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obsession  作者: 礼央
第一章 変わる世界
20/45

大切なのは





「・・・は・・・。今何て?」


「だーかーら。ジムよジム!!私と真が運命の出会いを果たし、決闘した地下の修練場!!」


1日の授業を全て果たした放課後。

雪乃は2人にとって苦い思い出の場所に連れだそうとしていた。

彼女以上に苦痛の記憶しかないあの場所に、真は心底嫌そうな顔で拒絶の意志を表す。


「・・・何しに・・・」


愚問なのは分かり切っている。


「修行に決まってるじゃない。真も蒼間の一員として此処に来たんだから当然の義務よ。あんた武芸の武の字も知らないでしょ。少しでも己の身を守れる位にはなれるように私が鍛えてあげる。」


真面目な雪乃の事。真を目にも留めず、話を進める。

雪乃は雪乃で、真に力を付けさせる事を先決としている。絶対に言うつもりもないが、自分の身だけでも守れる強さ。それが手に入れられなければ真は必ず、死ぬ。折角出来た上辺だけではない、真実の友人を無くしたくない。

真の意志など構ってられない。

雪乃が自分を通し、志を曲げない人物なのは充分理解している。

粘っても時間の無駄。諦めた真は折れた。雪乃の言い分は正しい。

蒼間の一員として此方に居座り、生活を支えて貰っている。

暗鬼の一件以来己の鍛錬は皆無。確かに、これでは何の為に転校までして此の場にいるのか・・・。それに、雪乃がいるから寂しくないかもしれない。

考えを改めると、恰も不機嫌な面持ちで席を立った。


久しい道のりを歩きながら真は問う。


「・・・やっぱり蒼間の・・・いるんでしょ」



「当たり前でしょ、他に場所ないんだもの。まあ、大丈夫でしょ。」


それは雪乃にとって弱音と聞こえた。

悪い事ではない。クラスの者には完全に心を閉ざしている真。その真が自分にのみ許しているのが嬉しいのだ。真はまだ、蒼間のみの空間に慣れて居ない。

その不安は理解出来る。


「大丈夫って・・・何で?」


「根拠は無いけどー。行けば解るよ。」


気休めではないが、何となくそう感じる。

―――あの連中の事だから。

都心のジムへ辿り着くと、フロントを通って裏口から蒼間の修練場に入る。

何時入っても、この場所は気味が悪い。ロッカーにて雪乃が常に置いている予備のスポーツウェアを借り、2人着替える。

若干の緊張と共にロッカーを出るとやはり修練場には人の気配を感じる。

真の不安は分かりつつも、気にする様子も見せずにその扉を開けた。


中には8人程。蒼間の人間が居た。中にはクラスメートも何人か。

人の気配を感じた彼等は一斉に動きを止め、視線を向ける。

初日を思い出す懐かしい光景である。


真には明らかに敵対の眼を向けているが、隣には雪乃がいる。

息を呑み、眉間にしわを寄せて不快感を露わにしている真に対して、雪乃は腰に手を当て、偉そうな佇まいをしている。表情は何故か自信に満ちている。

雪乃の存在が蒼間等に有無を言わせない状況を作っているのか、誰1人、一言も発さない。

それ所か、会話もしていないのにも関わらず、皆はそれぞれ私物を手にすると無言のままぞろぞろと修練場から出て行ってしまう。

すれ違い様、睨み付ける痛い視線を何度か感じとれたが、気にする事も無く、直ぐに二人きりの静寂な空間になってしまった。


「・・・何なの?」


「だから言ったでしょ。根拠は無いって。

まさかこうもあっさり出て行くとは思わなかったわ。」


真の呟きに、雪乃は感心したように話す。

自分もそうだった様に、[蒼間]は一族以外の関わりを嫌う。生まれた頃から入れ込まれている為だ。蒼間の弱みと言えるかもしれない。雪乃は心の中で溜め息を着く。



「さあ!!邪魔者は居なくなったし、始めようかっ。」


今は、真を強くする事が先決すべき事態。

出来るだけ早く、力を付けさせたい。

何時また暗鬼の襲撃を受けるか解らないのだから。



「まず!!基本は『気』なのよ。全てに置いて欠かせないわ。

気って解る?よく漫画とかであるでしょ。生命力や活力の根源となる心の働き。つまりは精神力なのよ。気1つで怪我の痛みにも耐えれるし、戦闘時に攻撃力を上げる事も、直接相手に深手を負わせたりも出来るの。」


そう、『気』について熱く語った雪乃。

真に課せられたのは集中力を上げる精神的な鍛錬だった。始めの短時間は正座で精神統一。肉体的な教えは護身術のみ。後は一方的に真が雪乃に傷を負わせろ。との事。鍛錬と言うよりは喧嘩にも近い。

