19 商人の家で
短めの投稿になってしまいました。すみません。
商人夫婦の家は、いや、屋敷と言った方が良さそう。とても立派でした。
どーんと構えられた門に、ガタイの良い門番が一人立っている。いかめしい顔つきで立っていた門番は、商人夫婦の顔を見るなりさっと手を上げた。門がギィィと音を立てて開いていく。
「旦那様、奥様。お帰りなさいませ。そちらのお方はどのようなお連れ様でございますか」
ぎろりと睨む様な視線を投げかけられて、思わず首をすくめてしまう。
訝しげな様子を見せた門番に、旦那さんがにこやかに答えた。
「こちらは勇者レイン様だ。そしてお連れの方々。ザイアからの馬車が途中で立ち往生してしまってね、助けて頂いたんだよ。失礼のない様におもてなししてくれ」
「後は使用人に案内させますわ。丁度昼食の時間ですから、是非ご一緒致しましょう。では、後ほど」
にこやかに夫婦が去っていくと、門番がこちらを向いた。
眉が薄く、四角い顔で……正直、すっごい怖いです! 脅えるわたしに気が付いたのか、鈴さんが笑いかけて手を握ってくれた。それだけでほっと安心できる。
「勇者様、お噂はかねがね伺っております。主がお世話になったようで、大変ご迷惑をおかけ致しました。今使用人が参りますので、少々お待ち頂けますか」
低く抑揚のない声で話し終わるとほぼ同時に、屋敷の方からわたしと同じ年くらいの女の子が走って来た。茶色いくりくりとした目の可愛い子だ。髪をおだんごにしていて、白いエプロンをつけている。
彼女は走ってくるなりぴょこんと頭を下げた。
「遠い所よくおいで下さいました。あたしはベルナンド家でメイドをしているアンと申します。主人に勇者様達のお世話を申し付かりました。どうぞこちらへ。あ、荷物はあたしが持ちます」
そう言って荷物に手を伸ばしたアンさんだったけれど、ウィナードさんの手から離れるとガクンと落としてしまった。
「す、すみません! すぐ運び、ます、から」
アンさんは踏ん張って荷物を運ぼうとしているけど、どう見ても無理そうだ。それよりもウィナードさん、どんな重さの荷物持っていたんですか……!
いくら引っ張っても無駄そうな様子を見かねたのか、門番の人がアンさんに声をかけた。
「おい、荷物は他にもあるんだ。他のやつらを呼んで来い」
「いや、他の人を煩わせる必要はありません。案内してくれたら、俺達が運ぶから」
アンさんにウィナードさんが微笑む。
爽やかな彼の笑顔を見た瞬間、アンさんの顔が真っ赤に染まった。
「で、でも、仕事ですから」
「それはこっちも一緒だよ。人助けをするために雇われている身だしね」
「す、すみません……」
明るく笑うウィナードさんに、アンさんは耳まで真っ赤になっていた。なんていうか、勇者の強さを別の方向からも見た気がする……。
「ジュジュ」
鈴さんにつつかれて、我に帰った。
「置いて行っちゃうわよ」
「す、すみません。行きます」
いつの間にか、皆屋敷の方に歩きだしていた。慌ててその後を追いかける。
門から屋敷までは結構距離が合った。と言っても、魔王様のお城ほどじゃないけどね。綺麗に手入れをされている大きな庭を横切って、獣の顔の飾りがついた大きな扉の前まで案内される。
先頭を歩いていたアンさんは、わたしたちが全員いる事を確かめてから、獣の顔の飾りが咥えている輪に手をかけた。それを振って、ゴンゴンと扉に打ちつける。すると、門の時と同じように扉が独りでに開き始めた。
もしかして、これって。
「魔法ですか?」
わたしはルークさんに尋ねた。
わたしの脳裏には魔王様のお城が浮かんでいた。あのお城も魔法に包まれ守られていた大きな建物で、扉も今みたいに勝手に開くようになっていた。まあ、あっちは前に立つだけで勝手に開くタイプだったけど。
「魔法? こんな魔法聞いた事もねぇだ」
「え? でも、勝手に扉が……」
開いたじゃないですか、という前に、左右の扉の裏からアンさんと同じような格好をした女の人が一人ずつ出てきた。「ようこそおいでくださいました」という歓迎の言葉と共に深く頭を下げる。
「……この人達が動かしていたんですね」
見当違いな考えを披露してしまった事に恥ずかしくなって俯くと、ルークさんは笑って頭を撫でてくれた。
「ジュジュはまだ知らねぇ事が多いからな。気にするこたぁねぇ。思った事は何でも言ってくんろ」
「はい……ありがとうございます」
思った事を全部言ったら大変な事になってしまうのでそれは流石に出来ないけれど。でも、ルークさんの優しさにほっとして涙が出そうになった。
荷物を指定された場所に置くと、男と女で別の部屋に通された。わたしと鈴さんに当てられた部屋は、大きな箪笥や鏡台が設置された、女性専用と分かる部屋だった。
「わざわざ部屋なんて用意しなくなっていいのにね。着替えなんてしないし、どうせご飯を食べたらさよならなのに」
ソファに座りながら鈴さんが言う。
そうですね、と相槌を打ちながら、なんとなくいやーな感じを覚えていた。なんだかこれで終わらない、そんな気がした。