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番外編 クーリエ子爵

“よもや、闇の魔物がこれほど恐ろしい存在とは……”


 物見の塔から戦況を見守るクーリエ子爵の顔色は、すでに敗軍の将のそれに近い。

 その眼下には連戦続きで疲れ果てた兵士達が砦に引き返していて、その士気も著しく低く、こちらも敗残兵のような有り様である。


 この地に突如として魔物が発生したのは4日前の事である。その数実に50体。通常の発生は多くても10数体であるため、近年稀に見る大発生と言えた。

 当然、砦に常駐している2個小隊では討伐不可能のため、直ちに足止めを目的とした防衛戦が展開され、クーリエ子爵邸に魔物発生の一報と救援要請がもたらされる事となった。


 報告を受けたクーリエ子爵は、直ぐに増援の2個小隊を率いて現地入りをする。これが翌日の事である。守備兵の数は一気に倍に膨れ上がったが、これは戦線を維持するには充分であるが、直ちに魔物を殲滅するには不充分であるため、さらにそこから3日間に渡っての防衛戦が展開された。


 救援を当てにしての持久戦は士気が上がらないものだ。負傷者が多く出る中、死者を1人も出さなかったのは上出来と言えたであろう。

 子爵本人としては攻勢に打って出たかったが、ラピス公爵家からの援軍を待つべきとの部下からの強い進言に従ったのである。


「ええい、もう我慢ならん! 全軍で打って出るぞ!」

「なりません、閣下! もう間もなく公爵様の援軍が到着します。それまでご辛抱を!」

「来なかったらどうするのだ!? このまま兵達が疲弊すれば、勝てる戦いも勝てなくなるぞ!?」

「落ち着いてお考え下さい! まともにぶつかれば、間違いなく犠牲が出ます! 兵を多く損なって、この先どうやって領地を守るつもりですか!?」


 さすがに我慢の限界を迎えた子爵は、先ほどからしきりに総力戦を説き、今にも戦場に飛び出しそうな剣幕である。これを抑えるために、彼の幕僚は必死になった。

 実のところ、高齢の前領主から代替わりしたばかりのクーリエ子爵は、実戦経験が無く、言わば今回が初陣である。

 初めて見る魔物への恐怖と、華々しい戦果を上げたい功名心などが複雑に絡みあった結果、総力戦で手っ取り早くかたを付けると言う、もっとも愚かな考えに至ってしまい、もう何度目か分からない問答は延々と続くかに思われた。


「報告―――っ! 援軍が、ラピス公騎士団が到着されましたぁ―――っ!!」

「おおっ! 到着されたか! 閣下、早速お出迎えを!」


 幕僚達の安堵の声と共に、陣中がにわかに色めきたった。好奇心を刺激されたクーリエ子爵は、塔の上から援軍と思しき軍隊を見下ろし、指揮官らしき人物を見て思わず声を漏らす。


「なんだ、女性か? ご令嬢が指揮官なのか? と、とんでもない美人ではないか!!」

「か、閣下、あれは」

「こうしてはおれん、麗しのご令嬢に挨拶をせねば!」

「閣下! お待ち下さい! あの方がこう‥」


 部下の話しを聞きもせずに、足早に階段を駆け降りるクーリエ子爵。援軍の来た安心感と、見た事もない美人を目にした事でその足は羽根のように軽く、部下達をおいてけぼりに、あっという間に目的の人物の前にたどり着いた。

 素早く息を整え改めて目の前の指揮官を見れば、やはりとんでもない美人である。戦装束であるにもかかわらず匂い立つ色香は瞬く間にクーリエ子爵を魅了した。湧き上がる下心を悟られまいと、わざとらしく咳ばらいをした子爵は慣れた調子で挨拶を始める。


「お初にお目にかかります。領主のセドリック・クーリエと申します。この度の援軍、誠にかたじけない」


 女性とは言え、指揮官であれば間違いなく高位の貴族であろう。クーリエ子爵はうやうやしく頭を下げる。


「防衛の任、ご苦労様です。ラピス公爵家当主のクリス・ラピスです。早速ですが戦況を教えて下さい」

「は―――――っ?」


 思わず発した間抜けな声に、せっかくの挨拶も台無しになった。何かの聞き間違いだろうか? 目の前のご令嬢は公爵本人を名のったような気がするが、細身の甲冑に身を包んだご麗人はどう見ても絶世の美女にしか見えない。クーリエ子爵は目を白黒させて大いに混乱した。

 ここで助けに入ったのは、ようやく追いついた彼の部下達である。


「こ、公爵閣下! 我が主は初陣のため、大変緊張しておいでです! 私めが代わりに説明しましょう!」

「さっ、子爵様はこちらに」

「う、うむ…」


 これ以上ボロを出されまいと、部下達に連行されるクーリエ子爵。当のクリスにとっては慣れたものだが、厄介な勘違いを正してもらわないと、話がいつまで経っても進まないのだ。


「今現在、全軍の半数、2個小隊で魔物の群と対峙した膠着状態であります。残りの1個小隊を予備戦力とし、さらに残り1個小隊を休養に充て、それを交代で回しています。幸い戦死者は出ていませんが負傷者が多数、さらに重傷の者も少なくありません」


 簡潔に要点を押えた騎士からの説明に、美貌の公爵は満足に頷く。


「わかりました。貴軍の奮闘に心より感謝します」

「あ、ありがたき幸せ!」


 主家の当主、しかも王家に次ぐ大貴族からの賛辞に、子爵の部下達から感激の声が上がる。涙ぐむ様子に、この連戦の苦労がうかがわれた。


「これより全軍を私の指揮下とします。クーリエ子爵とその部隊長達も私の指示に従って下さい」

「「「「はっ!!!」」」」


 子爵の家臣団が力強く頷くのを満足気に見ていたクリスだったが、空気を読まない自由な子爵は、またしても不用意な言葉を口にする。


「おお! 常勝をもって鳴る閣下の軍が加わったとあれば、あれしきの魔物など敵ではありません。これから前祝いの宴としようではありませんか!」


 戦の最中、多数の負傷者を抱えた状態でのあり得ない発言に、子爵以外の全員が凍りついた。

出来心で始めた番外編が思いがけず長くなってしまいました。あくまで番外編なので本編より広がる事はありません。ゆったりとお付き合いをお願いします。m(__)m

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