番外編 決戦前
クーリエ子爵の口から飛び出した、あり得ないお気楽発言。その意味を理解しかねた私は、数秒のフリーズを経てようやく問い返した。
「…………子爵、その、宴と言うのは…、 ここで?」
「もちろん、この砦で!」
「…………今から?」
「それはもう、前祝いですからなぁ!」
自分の言葉の意味など、深く考えてもいないのだろう。彼の部下達は気の毒なほど狼狽しているが、子爵一人だけが自信満々である。今この瞬間にも外では兵士達が戦っていて、死者や怪我人が出ているかもしれないと言うのにだ。
私は即座に会話する意思を放棄して、子爵に詰め寄った。
「子爵、先ほどから気になっていたのですが、顔色がひどく悪い。体調がよろしく無いのではないですか?」
「え? いや、特に変わったところは…」
「いーえ、確かにお悪い! 部下の方、子爵の具合いがよろしくない。別室で休んでいただきなさい」
「はっ、直ちに! さあ、子爵様、こちらへどうぞ」
「い、いやっ、儂はどこも悪くないぞぉ!? おいっ、こ、これから宴の準備がだなぁ‥」
私の意を理解した子爵の部下達は、見事な連携で彼の両腕をホールドすると、そのまま別室に連れて行ってしまった。その様子を私の後ろでうかがっていたグスタフが、やれやれと口を開く。
「あれは、実戦を経験しないとダメでしょうなぁ」
「同意ですね。子爵の軍は後方に下がってもらおうかと考えてましたが、前線の部隊に加えましょう。後方でふんぞり返ってばかりでは、部下達が気の毒です。先代はああではなかったのですが」
実のところ、私は先代のクーリエ子爵と面識がある。主家であるラピス公爵家には、子爵のような地方領主が訪れるのは珍しくないからだ。
その当時まだ公爵令嬢のクリスティーナだった私は、先代子爵から魔物との戦いや、前線指揮の心得を教えていただき、とても感銘を受けたものだ。剣の腕も素晴らしく人格者でいらっしゃったが、後継者はそれに習わなかったらしい。
その後、お気楽子爵に割く時間もあるはずも無く、魔物を殲滅しなければならない状況は変わらない。無駄にする時間が無い以上、少しでも有利に事を進めるため、私はこの戦いの負傷者の治療を買って出た。元より戦いに出しゃばる気の無い私だが、それでも死傷者だけは出したくなかったからだ。
「閣下、こちらが負傷者達の部屋になります。 みんなぁ! 公爵閣下がお見えだ!」
「おおっ、公爵様!」
「クリス様、なんとご立派な」
「妹君に、亡き大聖女様によく似ておられる」
「閣下! お会いできて光栄です!」
決して広くは無い殺風景な部屋に、簡易ベッドが並べられ、負傷者達が治療を受けている。医師か薬師と思われる者が2人、それぞれ治療に当たっているようだが、まったく手が足りていないようだ。
傷の痛みに耐えながら、それでも声を上げて私を歓迎してくれている。どうやら何人かは私の顔、正しくはクリスティーナの顔を知っているようだ。
「この中の大半は、皇都での最終決戦を経験した者達です。皆、亡き大聖女様に助けられました。我ら子爵家の家臣は主家である公爵家、並びに大聖女様へのご恩を決して忘れはしません」
その言葉の通りに、その場の負傷者全員が私に向かって頭を下げてしまう。その中には魔物との戦いで、片腕を失った痛みにこらえながら頭を下げる者も含まれ、その真摯な姿に、あのお気楽領主の元でも奮戦し、戦線を維持し得た理由を理解出来た気がした。
「皆、良く戦ってくれました。皆の勇戦に敬意を表します。私から心よりの感謝を―――光の精霊よ―――!」
私は、高らかに祈りの聖句を詠唱する。
「ここに魔と戦い傷つき倒れた者あり、御身の御力で全てを癒す光を賜らん…」
私から徐々に大規模魔法特有の光が溢れてくる。出来るだけ派手な事は避けたかったけど、この状況でやらない選択肢は無かった。
「われ捧ぐは至上の祈り、父なる精霊の慈悲よ、大いなる癒しの光よ、疾く地上に満ちよ!」
詠唱が終わり、その光がさらに輝きを増すと、部屋のあちこちから驚きの声が上がり始める。一番驚いているのは片腕を失ったはずの兵士だ。
「う、腕が…これは奇跡か……」
魔物との戦いで、左肩からごっそりと欠損していた兵士の腕。血の固まった包帯の痛々しいその傷痕から、何事も無かったかのように左腕が再生している。ほどけた包帯以外は、最初から何事も無かったかのようだ。
「お、俺の足も動くぞ! もう何ともない!」
「俺もだ!」
「わ、儂の目もみえる! 信じられん!」
「妹君だけでなく、公爵様まで…、何というお方だ」
驚きと喜びの声が次々と上がる中、グスタフからは小声で苦言が入った。
「やり過ぎです。大聖女様」
「はは…、勘弁してやって下さい。色々と…」
とりあえず自覚はあるのだから、やり過ぎ魔法での治療も、大聖女呼びも勘弁してほしい。
「こ、公爵閣下…、尊き御身がこれほどの奇跡を…。我らの身に余るご厚情、感謝申し上げます」
子爵の部下の一人が、感極まった様子で礼を述べる。私はそれを軽く手で制すると、他の者に向けて声を張り上げた。
「長きにわたり、この地を守りぬいた皆に改めて最大限の感謝を。これより魔物に対して反転攻勢に入ります。希望者は所属部隊に復帰しなさい。すでに勇戦し負傷た貴君らには、戦場から離れる事も認めます。その際には公爵家より、一人金貨2枚を褒賞として持たせましょう。さらに反転攻勢に参加する者には、金貨5枚の褒賞とします。皆の奮戦を期待します!」
「「「「うおおおおおおおぉぉぉ――――――っ!!!!」」」」
砦を揺るがす程の大歓声に、グスタフからこれだからこの人はと、呆れ混じりの視線を向けられるが、私はそれに軽く笑って開きなおる。
ざっと見渡したところ、その場を離れる者は無く、全員が戦いに臨むようだ。まあ、いざとなれば私が全部蹴散らせばよい。そんな軽い思いも確かにあったが、この戦いは色々な意味で私の予想を裏切り、我がラピス公爵家にちょっとした事件をもたらすのであった。
久しぶりにイラストも添えました。私の画力ではAI様には太刀打ちできませんが、
なんとなく描くと楽しいのです(察してください)。




