第二十二話 真夜中の来襲者
『光の加護』
マロンさんが唱えた魔法により打撃耐性・全魔法耐性が30%上昇した。
≪ドッドッドッド…≫
聞こえてくる足音が次第に大きくなる。
「来ました。相手はリザードマンのようですね。【鑑定】は効かないみたいです」
リザードマンとは二足歩行をするトカゲの風貌をした亜人である。肌は固い鱗でおおわれていて防御力も高く、大型の武器と長い尻尾を合わせた攻撃が特徴である。
前方のリザードマンは見たところ3メートル程の大型だった。
驚いたのは手足が異様に大きかったこと。あれで殴られたり蹴られたりしたら即死するんじゃないかとさえ思えた。
「念のためタルトさんにメールしておきますね」
「援軍頼むの?」
「いえ、サクラちゃんとノワさんを守ってもらう為にも防衛に専念してもらいます」
うん、それがいい。今確認できてる敵はあくまでも2体。他にも潜んでいる可能性もある。
「リザードマンですが、一般的に氷属性が弱点です」
マロンさんはそう言って続けざまに魔法を唱えた。
『アイスフィールド』
それは半径100メートルの範囲を氷のフィールドに変え、侵入してくる敵に氷属性のダメージを与えるものだった。
リザードマンが射程距離に入り一歩踏み込む度に標的を貫こうと足元から氷柱が現れる。
しかし、リザードマンは「しゃらくせぇぇぇぇぇぇ」と叫びながら大型の両手斧を振り回して走るスピードを緩めない。
次々と発生する氷柱を斧で物ともせずに薙ぎ払っていった。
≪バリバリ≫と音をたて氷柱が砕け散る。
「効果ないみたいですね」
その様子にちょっと残念そうなマロンさん。
リザードマンは怯む気配もなくそのまま突進してきていた。
その距離は約30mといったところか。
次は僕の出番だとばかりに身を屈めてリザードマンの足に向かって銅のナイフを投げつける。
確実にヒットしたと思った瞬間にナイフが全て弾かれた。やはり鱗の固さは伊達じゃないようだ。
「マロンさんは少し後ろに下がってて。もう1体に注意を払いつつ援護をお願いね」
生半可な攻撃ではダメージを与える事はできないようだ。接近戦で勝負する事にした。
「わかりました。では、一つ目のお願いです」
「え?今?」
ポカーンとしてしまう。
「はい。絶対に死なない事。いいですね?」
思いもよらないお願いに、目頭が熱くなった。ここで一つ目ですか。しかも、僕の無事が願いって。本当にいい娘だ。好きになって良かった。
マロンさんは僕の後ろに立ち両手を背中に添えて「ご無理はしないように…」と言いい優しく背中をポンと押した。
≪グッ≫と親指を立て了解のポーズを作り走り出す僕。
すると直ぐにピカーっと背中の方から温かな光に包まれた。そして身体が少しずつ軽くなっていく。
あぁ、さっき背中に触れた時に聖水を唱えてくていたのか。有り難い。体力全快で戦闘に臨める。
マロンさんの優しさと「お気をつけて」の声を背に僕はリザードマン目がけて駆けて行った。
距離を詰める間に風の矢を放った。
かなり魔力を込めた為その威力も絶大だ。
まずは脅威になるだろうあの大きな両手斧を取り除くのが先決だと考えたのだ。
風の矢は緑の軌跡を残しながら一直線にリザードマンの右手に向かっていく。
リザードマンは風の矢ごとき避ける必要もないと思ったのだろうか。両手斧を構えたまま直進してくる。
そして風の矢は狙い通り右手の甲に直撃した。
≪ぐぉぉぉぉぉぉ≫
雄たけびにも似た呻き声が上がった。リザードマンはとても苦しそうで、右手に力がはいらないのか、両手斧を左手だけで支えていた。
風の矢を甘くみた結果がそれだよ。してやったりの表情を浮かべ‘風の魔法剣’状態のレイピアを構える。
「もらった!」
僕は狙いを定めて右腕を斬りにかかった。
しかしリザードマンは見事に反応してきたのだった。
「甘いわぁ!!」
素早く右肩を後ろに引くと同時に、何と左手一本で両手斧を持ちあげたのだ。
予想外の動きに一瞬踏み込みが甘くなり僕の放った攻撃は空を切ってしまった。
そして振り下ろされた両手斧の一撃はスピードこそ落ちてるものの、確実に僕の頭を捉えていた。
ヤバいと思った瞬間に後方から声が届く。
『氷の矢』
後ろから飛んできた氷柱の矢が斧頭に当たり、斧の攻撃軌道を逸らす。
そう、それはマロンさんの援護射撃だったのだ。
僕はマロンさんの機転に感謝しながら、素早く横に回避した。
振り下ろされた斧は空振りに終わ。しかし、リザードマンはすかさずその斧を下から上へと振り上げてきたのだった。
今度は僕の胴体を捉えている。
だが今度は僕がそれに素早く反応する。間一髪のところでバク転をして攻撃を避けたのだ。
≪ブンッ≫
またしても斧は空を切る。しかしリザードマンはそのまま軽くジャンプをし頭上から斧を叩きつけてきたのだった。
体重を乗せてきてるな。ちょっと避けるのは難しそうだ。しかも片手で持っているのに狙いは相変わらず正確ときたものだ。
驚きながらも直撃するタイミングに合わせて左手を前に持っていき風の盾で防御する。
≪ズドーーン≫
そのジャンプ攻撃はリザードマンの全体重がかかっていた為想像を超える重さだった。