しかし素人の真とでは話にならず、雪乃狙いに殴る蹴るなどの素振りは見せているものの、軽くあしらわれる。

それだけでは意味が無いと雪乃は隙あらば反撃を容赦しない。

手加減はしてくれている。傷や痣を付けない程度、気を使っているのは理解出来るが、それでも痛みは半端ない。


まるで雪乃が真に勝負を持ち掛けたあの日と全く変わらないのだ。

そんな雪乃のスパルタが二週間近く続いた。



「寝不足?目の隈凄いよ。」


ある日の朝、雪乃は愉しげに真の不健全さを指摘する。


「・・・当たり前でしょ。あんな事ばっかりさせられて、寝ても寝ても寝たりない。あの行為に意味はあるの?」


不満いっぱいの真だが、それが唯一抱えていた疑問だった。

初日は筋肉痛に悩まされ、何度も足にこむら返りに悩まされた。今は筋肉痛も収まり、多少の体力の上昇は感じ取れる。

雪乃は軽く微笑む。


「成果は出てるわよ。無駄に見えるかもしれないけど、少しずつ、真の動きにはキレが出てきてる。センスも磨かれてる。

それに、少し痩せたじゃん。」


その言葉に胸が高鳴る。女に生まれた以上、言われると嬉しい筈の台詞。しかし真の胸中は複雑だった。返す返事に困り、紡ぐ言葉を考えている真に、助け舟かのように丁度良いタイミングで幸希が登校して来る。

幸希は雪乃と鍛錬を開始してから合うのは初めてになる。


「よお。聞いたぜ。ジム占領して相模鍛えてるんだってな。

他の奴らが修行出来ないって泣きついてきた。ちゃんと使わせてやれよ。」


「何よ人聞きの悪い。使いたいなら勝手に使えばいいじゃない。

別に私の物じゃないんだから。真が恐くて来れないだけじゃないの?バッカみたい。」


心なしか声の音量が高まった気がした。

幸希だけでなく、意図的に周りの蒼間の者にも聞かせているのだろう。

そんな雪乃の態度に若干幸希は苦笑いになる。

周りの空気が若干変化したのを彼でさえ理解できたのだから。


「でも。真はいけると思うよ。

二週間にしては上達してる。もっと仕込めば少なくとも蒼間の名に縋り付いてるだけの連中には勝てる気がする。」


その真を誉める視線の先には、言葉に含まれていた人物達が捉えられていた。


「へぇー。なぁ相模。いつか俺とも手合わせ」

「嫌。」


興味本位の幸希が言い終える前に、真は拒否を示した。

拒否。よりは拒絶に近い。幸希が蒼間一門の中でも屈指の強さを誇る四柱と知ってからは、彼の存在が否めない。接し方は相も変わらず辛辣だが、心の内は以前にも増して複雑に成り変わっていた。

そんな真の思いとは裏腹に、幸希は気にする様子も見せていない。

自分に対する真の態度には慣れているからだ。

この二人のやり取りが面白い様で、雪乃はただ笑顔で傍観しているだけだった。




この時期になると卒業までひと月を切っている為に授業と言う授業は無い。

中高一貫高で受験も無く、卒業式の準備が始まろうとしている。

HRでも、その話題が上げられていた。



「いいかー。卒業まで後少しだ。

受験が無いからって調子に乗るんじゃあないぞー。卒業までは―……」


教師の会話に耳を傾けつつ、真は肘を付きながら船をこいでいた。

毎日行われる雪乃の英才教育の代償がこれだ。昼までは持っても放課後には限界の糸が切れる。今日はいつもより持ちこたえている方だが、意識は徐々に遠退いていく。



「で。問題だ。四谷!!!相模!!!!。」


急に張り上げた怒鳴り声にも近い教師の声音。不意に自分の名を呼ばれた真は驚きにより睡魔の手を逃れた。何事か。

このクラスに来てからは目立った言動も無い真にとって、教師から名を呼ばれたのは転校初日以来初めてに近いもの。

一方の幸希は完全に伏せっており、教師の声が行き届いて居ない程寝入っている。


「・・・お前達は卒業する気があるのか?」


挑発するかのような発言。眉間には年相応のしわが更に刻み込まれている。

話の意図が理解出来ず、呆然としている真に対し、教師は呆れたように深い溜め息を吐き出し。


「2人とも転入生だから仕方無いとは思うが・・・

1月にやったテストがあるだろ。その成績が悪くてな。補える物が無いんだよ。

一応受験生なら出来て当たり前だとは思うんだがな。

二週間後に追試がある。それに合格出来なければいくら一貫高でも進級が出来ないんだ。今日の放課後から課題用意してるから。

・・・卒業したけりゃ真面目に受けるんだな。」


死の宣告に近いものを受けたのだ。

ゆっくりと視線を雪乃に移すと、笑顔を此方に向けていた。だが彼女の笑顔の後ろには、物凄い気迫が漂っている事に真は心底降り懸かる不幸を呪った。


HRが終わり、教室の席には空きが増えてきた頃、真はただぼんやりと教壇の机に置かれた2人分の冊子を見つめていた。現実味が湧かない。

まさか自分が中学の段階で卒業の危機に瀕する所まで来ているとは思っても見なかった。成績は良くはない。悪くもない。受験勉強もあれだけ励んだのに・・・2ヶ月の穴はやはり大きかったのだ。


密かに落ち込んでいる真を余所に、後方からの会話が耳に入る。


「ちょっとさー追試とか考えられらくない?

