神獣大戦の爪痕
「昔々ある所に、マナが豊かな大陸がおったんじゃあ!!」
灼熱の炎天下、マントを頭から被った老人は、空に語りかけるように大声で伝説を吹聴する。
「生命の糧、魔力の素であるマナを使えば、傷はたちどころに消え、火を生み出し、水を生み出す。まさに奇跡の力じゃった。
そこでマナを管理するために、天使が空から降りてきたんじゃ!
だが、天使は争ってばかりの人間にはマナを与えず……調和を求める獣たちに多くを与えた。いつの時代も、人間というのは愚かなもんじゃて………。」
白く長い髭を蓄えた老体は、懐からやけに高価そうな酒瓶を取り出し、グイッと喉に煽った。
「それが気に入らなかった人間どもは、なけなしのマナを駆使して最凶の兵器を作り出した! 天使からマナを奪い取るためにな!!
だが、天使も黙ってはおらん! 天使はマナをより多く注ぎ込んだ『神獣』を放った!
見よ、この果てしない砂の大陸を!!
これこそが神獣大戦の爪痕じゃ!!
水は腐り、草木は枯れ、わしらは残り少ないマナをすすらねば生きていけん!
終わりは近い!
世界の終わりは近いんじゃあ!!」
預言者なのか、吟遊詩人なのか、はたまたただの酔っ払いか気狂いか。
広場で大袈裟に身振り手振りを交える汚い小男を、遠巻きに眺める二つの影があった。
「おい、パパ」
「『おい』じゃありません、なんですかアリア」
「アレは我の話だ」
「神獣大戦の……? 今、彼が言っていた最凶の兵器のことですか?」
「ああ。アレは我のことだ」
元聖職者と、元破壊兵器。
この二人が出会った経緯を紐解くには、まず、この元・聖職者について語らねばならない。
いつからだろうか――。
金の刺繍が施された白い法衣。それに身を包んだ半機械のサイボーグが、果てしない砂の大地を歩いていた。
聖職者の証であるはずのマントですら、過酷な旅路と凶暴な太陽の前には無力だった。容赦ない熱線が、男のわずかに残った生身の皮膚をじりじりと削っていく。
機械仕掛けの関節は砂を噛んで軋み、ターバンから覗く前髪は陽に焼けて縮れていた。混じり合う白髪が、過酷な旅によるものか、それとも年齢によるものかは判別できない。
男の名はエリクス。
エリクス・グレートディベーター。
彼は、あるものを探して旅をしていた。
それは、世界を救う手段――。
世界を救う方法は知っていた。彼の所属していた聖教会の禁書に、その答えは記されていた。
『すべてのマナコインを大気に還すべし』
マナコイン――それは人々が生き延びるために編み出した、苦肉の策の産物だった。
残り少ないマナを金属化して造られた硬貨。使えば数字が減っていき、すべてを使い切れば崩壊して大陸の砂へと混じる、儚きマナの残滓。
エネルギーであり、通貨でもあるそれは、量さえ揃えれば奇跡すら起こせる万能の力だ。
すなわちマナの残量とは、生命の蝋燭を数値化したもの。破滅へのカウントダウン。
いま地上にあるすべてのマナコインを大気に還元すれば、まだ間に合う。
エリクスはそう確信していた。
だが、世界からの理解が得られないことも分かっていた。なぜなら、彼がいた教会こそが、マナコインの恩恵を最も受けている組織だったからだ。
『奪い合えば足りない。分け合えば余る』
その教えの通り、教会には使い切れないほど膨大なマナコインが集まる。それをどう使うかは教会の胸三寸だ。
人々の生殺与奪権という最強の権力を、教会がみすすんで手放すわけがなかった。
だからこそ、エリクスは出奔した。
すべてのマナを強制解放する装置、「マナジェネレーター」を求めて。
ヒントはあまりにも少なかった。
神獣大戦が終結し、マナコインが作られたのは500年も昔のこと。滅びが加速する一方のこの世界では、情報の風化も早かった。
それでも彼は、半機械化された身体を駆使し、神獣大戦の爪痕と呼ばれる危険地帯を巡り続けた。
古代遺跡、研究所跡、聖地、あるいは伝説を知る老人。少しでも手がかりがあれば徹底的に調査した。今にも消えそうな過去の残滓をスキャンし、読み取る上で、その機械の身体は皮肉なほど役に立った。
三年が経った。
辿り着いたのは、古代兵器開発研究所の跡地。
禁書に「禁足地」と指定されていたその場所は、命からがら手に入れるだけの価値がある場所だった。
一見しただけでは、そこが研究所だとは気づけない。
触れることすら躊躇われる、枯れ果てた未知の森。その木々を掻き分けた先にある、行き止まりの崖の壁面。そこに人一人がようやく通れるほどの裂け目があった。
エリクスが触れて確かめようと手を伸ばすと、その手はするりと崖の内部へ突き抜けた。
崖そのものが、精巧に投影されたホログラム映像だったのだ。
入り口は狭く細かったが、入手していたマップデータ通りに進むと、驚くほどあっさりと目的の建造物が姿を現した。
それは枯死しかけた巨木の根に巻き付かれ、まるで搾り殺されているかのような、異様な球体の建築物だった。
規模はそれほど大きくない。最大収容人数は五百人前後。研究所としては中規模だ。
エリクスは、地下に何かあると確信した。
地上部分の球体建築は、あまりにも目立ちすぎている。実用性というよりは、本命を隠すためのカモフラージュ、あるいはデコイではないかと考えたのだ。
相手はただの兵器ではない、ロストテクノロジーの古代兵器だ。
どれだけ警戒しても足りえない。二段構え、三段構えの隠蔽は十分にあり得ることだった。
こういう時、サイボーグの身体は本領を発揮する。
床の構造に違和感はないか、慎重に、丁寧にセンサーを走らせながら歩き回る。
かくして、予測通りに地下へと続く隠し階段が見つかった。
エリクスは地上の建物を一顧だにせず、暗い地下へと足を踏みいれた。
――そして。
彼はその最奥で、彼女を見つけたのだ。
暫くは朝、夜2本立てでいきます!




