秘密の協定
―――瞼越しに感じる眩しい光。
視界を開くと白の天井。
その景色には見覚えがあり、此処が病院だと理解するのにそう時間は掛からなかった。
「大丈夫?」
真が目覚め、掛けられた言葉に虚ろな瞳で顔を向ける。
―――目を疑ってしまった―――。瞬時に頭が覚醒する。
広さのある一人用の特別病室。
視線の先には遥鳴。――そして――遥鳴の後ろで壁に寄り掛かっている凪砂と那穗。
思わず跳び起きてしまった。覚醒した意識が戸惑いへ変わる。
「何が・・・・」
一体何があったのか。口にして、先の出来事を思い返す。暗鬼に襲われ、遥鳴に助けられた。―――そして―――何処からか現れた武器。
背筋に寒気が走る。暗鬼もそうだったが、自分にも更なる恐怖を覚えた。
――――――ふと――――――冷静に帰った。
「どうして・・・凪砂と那穗が?」
確かあの場には居なかった筈だ。と言うことはわざわざ遥鳴が呼んだのだろうか。
「街にあれだけの暗鬼が現れたんだ。
ある程度力ある者は気配が解る。俺がそうだったように、彼等も終止を目にしていた。だから連れて来たんだ」
声が冷たい―――。何時も遥鳴が真に向ける柔和な笑みは一切無く、表情は厳しい。
凪砂は普段と変わらず無表情だが、那穂の表情も固い。
それ程、今、この状態は芳しい物では無い。病室には物々しい空気が漂っており、居心地が悪い。
しかし、その原因が真自身にある事は痛いくらい実感していた。
これから何を聞かれるのかも大体が把握できる。絶対に聞かれても答える事が出来ない。ある程度の覚悟を決めて、自ら三人に問う事にした。
「あの刀は何ですか?
那穂も持ってた。遥鳴さんも持ってた・・・凪砂も持ってるの?」
「嗚呼」
抑揚の無い声で凪砂は即答した。
「じゃあ・・・あれは蒼間や狭間・・・皆が持ってるものなの?なんで私が・・・」
はっきりと言葉には出せなかった。だが、真が言わんとする意味は3人共理解していた。
「あれは・・・」
遥鳴は言葉を詰まらせた後、暫く考え込み、手繰り寄せる様に話始める。
「あの刀はまだ狭間が決別する前、まだ1つの蒼間だった頃、一族に清治と言う刀匠が居たんだ。彼の刀の才能は若い頃より発揮され、神童とも呼ばれていた。
だが彼が亡くなった後、彼の作品は何一つ残って居ない。文献が無いだけかもしれないが。
清治の刀が何本造られていたのかも判らない。彼の刀は宝刀とも呼ばれる」
「・・・・?」
遥鳴の主旨が判らずに、真は首を傾げる。
「俺達が手にしている刀は清治の物とされている。
力ある者は天名を授かる。天の声と言っていい。声が聞こえるんだ、そして名前を与えられる。その名前こそ刀の名前だ。
名を与えられた者は刀の主として認められる。
刀は名を呼ばれ姿を現す。主以外が名を呼んでも刀は主しか反応しない
・・・それが・・・俺達の刀だ。」
一通り遥鳴が説明をすると、それを補う様に那穂も語る。
「当主以外に天名を与えられた者は当主の補佐、側近として認められるの。
柱とも称されているわ」
「あ」
『私は四柱になって遥鳴さんの隣で支えたい』
―――ふと、雪乃との会話を思い出した。
「じゃあ・・・四柱になる為の絶対的な条件って・・・」
「天名を受ける事だ」
「何故清治の刀なのか、清治に何か力があったのか、文献のない以上詳しくは解らない。それで・・・真は名を聞いたのか?」
遥鳴の問いに、真は自分の置かれている立場を改めて思う。
先の説明はこの為だったのだ。3人の瞳が痛い程真に注がれる。
「・・・解らない・・・気が付いたら手に持っていた。声なんて聞こえなかった」
俯いて、真は答える。だが遥鳴は答えを解りきっていた様でそれ以上何も追求しない。後ろの2人も納得している様子。
「問題はこれからだな・・・」
問い詰める所かこれからの事を話し始めた。
「問い詰めないんですか?」
不安からか憂色を漂わせる真。恥ずかしいと解りつつも自ら訪ねてしまう。
「問い詰めるも何も、嘘は言ってないだろう?今までがそうだっ様に真はあの力の理由を知らない。知らないと言ってるのにそれ以上追及する必要は無い。
さっきの質問で解った事は真が手にした武器が清治の物なのかが解らないと言う事だ」