僕は左腕の籠手に右手を添える形で必死に持ち耐える。
「いい判断だったな。でも、俺は右手が使えないと斧が振れないとでも思ったのか?」
リザードマンが口を開く。
正直そう思っていた。それが素直に表情に現れたのだろう。
「覚えておきな。リザードマンは左利きなんだよーーー」
そう言って右足を大きく踏み込み力任せに風の盾上からグイグイと両手斧を押し込んでくる。
完全防御しているものの、そのあまりの重さに少しずつ氷のフィールドとなっている地面に足がめり込んでいく。
このまま動けなくなるのは非常にまずい。
後方からマロンさんが氷の矢を放とうとしているものの、僕とリザードマンが接近状態でやりあっている為、狙いを定める事が出来ないでいた。
「そこの女。小僧を殺ったら次はお前の番だ。そうなる前に早くそれを撃ったほうがいいんじゃないか。ご存知の通り俺は氷に弱いし、今なら当たるぞ。小僧にだけどな!!!」
リザードマンは自分が優勢とみるや、マロンさんの方に顔だけ向け挑発するようにそう言った。
いくら攻撃の手を休めてなくても、一瞬でも視線を逸らしたらその瞬間に必ず隙が生じる。
実力者どうしの戦いなら尚更だ。
残念ながら僕はまだ実力者と言うには経験もレベルも足りないかもしれない。
でも、仮にも‘風の勇者’だし、マロンさんを背にして絶対に負けられない状況だ。
そんな僕が一瞬の見逃すとでも思ったのか。
「お前の方が甘いよ」
そう言ってレイピアで敵の右足を一突きする。
リザードマンは慌てて視線を戻すも既に時遅しだ。
相手が怯んだ一瞬の隙に両手斧を力いっぱい払いのけ、かつレイピアの柄の部分で思いっきり顎を殴り、相手がグラついたと同時に一旦距離をとった。
「ぐぬぅぅ、痛かったぞ小僧」
その語気は少し怒りが込められていた。
「こっちもむざむざとやられるわけにはいかないからね」
と言いつつもマロンさんに失礼な事を言った罰さと心の中で呟く。
すると何故か突然リザードマンが笑いだした。
「`光’の小娘を捕まえるだけの退屈な任務と思ったが、少しは歯ごたえがあるヤツに出会えたみたいで嬉しいぜ」
直ぐにでも攻撃しようと構えていたが、凄く気になる事を口にしたので、十分警戒しつつ確かめる事にした。
「`光’の小娘?」
「あぁ、‘光の勇者’だ。お前ら匿ってるだろ、ハーフヴァンパイアの小娘を」
やっぱりサクラの事だったか。と言う事はこの目の前の敵はつまりサクラを狙い、ノワさんに呪いをかけた奴等というわけだ。
「知らないね」
「とぼけても無駄だぜ。こっちにはこいつらから報告がきてるんでな」
そう言ってリザードマンが上空を顎で指し示す。その方向を見ると3~4匹のコウモリが飛んでいた。
そうか、こいつらはサクラが土の入り口を崩した時に洞窟から飛び出してきたコウモリか。
洞窟内に生息していたものと思っていた。まさか敵の連絡係だったなんて。
「メイドもまだくたばっていないみたいだし、今度こそ息の根を止めてやる。さぁ、‘光’の小娘とメイドを差し出しな」
「匿っていたとして、そうやすやすと差し出すわけないだろ」
「まぁ、そうだろうな。俺個人としては別にどうでもいい事なんだけどな」
「だったら何故追うんだ?そもそも任務って何だ?亜人がハーフヴァンパイアを追う理由なんてあるのか?」
サクラは族に追われていると言っていた。それはてっきり魔族の事と思っていたから、亜人が追ってる理由が気になったのだ。
「理由は…そうだな。`あの方’のご意思とだけ言っておこう」
‘あの方’?また気になるフレーズを…。
「あぁ、お前も既に気づいていると思うが後ろに控えてる奴は‘あの方'じゃないぜ」
リザードマンが指さ示したのはマロンさんがもう1体潜んでいると言った方向だった。
「安心しな、お前の相手は俺一人だからよ」
「どういう事だ?‘あの方'って一体何なんだ?」
「おっとこれ以上は何も答えないぜ。話す義理もないしな。まぁ、俺にとっては強いヤツと殺り合う事の方が大事だからな。お前は俺が切り刻んで殺る」
そう言って両手斧を構え攻撃態勢に入る。
まだ左手一本で持っているところを見ると右手のダメージは相当らしい。
「小娘どもの居場所はお前を殺った後であそこの女に吐かせてやるぜ」
その一言が再開の合図となった。
マロンさんに敵意を向けられた事で一気に怒りが込み上げてくる。
風の矢を両手斧に向け放ち、そのまま素早く間合いを詰める。
リザードマンは風の矢が両手斧に直撃しバランスを崩しそうになるもなんとかそれに耐えていた。
ただその時には僕はすでにリザードマンの懐に入って相手の左手に狙いを定めレイピアの矛先を向けていた。
「くらえ!」
そう叫び突きの体制に入ったところで、頭上から不気味な声がした。
「かかったな」
そう言った瞬間に僕の腹部に目がけて何かが飛び込んでくる。
風の盾の展開は既に間に合わない。
咄嗟にバックステップをとるもその何かは追うように伸びてくる。僕はその先端で右脇腹を貫かれ吹き飛んだ。
「ハルトさん!!!」
マロンさんの悲鳴にもにた声が夜の大地に響き渡った。