番外編 花の名は?
私の目の前でお父様とお母様がイチャイチャしている。これ、私がまだ赤ん坊だった頃の記憶だ。
もちろん今も仲のよい夫婦だけど、この頃の2人のイチャつきようは異常だったと思う。どうせ赤ちゃんには分からないと思ってのことだろうけど、少しは遠慮してほしい。そんな私の願いも虚しくとうとう濃厚なキスが始まった。それ絶対ディープなやつだよね!? それにお父様は相変わらずのご令嬢衣装で、まるっきりそれにしか見えないんですけどおぉ――!
“―――って、百合かよっ!!!”
私は脳内で盛大につっこんだ。 ……ん? 百合って、なに? 植物? お花の名前?………………あれ?
「ここ…、どこ?」
寝ぼけ眼に映る見覚えの無い天井に、私はまだ夢でも見てるのかと瞬きを繰り返す。幾度目かの瞬きでようやく夢でない事に気が付いた私が、おそるおそる周囲を見渡すと、唯一見覚えのある顔と目が合った。
「お嬢様ぁ!?」
「ろ、ロッテ? あなた、なんでここに?」
どうやらずっと寝台の横に控えていたらしい。この見知らぬ場所にいる自分の専属侍女に、私は更に混乱する。
「お嬢様が勝手にお屋敷を抜け出すからでしょう! まったく、どれだけ心配したと思っているんですか!?」
「抜けだ……、あっ、ああああぁぁ――――っ! お、お父様は!?」
寝ぼけた頭に次々と思い出されるこれまでの出来事。どうやら私はあの精霊の光と熱で気を失っていたようだ。
「公爵様なら、つい先程出立されました。ちなみにここは、クーリエ子爵のお屋敷ですよ」
「そ、そんなぁ―」
がっくりと肩を落とす私に、空気を読まない専属侍女は更に追い討ちをかける。
「それに公爵様特製の結界と言うのが、この部屋に張ってあるそうです。魔物討伐が終わるまで、大人しく待つよう言付かってます」
「け、結界って、この部屋からも出れないの!? 可愛い娘にそこまでするぅ―――!? あんのクッ…」
「く?」
「……………………」
言い淀んだ私に怪訝な顔をするロッテ。
一方の私はそれどころでほない。自分の口から不用意に飛び出しそうになったとんでもワードの衝撃に震えていた。
どうしょう…、私、今“クソ親父”って言おうとしたぁ!?
な、なんで!? 一体どうして!? く、クソなんて、公爵令嬢にあるまじきこの下品な言葉は、本当に私の頭から出てきたの!?
おかしい。目が覚めたばかりとは言え、何故か頭の中に変な情報が入ってくる。普通の親子ゲンカで、クソバ◯アやクソ親父だのが当たり前のような情報だ。そんなわけないでしょ!!
はっ、そう言えば夢の中でも私は変な言葉を使っていたような………。
「ね、ねえ、ロッテ」
「はい、なんてしょうお嬢様?」
「百合って、知ってる?」
「ゆり、でございますか? いえ、知りません。不勉強で申し訳ありませんが」
私が夢の中で発した不可解な言葉を聞いてみるが、やはり知らないようだ。
「花の名前のようよ…。多分、白い、そうね、とても品の良いお花だと思うわ…」
「そのような珍しいお花、お嬢様は見た事があるのですか?」
「見た事はない……はずよ…」
見た事はない。それなのに脳裏にははっきりと思い浮かべることが出来る。その白く大きな花弁までありありと。
「見た事もないのに、そこまでお分かりなんて、よほど良い図鑑か何かをご覧になったのですね」
「……そんな物ないわ。あったとしても、私は見てない」
「それなのに、お分かりになるのですか?」
「わかるわ……。何故かしら? そ、それに、何かすごくモヤモヤするのよ……」
ただ単に花の名前だけではない何か、人によってはあまりよろしくないような、逆に大変好ましいような、とても複雑でややこしい意味を内包しているような気がするし、微妙に色ごとめいて感じるのは私の気のせいなのだろうか。
どうしょう、精霊の熱に当てられて、私、本格的におかしくなってしまったの――!?