妙に納得の行く説明に真は頷く。信頼されているのだろうか・・・。複雑だが、一瞬心が軽くなったのは確かだ。遥鳴は話を再開する。
「暗鬼等が真を狙っているのは確信した。真のあの力が関係しているのは確かだろう。
まずは暗鬼の組織を捜す事だ。考えられるのは蒼間、狭間どちらかの一族が反旗を翻しているか。一族以外の人間の仕業かだ。
前者は俺と狭間とでそれぞれ調べを入れる。
後者に至っては真を警護しつつ足を掴んでいく。」
淡々と話す遥鳴の科白に引っ掛かりを覚えた。
「・・・それって・・・」
「一時的だが手を組む事になるな」
凪砂の言葉に耳を疑う。
「そんな事が」
「許される訳ないだろう。それ故内密に行う。一族を裏切る行為だからな」
言いかけた真の懸念を凪砂が覆う。
「俺達以外には四柱含む信頼出来る者にしか言わない。ただ、今日の暗鬼の件で一般人に存在を知られてしまった。出来る限り隠密での処理はしたがこのままではいつか隠し通す事は難しいだろう。
何れ双方が必要としてくる時期が来る。
・・・それまでの話だ。お前が気にする様な事は無い」
「・・・」
切り捨てる様に言葉を投げかける凪砂。きっとそれが彼なりの優しさだというのは何となく解っていた。だからこそ、罪悪感に苛まれる。
全ての原因が真なのだから・・・。
「少し、話を戻そう。真は先の武器をまた出せるか?」
遥鳴の問いに首を振る。
「じゃあ、あの時何を考えていた?」
「・・・あの時は、暗鬼が目の前に現れて・・・目の前が真っ白になって、気付いた時には手に持ってた」
答えられるのは同じ科目。
ひとつ解っていることは、自分の中に何かがいた感じがした。
その事は何故か言えなかった。否、言ってはいけない気がした。
「とにかく今日は遅い、詳しくは後日改めて話そう。真は検査を兼ねて一日泊まるといい。2人も付き合わせて悪かったな。また連絡する。
・・・色々と頼む」
「嗚呼」
感情の無い返事をし、凪砂は病室から出て行った。そして後を追う様に那穂も軽く会釈し、病室を後にした。
2人が出て行った後、沈黙が部屋を貫いた。
居心地が悪い事この上無い。
言葉が浮かばないのだ。
暫く静寂が部屋に続いていたが先に口を開いたのは遥鳴であった。
「真は・・・あの子の家で世話になっているのか?」
「はい・・・」
俯いたまま答えているので遥鳴の表情は解らない。顔を見る事が出来ないのだ。
「・・・済まなかった」
急に発せられた詫びに反射した様に顔を上げてしまった。
「俺の所為で追い詰めてしまった。知らなかった事にも責任を感じてる。
俺がちゃんと確認すべきだったんだ。
家族が殺された事も言いだせず、結果、騙す形になった」
「――――」
気付かなかったが、久しぶりに見た遥鳴は目に見えて解る程以前よりやつれていた。それが自分に責任があると瞬時に把握した途端、心臓が鷲掴みにされた胸の痛みを憶えた。
本来ならば自分が先に謝るべきなのだ。
「・・・謝るのは私の方です。雪乃から聞きました。全ては私を快く思っていない人物がやった事だって。
それを遥鳴さんの所為にした・・・私こそ、遥鳴さんを追い詰めた…
家族のことだって、遥鳴さんが悪いわけじゃない。・・・やったのは暗鬼なんだから・・・・・」
「真が気に病む必要はないよ。そう思われるのは仕方ない事なんだ。言いだしたのは俺なんだから。
家族の危険性まで気が回らなかったのも、当主として責任はあるよ」
そう言って見せたのは何時もの笑顔。
優しいが、控えめで、寂しげで、距離を置いたもの。
「許して欲しいとは言わない。
だが、学校には通うんだ。真にはその義務がある」
「退学にしなかったんですか?」
「退学させる理由がないさ。アパートもあのままだ。
真が寝ている間、継見と話し合ったんだ。
・・・・・一度・・・裏切っておいてなんだが・・・あの家に戻らないか?
五十嵐の家にいても彼女が居なければ安全は保障出来ない。あの家に強い護が張ってある。学校にも。
生活費には俺が信頼できる藤真という人物に頼んである。不安があるなら雪乃や幸希に聞いてみるといい。
強制はしていない。決めるのは真だ」
「・・・・」
直ぐに出せる答えでは無い。
言葉に詰まらせているとすっと遥鳴は席を立ち、背を向けた。
明日にまたくる。と言葉を残し病室を後にした。




