番外編 戦端
ラピス公爵領の東端にある堅牢な砦。闇の領域と境界を接するが故に設けられたその砦に、およそ50数体の魔物の群が攻撃を続けていた。
人の軍隊であれば、攻撃と撤退を繰り返す組織的なものであっただろうが、相手は闇の魔物であり、その攻撃は疲れを知らない。
そもそも発生したその直後から、人間を襲い続ける忌まわしき存在である。倒されるその瞬間まで、その動きを止める事は無く、砦を守っていたクーリエ子爵の軍は、正に死に物狂いの防衛戦を展開したのであった。
しかし主家であるラピス公爵家の軍が到着した事により、戦況は大きく好転した。兵力は魔物の数を大きく凌駕し、それを率いるのは武勇の誉れも高いラピス公爵である。公爵領の民が崇拝してやまない大聖女の兄君が軍を率いるとあって、兵達の士気はこの上なく高まった。
時ここに来て、ようやく反転攻勢の準備が整ったのである。
「閣下! 全軍の配置が完了いたしました!」
「わかりました。前衛で足止めしている部隊を後退させてください。同時に魔法兵と弓兵に遠距離攻撃の準備を」
「はっ!」
前衛で戦っているのは、クーリエ子爵領の兵士達だ。
魔物との戦いが始まって以来、部隊を交代させながらも負けない戦いに徹してきたその部隊に、ラピス公騎士団からの増援を加え、一時的に前線を押し上げたのである。
その間に無傷の増援軍を砦の前に布陣させ、準備が整った段階で今度は後退に転じさせた。これにより乱戦に陥ること無く、ほぼ完璧な迎撃体制を整えることに成功したのである。
「前衛部隊の指揮官は、なかなか巧みですな」
「ええ、戦いつつ後退するあの手際は大したものです。子爵はあれですが、部下は優秀な者が多い」
「うちに是非とも欲しい人材ですが、まあ、仕方ありませんなぁ」
グスタフは残念そうだが、辺境防衛の軍が弱体化してもらっては困る。クーリエ子爵がああである以上、部下達にはしっかり支えてもらわなくてはならない。
「閣下! 魔物達が前進を始めました!」
「そのまま魔物を前進させなさい! 出来るだけ引きつけた状態で弓と魔法で攻撃。前衛部隊が本隊後方に下がり次第合図します! 全軍にも徹底、急ぎなさい!」
「はぁ――っ!」
伝令兵が各部隊に散らばり、私は改めて戦況を注視する。戦略も戦術も持たない魔物の群は予測しやすいため、その動きは想定通りだ。
「あとは、タイミングですね」
「先走る味方がいない事を祈るばかりですな」
グスタフと言葉を交わしながらも、視線は戦場から離せない。目の前に迫る魔物の群は、土煙を上げながら確実にその距離を縮め、兵達は緊張した空気の中、私からの攻撃合図を待っている。
しかし、その空気は以外な所から破られた。戦場の端から爆音が鳴り響いたのである。
「魔法の炸裂音!? 左翼から!?」
「報告――っ! クーリエ子爵率いる左翼軍が、単独で攻撃を開始!」
「何を馬鹿な事を!」
戦場を見れば、確かに左翼から大量の矢と魔法の光弾が放たれている。しかし、まだ距離のある魔物の群にはとどいておらず、左翼本陣ではクーリエ子爵が半狂乱に喚き散らしている。
「何とも、我慢のきかぬ御仁ですな」
「あの攻撃は長く続きません! グスタフ、本陣の指揮は任せます!」
「はっ! お任せください!」
言うが早いか、私は愛馬にまたがり陣中を駆け抜けた。移動しながら、聴力を強化して左翼本陣の様子を探ってみると。
「ええいっ! なぜ撃ち方を止めるのだ!? 早く次を放たんか!」
「閣下っ! 矢も魔法も連続で放つ事はできません!」
「馬鹿を言うでない! まっ、魔物が近づいているではないか! 騎士団は突撃せえいっ!」
「なりません閣下! 本陣との連携が取れぬ以上は、一旦後退すべきです!」
「一体いつから我が軍は腑抜けの集まりになったのだ!? わ、儂は一人でも戦うぞ!」
「閣下ぁ!」
どうやら、迫って来る魔物の恐怖に当てられて、部下の進言にも耳を貸さなくなったらしい。子爵の問題行動を少しでも戒めるために、この戦いに参加させたが、自分の考えは相当に甘かったようだ。
このまま左翼だけが突出してしまえば、今度は味方の矢や魔法の巻き添えをくらう恐れがあり、少なくとも本陣から矢を放つ事は出来ない。なし崩しに乱戦となってしまうだろう。あの部下の進言通り、左翼だけでも後退して立て直すべきなのだ。
クーリエ子爵は数名の部下を従えて、魔物の群に突撃を開始するが、それすらも味方との連携が取れておらず、完全に孤立してしまっている。
「閣下あぁ―――っ!!」
ダメだ間に合わない! 私は広域結界を展開するべく精神を集中させようとするが、その私の魔力感知に、自分とは別の魔力を確認する。え!?
「な、なにこれ? 強い光の魔力が高速で、こ、こっちに向かって来てる!? ユフィ!?」
その何かは、明らかに空を移動している。こんな事が出来るのは、私の他はユフィしか考えられない。と言うか、は、速すぎない!? ちょっ、これぶつかっちゃうよ!?
私が空を見上げた次の瞬間―――。
「どいてええええええええええぇぇ――――――――――っ!!!」
戦場に聞き覚えのある少女の声が響き渡った。




