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第二十一話 それは喜劇のような悲劇で

 



 あれからどれくらい経っただろうか。


 一通り楽しい時間を過ごした後、僕らは並んで体育座りのような格好になっていた。


 流れでこうなったとはいえ僕には嬉しい限りだ。


 特に会話もなく、2人で黙って星空を眺めている。

 

 程よい風が僕らを包んでいた。このまま眠ってしまいそうだ。



「ハルトさん…」


 そう言って隣に座っていたマロンさんが急に僕を押し倒してきた。


 馬乗りになって両肩を抑えられ僕は身動きが取れない状態だ。


 え?


 突然の出来事に戸惑う僕。


 こっ、これって、つまり…キッ、キスですかぁ~。


 前の世界では決して叶う事なかった。ボクが臆病だったのが原因なんだけどね。

 

 でも、この状況を前に思う。由紀子(あんな女)にファーストキスを捧げなくて本当に良かったと。



 身動きが取れない僕。

 

 うん、もう絶対にそうだよね。僕はここでこのままファーストキスをしちゃうんだ。

 

 受動的なのが何とも情けなかったが、しかし今はそんな事どうでもいい。


 これはまたとないビッグチャンスなのだ。流れに身を任せるのだ。

 

 あぁ、でもヤバい。心臓の鼓動が止まらないよ。


 こんなに密着されたら心音が聞かれてしまうんじゃないか?


 でもここまで積極的なマロンさんも珍しいなぁ。こんな一面もあるんだ。ってか、むしろありだ。



 そんな事を考えていたらどんどん2人の距離が近づいていた。


 スローモーションのように見えてるのは僕の感覚が完全に麻痺してるからだろう。


 そして、顔と顔、唇と唇が近づき僕は目をつぶってしまう。くぅ~ここにきてこのヘタレが~。


 …


 ………


 ん?


 あれ?


 以前『ファーストキスはイチゴの味がする』とか誰かが言っていたけど何もしない…。


 味どころか何の感触もないぞ…。


 うん、絶対に変だよね。


 そぉ~っと目を開けるとそこにマロンさんの顔はなかった。


 でもこの感触は…。僕に覆いかぶさってはいるんですね。やはり鼓動がとまらない。

 

 何か話しかけねばと口を動かそうとした時、サッと唇に指が添えられ言葉を遮られた。

 

 そして耳元で彼女がそっと囁く。



「シッ。このまま動かないで下さい。遠くに敵の気配を感じました」


 あぁ、やっぱりそう言うオチなのね。


 マロンさんの大胆な行動。何かあるとは思ったけど…。


 でも、僕の顔のすぐ隣にはマロンさん小さな顔がある。つまり今ちょっとでも振り向けば…。


 って、ダメだダメだ。この状況で(よこしま)な考えは絶対に嫌われる。


 大丈夫です。絶対に動きません。敵に気づかれるわけにはいかないからね。


 ってか、そもそも動きたくないし。もう少しこのままこの感触を…。


 って、ヤバい。またそっちに流されてる。恋愛経験値が低いとダメすぎるな。


『動いたら嫌われる。動いたら嫌われる。動いたら嫌われる………』

 

 目をつむって呪文のように何度も何度も繰り返す。


 よし、もう大丈夫だ。気持ちの切り替えも無事に出来たぞ。



「マロンさん、どうしよっか?」


 これからの事を聞いてみる。


「そうですね。まず敵は全部で2体です。どちらも距離はまだ1キロほど離れています。1体は何かを探しているみたいですね。あちこち見回ってます。もう1体は動く気配すらないです」


 なるほど、敵は2体か。これなら何とかなりそうだ。

 

 それにしても僕の【危険感知】スキルは反応しなかったな。これまでの経験から気持ちが不安定だと全く反応しない様だ。


 ってか使えないスキルだな。マロンさんといたらドキドキし過ぎて毎回ダメじゃん。



「恐らく動いていない1体に関しては私たちを発見してもすぐには攻撃をしてこないでしょう。ただ、何かを狙っている可能性は十分にあります。警戒だけはしておきましょう」


 僕はまだ日が浅い為、この世界の戦術や考え方もイマイチ読みきれていないところがある。ここはマロンさんの指示に従うまでだ。


「了解」


「まずは徐々に近づいてる敵を迎え撃ちます。このまま気づかれないように高台を降りて平地の蔭に隠れて準備をしましょう。移動する時はなるべく静かに身を屈めたままでお願いしますね」



 言い終わるとマロンさんは僕の上から静かに離れようとした。同時に僕はマロンさんが動きやすいように身体を支えようと、手を伸ばした。


≪むにゅ≫


 ん?手の平に感じたのは何やら柔らかな感触だった。


「ひゃ!」

 

 マロンさんから甲高い声が上がる。


 僕は何だろうと思いながら再度手を動かす。


≪むにゅ、むにゅ≫

 

 こっ、これはまさか…。


 本日何度目だろうか。また一瞬に空気が固まった。そして怒号とともに平手が飛んできた。



「キャァァぁ!どこ触ってるんですかーーー!!エッチ!!!」


≪パーーン≫ 


 強力な一発が右頬を捉え、くっきりと手の平の跡が残った。


「ごっ、ごっ、誤解だよ。僕はただ身体を支えようと肩に手を伸ばしたつもりで…」


 マロンさんの身体がフルフルと震えている。


「どうやったら胸と肩を間違えるんですか!」


「いや、手を伸ばしたタイミングとマロンさんが動いたタイミングが偶然重なってしまって…」


 僕は悪くない、僕は悪くない…心の中で連呼する。


「私の胸が肩みたいに硬いと言いたいんですか!酷い」


≪パーーン≫


 涙目状態のマロンさんから今度は左頬に一発をもらった。


 ってか、誰も胸と肩を間違えたとか、胸が硬いなんて一言も言ってないし。こちらの言葉が全然耳に届いていないようだ。


「酷い、酷い、酷い…」


 ヤバいぞ。今にも泣きだしそうだ。


 早く誤解を解かなきゃ。両方の頬を同じ様に腫らした状態で必死に弁解をする。

 

