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第40話 夜空の下の会話

 とりあえず、エドガーは宿屋を出て歩くことにした。もうだいぶ暗くなっていたが、気分転換にはちょうど良いだろうなとエドガーは思う。

 このくらいの時刻になると営業している店はほとんどない。やっている店は居酒屋くらいだ。外から聞こえるくらいには客の声が煩く、エドガーは入る気にはなれなかった。


「入らないの?

「えっ、はい。うわっ」

「別にそんなに驚かなくてもいいじゃない」


 突然の声に驚いてそちらを向くと、ルーシーが微笑みながら立っていた。さっきの有無言わさない笑みはもうなく、エドガーが良く知る顔に戻っている。その姿にエドガーは少しだけほっとした。


「夜歩くの、好きなの?」

「あー、いやそんなことは」

「そうなの。でも、私は好きだよ。何と言うか、昔から落ち着くの」

「落ち着く?」


 エドガーが不思議そうにルーシーを見る。ルーシーはエドガーの姿を微笑みながら見つつ、高台に行かないと誘った。

 高台まではさほど時間はかからなかった。周りには同じように誰もいなく、ルーシーと2人きりの世界が広がっていた。


「綺麗ですよね、星空」

「えぇ」


 空には無数の星々が光っていた。弱弱しい光ややや強めの光があり、エドガーも綺麗だと思う。


「知ってる? 元々はこの光景が当たり前だったの」

「えっと……、原初の空の時代ですよね」

「エドガーさん、さすが」

「いや、少しだけの知識ですよ」


 だいたい今から、一万年以上前のことだろうか。その頃はまだ、空に星々の光しかなく、朝と昼の概念が無かった。ようは今のような光景が当たり前の世界だった。今のように朝と昼の概念が生まれたのは、ケイルによる首神殺しのおかげである。


「考えられないよねー。朝と昼がないなんて」

「まぁ、そうですね」

「住んでみたいと思う? そんな世界」


 ルーシーの問いかけにエドガーは考える。正直、ルーシーも言っていたがそんな世界、考えられないのだ。エドガーにとって、朝と昼はあるのが当たり前で、それは今生きているほとんどの人々がそうだ。

 

「難しい?」

「あぁー、俺はいいですかね。暮らすのは」

「嫌なの?」

「俺個人ならまぁどうでもいいんですが。ほら、リネスさんもいるでしょう? その世界」

「まぁ、そりゃね」

「なら、リネスさんの姿が明るく見れないかもしれないですし」

「そこぉ?」

「はい」


 実際エドガーにとってそれが重要だった。もちろん部屋の中にもいるかもしれない。けれど、外でもしっかりとリネスのことを見ておきたいのだ。そうでないと、何を考えているのか、どんな状態なのか分からない。

 予想外の答えだったのか、ルーシーは口を開けたまま驚いている。ただ、エドガーはそんな様子を気にすることもなかった。


「まぁ、良いんじゃない?」


 やや驚いている様子だったが、納得したようにルーシーは頷く。


「まぁ、私も遠慮したいかな」

「そうなんですか」

「まぁね。別に星自体はそんなんだけど。何となくって感じ」

「何となくですか」

「そう、何となく」


 曖昧な理由ではあるとエドガーは思もう。しかし、まぁエドガーにもそう気持ちになることはよくある。というか、人間って気持ちを説明するのって上手く出来ないことの方が多いかもしれない。


「それに今の生活に慣れ過ぎてるしね」

「それもそうですね」


 エドガーはそう言いながら星を見上げた。無数の星々が輝いている夜空がそこにある。たぶん、この光景がない空をエドガーは思い浮かべることは出来ない。


「さて、気分転換になったかな?」

「?」

「あれ、ならなかったかな?」

「まぁ……、普通ですね」

「そっかぁ。でも、始めて大丈夫だよね?」

「はい」


 エドガーのしっかりした返事を聞いて、安心したようにルーシーは頷く。そして、星空を見上げながら本題に入った。


「どのくらい信じてるのあの話?」


 星空を浮かべる顔が笑みに変化する。笑みではあるのだが、どこか有無言わさない顔を浮かべており、ちょっと前のルーシーを思い出す様子だった。


「正直でいいですか?」

「正直なのを聞いてるだよね」

「あんま信じてないです」


 エドガーの言葉に笑みを浮かべたままルーシーはエドガーの方に顔を向けた。その顔は先ほどと違い、どこか嬉しそうだ。


「ちなみに、理由は?」

「単純に証拠ないじゃないですか」

「そうそう。いや、良かったよ。これが、友人だったら信じてそうだからね」

「そうなんですか?」

「まぁ、可能性だけどね」


 ルーシーは笑みを浮かべながら誤魔化した。エドガーはまぁ関係ないことかと思いながら、ルーシーの話を聞く。


「とはいえ、今の事ってあらゆる可能性が秘めているでしょ?」

「そうですね。証拠がないとはいえ、魔法国の人達もどこまで信用していいのか……」


 もちろん、エドガーだけで捜査する気はない。かといって、ルーシーやアーツは一般人だし巻き込むつもりもなかった。誰に相談しようかと迷っていると、ある人物が思いついた。


「俺より先輩の冒険者がいるんですけど、彼に相談していいですか?」

「うん、良いじゃない。エドガーさんが信頼できるって言うなら」

「大丈夫です。俺より色々経験してると思いますし」

「なんて名前なの?」

「バルガって言う男の人です」

「そっかぁ」


 名前を聞いて満足したのか、ルーシーは来た道を戻っていく。エドガーもそれに続いていく。暗い道をやや慎重になりながら歩いていると、ルーシーはふと立ち止まり、座った。エドガーが気になる。視線を向けると、ルーシーの手には黒猫が持っていた。

 ルーシーは黒猫を膝に乗せ、優しくなでる。紅い瞳を持つ珍しい黒猫で、ルーシーの方をじっと見ていた。


「ははっ、可愛いよね」

「そうですね」


 まぁ、可愛いとはエドガーも思う。ただ、まぁ割とどうでもいいが。もっとも、ルーシーにとってはそうでもないようで笑みを浮かべながら撫でていた。


「そういえばさ」


 ふと、と言った感じでルーシーが猫を撫でながらエドガーに問いかける。何だろうと思いながら、エドガーは耳を傾けた。


「もし、彼女が嘘をついていた場合はどうするの?」

「理由と状況に寄ります」

「例えば?」

「最悪の場合だったらまぁ、斬ります」

「そう、それは安心だね」


 そう言いながら、ルーシーは猫を放す。そして、今までと変わらぬ姿で宿へと帰っていった。

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