出来たんだ」


「……ありがとう」


 アモンドの優しさが心にしみる。


「まぁ、なんだ。先輩の意を汲んでおまえはそれをしっかりティラちゃんに届けるんだぞ」


「うん、必ず。でも、スィルーは『追加キャストが揃った』みたいな事を言ってて、なんだか僕を待っていたような感じがしたんだけど…」


「あぁ、それはスィルーが言ったんだ。もうすぐハルトが来るから、それまでにどっちを選ぶか考えろってね。あいつらは街中に手下を放ってお前を監視していたみたいなんだ」


 そう言いながらアモンドは上空を飛び回っているコウモリを指さした。


 確か“フェレロシェ鉱山”でもそうだったな。きっと僕が‘風の勇者'だからなんだろう。



「しかし、いくらティラちゃんを救う為には仕方なかった事と言っても、大きな問題がひとつ出来てしまったな」


「それはあの黒い闇の中にいるズコットさんの事だね」


「あぁ。先輩は魔剣を抜いた。それが問題なんだ。恐らくあの魔剣は、抜いた者を闇堕ちさせる」


「でっ、でも魔剣から引き離し鞘に戻せば解決するだろ」


「そうだが、簡単な事じゃないぞ。思い出してもみろ。戦士ギーヴが魔剣の力によって殺人鬼に変貌した事を。その結果、本来ランクEにも関わらずランクCの冒険者を軽々と倒す強さを手に入れただろ」


 そうだった。ギーヴは明らかに実力以上の力を手にしていた。


「先輩は元勇者パーティーの1人。ランクもAで英雄と言われるだけの実力は周知のものだ。そんな実力者である先輩が闇堕ちしたとなるとギーヴの様に簡単にはいかない…」



 そこまで話した時、黒い闇が晴れていくのを感じた。


 そして、そこから現れたのはどす黒く禍々しくオーラを纏い剣を構えたズコットさんだった。

 無表情で感情のない虚ろな目をこちらに向けている。


「オーッホッホッホ。2人とも、さぁ括目しなさい。新しい殺人鬼の誕生ですわぁ~」







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