 すると急に涙目状態から一転、暗い表情になりぶつぶつと呟きだした。


「どうせ私は小さいですよ…。貧乳ですよ…」


 どんどん暗くなっていくマロンさん。


「重いって悩んだ事ないですよ…。肩こりなんてしませんよ………」


 卑屈になって自分の殻に閉じこもろうとしている。


 どうやら僕は絶対に触れてはいけないスイッチを押してしまったみたいだ。


 どうしてこんな時に…。これも僕のLUCKがマイナスだからか?普通は戦闘直前にこんな展開あり得ないでしょ。


 でも、僕にとっては凄く嬉しいラッキースケベだったりして…。

 


 そんな事思いつつ、敵の方をチラ見すると、完全に気づかれていた。ってか、既にこちらに向かってきてるし。まぁ、こんだけラブコメやっていたら気づかれないほうがおかしいよね。


 マロンさんは相変わらずぶつぶつ言ってるし、このままじゃ埒があかない。


「マロンさん、ごめんね」


 そう言ってひょいとお姫様抱っこをし高台から一気に駆け下りた。


 途中、正気を取り戻したマロンさん。今度は状況を直ぐに把握したのか、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。


「なななな何してるんですかぁぁぁー」


 そしてポカポカと僕の腕を叩いていた。


 恥ずかしいのはわかるけど我慢してくれ。まず誰も見てないし。それに今は目の前に迫ってる敵をなんとかしなきゃだからね。


 叩かれつつもやっとの事で平地に降り立ちマロンさんを下ろして僕は再度謝った。このまま気まずい状態では戦闘にもならないからね。


「さっきはごめんなさい。触った事は僕が全面に悪かったと思う。何でもしますから許して下さい」


 その言葉に反応してくれてマロンさんは、上目遣いで言った。


「何でも?」


 はい、可愛い。そんな感じで言われたらい一介の男子高校生はコロッと落ちちゃいますよ。


「はい。何でも」


 うん、もう僕はあなたの虜です。


「もう絶対に胸の事を馬鹿にしない?」


「しない、しない。ってか、一度も馬鹿にしてないし。僕はマロンさんの胸好きだよ。大きすぎるよりは少し小さいくらいがちょうどいいと思うし、とっても柔らかかったし…」


 って、ハッ!?またしても大変な事を口走ってしまった。

 

 恐る恐るマロンさんの表情を確認してみる。すると今度は特に涙目にもなっていなかった。寧ろ機嫌が良さそうっていうか…。


「そっかぁ。私の胸好きなんだ…」


 マロンさんは僕に聞こえないように小さく何か呟いていた。


「あっ、あの~」


 僕はどうしたものかと声をかけた。するとマロンさんは少し上ずった声で言った。


「まっ、まぁ、ハルトさんがそこまで仰るのなら今回だけは大目に見ますわ」


「ありがとうございます」


 助かった。これで一安心だ。ホッと胸をなで下ろす。


「ただし、今回だけですよ」


 そう言って、マロンさんは人差し指で僕の額を軽く小突いた。


「ひゃい。以後気を付けましゅ…」


 盛大に噛んでしまった。でも仕方ないよね。不覚にもドキッとしてしまったんだから。


 それにしても、もう絶対にマロンさんの前で胸の話は禁止だな。


 そしてマロンさんがまたしても上目遣いで言ってくる。


「さっき何でもしてくれるって言いましたよね」


「ゔっ…。うん」


「何回でも?」


「えっと…1つで…」


 正直マロンさんのお願いだったら何度聞いてもいいと思う。でも、今回は違う。アレは事故だ。それなのに一方的に責められてるわけだから、なんか些細な抵抗をしたくなった。だらから今回の何でもするというのは極力1つで終わらせたかった。



「ダメです。話になりません。10」


「えっ!それはちょっと…。3」

 

「私の胸触りましたよね?暴言も吐きましたよね?8」


 いや暴言はマロンさんの思い込みでしょうが、とは言えなかった。何より胸を触ったのは消せない事実だからね。


「はい、触った事深く反省しています。なので5つでお願いします」


「わかりました。ではそれで手を打ちましょう。5回は何でも聞いてもらいますからね」


「はい…」


 なんとか上手く話がまとまった。まぁ、マロンさんの機嫌が直っただけで良しなんだけどね。しかし、合計5回かぁ。どんなお願いされてもいいようにお金貯めなきゃなぁ。



「って、ハルトさん。急いで準備しなきゃ。敵はすぐそこまで来てますよ」


 今置かれてる状況をやっと思い出したのか、マロンさんが慌ててそう言ってきた。


 うん、こうなってるのマロンさんにも責任があるよね。とは口が裂けても言えないな。



 そしてようやく戦闘準備に取り掛かった。敵はもう既に200m圏内まで迫っていた。


 マロンさんは静かに詠唱をはじめる。支援系の魔法を唱えるようだ。


 僕も上体を起こし籠手から風の盾(ウインドシールド)を発動し、銅を【創造(クリエイティブ)】で小型ナイフに変えていく。


 先ほど洞窟内で採掘しておいた銅が早速役に立ったな。

 

 そうこうしているうちに敵が視認できる位置まで迫ってきた。


 それにしても今日という一日の終わりが全く見えない。どこまで長いんだ。


 そんな事を考えつつ、臨戦態勢をとった。







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