番外編 聖女の娘
私にはお母様と、お母様のようなお父様がいる。
「リリア、本当に大丈夫?」
「はい、おか…、いえ、お父様」
目の前に立って剣を構えるのは、男装したご令嬢に見えるがれっきとした大人の男性であり、何をかくそう私の父親である。
小さな頃からずっと親しんでいる大好きな父親だが、物心ついてからと言うものの、普通とは違う様々な事に少しづつ混乱するようになってしまった。
「まったく、急に剣を習いたいなんて…」
「あらあら、昔の誰かさんにそっくりじゃない」
「お母様…」
「言い出したら聞かないのも、あなたにそっくりなのだから、観念なさいな」
これまた孫がいるとは思えない、年齢不詳の若々しいお祖母様からたしなめられて、お父様が軽くため息をついた。
「本来なら身体がしっかりしてから立ち会い訓練をするのだけど、どうしてもと言うなら仕方ないわ。かかってらっしゃい」
「は、はい! やああぁーっ!」
私は訓練用の木剣を振りかざしてお父様に突撃した。
カツン! 勢いそのままに振り下ろした私の木剣は、あっけなくお父様の剣で受け止められる。
「うん、思い切りが良くていいね。思ったよりも力があるし、そのまま打ち込んでみて」
「は、はい!」
大好きな父親に褒められて気を良くした私は、その後も調子にのって攻撃を仕掛けるがその全てが簡単にあしらわれ、気がつけば疲労困憊で地面に座り込んでしまった。それに比べお父様は汗一つかいておらず、足元を見ると綺麗な砂地がそのままで、その場から動いた気配すら無い。
うう、お父様、強すぎでしょう。
このあまりにも綺麗過ぎる父親が、実はとんでもなく強いと聞いた私が、それを信じられなかったのも無理は無いと思う。
私のお父様、クリス・ラピスは、このラピス公爵家の若き当主である。元々が王家に次ぐ権勢を誇り、お父様をはじめ代々優秀な領主に恵まれているため、領内の治安はすこぶる良く、家臣や民達からの支持も厚い。
そんな優秀なお父様だが、領主としての仕事以外は、何故かお姫様のような事ばかりやっているのだ。
今日も先ほどまでマチルダと一緒に刺繍をしていたし、私が剣を習いたいと言えば、あっという間に訓練着を縫い上げてしまった。私にぴったりの訓練着はとても動きやすく、所々に女の子らしい飾りもあしらわれていて、一流のお針子も裸足で逃げ出しかねない程の腕前である。
さらにお料理も達者で、おやつに焼いてくれるケーキやクッキーは私の密かな楽しみであり、正直これの無い人生など考えられない。
なんでもお父様は生まれてからずっと女の子として育てられ、その事は7歳になるまで本人にも秘密だったとか。命に関わる深刻な理由があったからだと聞いたが、正直訳が分からない。
そのためか、お父様の専属侍女であるマチルダは、当たり前のようにお父様をお嬢様と呼ぶし、持っている衣装も男性の物より女性のドレスの方が多い。
無事に成人した今となっては、女装する必要は無いのだが、男の格好をすると新人のメイドが倒れたりするため、やむを得ず女性の格好をしているらしい。
“お父様、お母様とどうやって結婚したんだろう?”
まさか女性の格好で口説いたとは言うまいが、よくあのお母様のハートを射止めたものだと感心してしまう。
私のお母様、ユーフェミア・ファナ・ラピスは、世界最大の大国セントラル皇国の元皇女だ。しかも大聖女クリスティーナ様と共に世界を救った、唯一人の聖女でもある。普通にカッコいい!
そう、私には聖女の血が半分流れているのだ!
あの乙女趣味のお父様だって、クリスティーナ様の双子の兄妹だし、その両方の血を受け継いでいる私は、言わばエリートと言っても過言ではない!
今回急に剣を習いたがったのも、憧れの大聖女様が実は剣の達人でもあると知ったからだ。魔法も規格外なのに剣の達人で、しかも最後の戦いでは女性であるにもかかわらず、将軍閣下として兵を率いたなんてカッコよすぎる!
私、将来は絶対に大聖女になるんだから!
なんとなく始めた後日談。続くか続かないかは気分次第なり。




