第十六話 勧誘
ノワールに存在しているクリエイティブエリアは先程までの盛り上がりは消え失せ、静寂がひろがっていた。
静寂の原因は言うまでもなく、視線の中央に存在している黒髪、黒スーツ、赤目の男だ。その男の悪魔ともおもえる所業に観客は黙るしかなかったのだから。
そんな静寂を破ったのは他のでもない阿黒賢一本人であった。
「じゃあ、俺はここら辺で失礼するよ。」
目の前に座っている今まさに自身が破産させた男を目にもとめずに席を立つ。
コツコツコツコツ
革靴の音だけが静寂な空間に響き渡る。その男が歩くと、モーセが海を割ったかのように、観客達が男の道をつくりだした。どうやらこの男はノワールを出ようとしているようであった。
それを見ていた松村はすぐさまに阿黒賢一を追いかける。
「ちょっといいかな。」
「なんですか?」
阿黒賢一は背後からの声でふりかえる。
「ちょっと話がしたいんだけどいいかな?」
その言葉を聞いた途端に阿黒賢一の表情に笑みが現れたように見えたが、きっと気のせいだろう。
「いいですよ。」
●
松村と阿黒賢一はノワールに存在している従業員専用の部屋で二人揃って座っていた。
「先程のゲーム、とても素晴らしかったですね。」
「それは、ありがとう。」
「ですが、獅子川宗隆が阿黒様の提案にのってこなかった場合はどうしていたのですか?」
これが聞きたい。もしこれで阿黒賢一が何の策もなかったらヴレ・ノワールでも通用するかどうか。
「それは、ありえないよ。」
「何故です?」
「だって獅子川さんは絶対にのってくるから。」
「どうして断言できるのですか?」
「獅子川さんは、お金がとても好きで、弱者であり、そして何より、プライドが高いから。」
フォースでの出来事を思い出しながら阿黒賢一の話に耳を傾ける。
「獅子川さんにわざと最初の3ラウンド負けることで、相手が自身よりも格下であることを俺は印象付けた。それから、あの提案をしたんだ。獅子川さんはイカサマに絶対の自信があったし、格下の相手が自分に勝てるわけないという奢りもあった。そして何より、大好きなお金をもっと稼ぐチャンスが獅子川さんに舞い込んできたんだ。のらない理由がない。そのために獅子川さんが絶対にのってくる状態に俺が導いたんだから。だから、獅子川さんは俺の提案に絶対のってくるんだよ。」
「なるほど、」
獅子川宗隆の性格や思考を全てよんでの行動だったのか。
「もしかして、獅子川宗隆のことを知っていたのですか?」
「いや、知らないよ。今日はじめて会ったんだ。」
「それじゃあ、あんな短時間で獅子川宗隆の性格と思考をよんだのですか?」
「当たり前じゃん。」
この時、松村は確信した。彼がヴレ・ノワールでも通用すると。
「それと、獅子川宗隆のイカサマによく気付きましたね。」
「簡単だったよ。」
「それは、どうしてですか?」
何回目かの同じ質問を阿黒賢一にする。
「だって獅子川さんのメガネに度が入っていなかったし、左耳を異様に気にしてたんだ。」
「それだけで?」
「それだけで十分だよ。獅子川さんの左耳には恐らくイヤホンかなんかがついていて、他の誰かが俺のセットするカードを見て獅子川さんに伝えてたんだろうね。メガネには、度が入っていなかったことから、なんらかの特殊なマークとかを見るための道具だと予測できる。だから、俺は手札とセットするカードを俺以外の誰にも見えないようにしたんだ。そうしたら、獅子川さんは俺のセットしたカードを異様に見つめていたんだ。そこで、予測は確信に変わった。」
カードを見つめていることに気付いたと言っていたが、普通の人は絶対に気づかないほどの微細な変化だった。それを見破るとは、やはり、彼はヴレ・ノワールにふさわしい。
「凄いですね。そんな細かいところまで見ているとは、それで、どうやってイカサマを突破したのですか?」
「それはね、これだよ。」
阿黒賢一はスーツの袖から四枚のトランプがでてきた。
「これは、」
「これはね、獅子川さんがフォースのために用意したマークのついたトランプだよ。」
「なるほど、すり替えたのですか。」
「正解。獅子川さんが用意したトランプはノワールのものだったからね、休憩タイム中に縦横無尽に歩いていると見せかけて、壁際に置いてある新品のトランプからジョーカーと俺が使っていたスペードの1~3のカードを抜き取っておいたんだよ。」
(なるほど、獅子川宗隆は自身のイカサマに絶対の自信を持っていた。だから、それに奢り相手の休憩の提案をのんでしまったのか。自分が負けるとは微塵も思っていなかったから。)
「どうして阿黒様は獅子川宗隆にそれほどの仕打ちをしたのですか。あなたほどの実力があれば獅子川宗隆に普通に勝利することだってできたはずなのに。」
「それは、お金が必要なのと、松村さんに俺の実力を示すためだよ。」
「どうしてそんな……。」
阿黒賢一の言葉によって、今自身がしようとしていた発言が途切れる。
「どうして、僕の名前を知っているんですか。」
松村は1度も阿黒賢一の前で自身の名前を口にはしていない。それにも関わらず阿黒賢一は松村の名前を口にしたのだ。
「俺はね、ノワールに来たのは今日が初めてじゃないんだ。前回ノワールに来た時にたまたま松村さんが部下と話していることろを見かけてね、その部下が松村課長って呼んでたんだ。」
「なるほど、そういう事でしたか。」
「松村さんが言いかけた質問に答えてあげるよ。俺が松村さんに実力を示した理由は、ヴレ・ノワールさ。」
「なるほど、」
阿黒賢一から発せられたその一言で松村は金が必要な理由や自身に実力を見せたかった理由など全てをさとる。
「では、改めまして、僕はこいう者です。」
対面に座っている阿黒賢一にポケットから出した名刺ケースから名刺を取り出し、差し出した。
「それで、どうかな。」
名刺を受け取りながら阿黒賢一は言葉を発した。
「何の問題もありません。阿黒様をヴレ・ノワールに迎え入れます。」
こうして阿黒賢一はヴレ・ノワールに足を踏み入れる第一歩となった。
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