まさか中学でそんなのあるとは思わなかったー」

「相当恥ずかしいよねー。」


後ろにいる為に、顔も解らないが、それは明瞭な真を嘲る批判であった。

意図的に、真の耳に入れているのか、彼女達は声を抑える事もなく、それは続けられる。声には聞き覚えがあった。確か転校初日に屋上で出会った三人組。

顔はうっすらと記憶にあるが、名前はまだ知らない。

前回同様。さぞかし真が気に入らないのだろう。


「うちら蒼間ってさ、結構皆優秀で通ってるよね。努力してるしー。」


「そうそう。」


「何かどこかの誰かさんの所為で名が汚されてるよね。」


その明白な陰口は、直接的に真に向けられている筈・・・・。

真自身、自覚はしているのだが。真はゆっくりと左に顔を向けた。

正確には、HRからずっと伏せったまま、気持ちよさそうに眠りについている幸希の方に、視線を合わせた。



「ぶっ・・・ッ。」


何かが吹き出す音が聞こえたので、其方へと視線を戻す。

すると、雪乃が肩を震わせて笑いに耐えている。真の行動を眺めていたのか、意味を理解しているのだろう。だが、当の真は雪乃が何故吹き出しているのか理解出来ないでいる。

3人組も、始めは何の事か分からずに、雪乃を見つめていたが、漸く自分達の発した言葉の意味を理解したのか顔を赤くして教室から去って行った。



「―――っあははははっ。

もうっ最高!!!とっても面白い物見せて貰ったわ。」


糸が切れたのか、声を挙げて爆笑する雪乃。目には涙が浮かんでいる。


「・・・・そんなに笑わなくても・・・。

何が可笑しいのか解らないんだけど・・・。」


不快さを露わにする真に、ごめんごめんと詫びを入れるが、雪乃の笑いは一向に治まらない。


「良いじゃない。追試については何も咎めないからさ。

合格するまで訓練は休ませてあげるから、今は卒業に向けて頑張って。

・・・まさかあんたらがそんなに馬鹿とは思わなかったけど・・・。

まぁ卒業出来るように頑張ってね。」



さり気なく厳しい一言を発して、雪乃は下校して行った。

真が居なくとも、ジムへ己行き、今日も己を磨く事は欠かさないのであろう。

彼女の去る後ろ姿を見送った真は、大袈裟にも近い、深い溜め息を吐き、ゆっくりと席を立ち上がる。もう既に教室には数えきれる程の人数しか残っていない。気だるさを纏った緩慢な動作で教壇の机に置かれた冊子を取りに行く。

冊子はしっかりとホッチキスで止められており、内容は昔習った筈である問題集のコピーだった。だが問題は量。

その厚さを目で確認した真は、「うっ」と小さく唸り声を挙げた。

口元は既に引きつっている。

恐る恐る冊子の最終ページをめくると、それには20。と手書きで丁寧に記されているのだ。しかも見開き1ページ・・・それが20枚。

枚数を確認し、今度はパラパラと中身を見ると、どうやら一科目。英語だけである。大して嫌いでは無いが・・・この量を今日中に終わらせなければならない。出来ない事も無いが、この学校は強制的な下校時間が存在しない。

宿直教員の許可さえ取れば、丸一日居座る事も可能なのだ。


既に真の表情には疲労の色が見えている。

取り敢えず用意された2人分の冊子を取ると席へと踵を返す。

だが席には付かず、未だ眠りについたままの幸希を見下ろしている。

瞳には、何の色も映し出していない。

真は手にしている二人分の冊子を軽く曲げると、持ったまま腕を大きく振り上げ、力いっぱい振りかざした。



パァァァンッ!!!


痛みは少ない筈だが、想像以上に音は大きく、教室中に響き渡った。

驚いた数人の視線が、一斉に向けられる。

―――何秒か経ち、幸希はやっと重そうに頭を上げた。



「・・・・起きた?」


完全に寝起きの幸希、瞳は虚ろで、辺りを見回し、此処が教室である事すら理解するのに時間が掛かっている様子。



「・・・ん~。今何時?」


「夕方の5時。

あんた何しに学校来てる訳?」


「ここ一週間まともに睡眠取らなかったからなー。」


質問の答えになっていない。

苛立ちは溜まるが、この調子では一向に帰れる気がしない。


軽く呼吸を整えると、先程の経緯を幸希に伝えた。

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