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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
かつて大聖女と呼ばれた少年編
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皇都防衛戦②

「報告! 二つに分断された魔物軍のそれぞれ中央に、上級の魔物と思われる個体が出現!」


 皇国軍本陣に悲鳴にも似た伝令の声が響き渡る。それを憮然とした表情で聞いているのはラルゴ元帥だ。伝令の声が無くとも、あの巨体は遠く本陣からも簡単に視認できる。

 

「あまり不吉な事を口にするものではないな…」

「? 閣下、何かおっしゃいましたか?」

「いや、戦いが終わった後にでも教訓にしたいと思っただけだ」


 魔物軍に対する勝率は良くて五割。上級の魔物が複数体現れたら更に勝機は遠のくだろうとは、ラルゴ元帥自らが開戦前に語った言葉だ。

 今更ながらに予言めいてきた過去の発言を反省しながら、この戦いは危ういかもしれんと部下には言えぬ言葉をのみ込んだ。


「上級の魔物に対して近接戦闘は避けよ! 中長距離から弓と魔法で攻撃しつつ敵の弱点を探し出すのだ! 遠距離攻撃の手段を持たぬ者は引き続き下級中級を相手をせよ!」

「はあぁ――――っ!」


 命令を下しながらも元帥は思わずにはいられない。開戦当初、確かにあの上級の魔物はいなかった。戦は情報戦であり、敵戦力の分析は開戦前からも入念に行われていたからだ。

 それでもあれはいきなり発生したわけではあるまい。洗練された動きではないものの、一応軍勢として機能していた事から、人間の指導者、それも適合者が混ざっていたと今更ながらに推測出来る。

 軍勢が二つに分断され、軍としての機能を果たせなくなったために、魔物の身に変化したのであろう。

 敵ながら用意周到な事だ。そして何よりもそれは、上級の魔物がまだ潜んでいる可能性すら秘めているのだ。


 最悪の可能性を見出して思わず頭を振るラルゴ元帥。儂はいつから悲観論者になったのだと自嘲の笑みを浮かべると、直ぐに戦場に目を向ける。敵に奥の手があろうとも、我らに全く希望が無いわけでは無い。僅かな希望にすがるために今をしのぐしか無いのだ。


「魔法兵前進! 魔法攻撃放てぇ――っ!!」

「投石機準備! 弓兵前列は一旦下がって弓を補充せよ! 替わって後列前進! 放てぇ――っ!!」


 本陣からの命令が素早く行き渡り、直ちに上級の魔物への一斉攻撃が開始された。幸い魔物の動きは鈍く、皇国軍との間には多くの下級中級の魔物を挟んでいるため、直接の被害は出ていない。

 皇国軍は今のうちと言わんばかりに魔法と弓による集中砲火を浴びせかけた。

 凄まじい爆音の響く中、上級の魔物の黒い巨体が揺れる。


「前回の奴は光属性の攻撃しか効かんかったが、こいつらはどうかな?」

「閣下、見たところ光および火属性も効果があるようです」

「そいつは重畳。光と火属性の魔法を使える者で部隊編成を急がせい!」

「はぁーっ!」


 光魔法の使い手が希少である以上、火属性が通用するとの情報はありがたい。しかし未だ多くの下級中級の魔物が残っている現状では、全ての兵力を上級の魔物にぶつけることも出来ず、戦の流れは完全に魔物側有利の展開となった。

 

 そして状況はさらに悪化する。


「報告! 上級の魔物に動きあり! どちらの個体も頭部が急速に肥大化を始めました!」

「わかっておる! こちらからも見えとるからな、あれは碌なものでは無いぞ! 一旦、上級の魔物への攻撃を中止! 下級中級に注意を払いながら上級の魔物から距離を取れ!」


 我ながら無茶な命令だ。ラルゴ元帥は戦場を、そこで異様な動きをする上級の魔物を睨みながら独りごちる。

 依然として数の多い下級中級と切り結びながら、上級相手に距離を取るなど、もはや陣形も何もあったものではない。

 指揮官としての勘は、しきりに退却を促しているが、ここが破られれば後が無い以上、現状の被害を軽減する策を取るしか方法が無い。そして次の瞬間―――。


「か、閣下! 魔物の頭部がぁ―――っ!!」

「なに!?」


 副官の悲鳴にも似た叫びの直後、異様な程に肥大化した魔物の頭部が破裂した!!


 それは爆発するでもなく、何らかの衝撃波を放つでもなく、ただ不気味な音を立てて()()し、弾け飛んだ。


 黒い肉片と言うべき塊が、かなりの広範囲にわたって落下し、それの直撃を受けた何人かの兵士が倒れこむ。さらに落下した黒い塊はもぞもぞと形を変えていき、そのまま人型の姿になった。

 ふらふらとぎこちなく立つその姿は、本体の上級の魔物を模した縮小再生産と言った感じである。小型と言っても本体と比べたらの話で、普通に成人男性と同じ背丈だ。さらに小さくはあるが不気味さは本体に引けを取らず、そこに内包された戦闘力はまだ分からない。


 第一軍において奮戦を続けていたバーンズ将軍と、ギルバートの前にも何体かの小型の魔物が出現し、部下達に動揺が広がっていた。


「うわああああぁぁ―――っ!!」


 恐慌に駆られた一人の騎士が、黒い小型の魔物に斬りかかる。


「馬鹿者! むやみに突っ込むな!」


 バーンズ将軍が制止するも、その騎士はそのまま魔物に向かい剣を振りおろす―――。


 ザシュ、軽い切断音と共に()()の首が落ちた。


「―――! お前達、黒い化け物から距離を取れ!」


 魔物ではなく、剣を振るった騎士の首が落ちると言う衝撃的な光景に、周囲の兵達に戦慄が走る。一見するとおぼつかない足取りの魔物だが、自らの腕を硬質化すると、信じられない速さでそれを振るい、目の前の騎士の首を切断したのだ。


「くっ、ギルバート! 二人がかりだ!」 

「了解!」


 この数時間の戦いで互いに実力を認め合い、最も多くの魔物を屠ってきた皇国軍最強のツーマンセルが、猛然と小型の魔物に襲いかかる。


「はああぁ―――っ!」


 バーンズ将軍の上段からの鋭い斬撃! ガツッ! しかし、魔物の硬質化した腕に阻まれ、魔物の身体には届かない。


「まだだあぁ―!」


 間髪置かずにバーンズ将軍の後背からギルバートが躍り出て、横薙ぎに剣を振るう。


 ズバァッ! ギルバートの剣は魔物の胴体を深々と切り裂くと、見事に上下に両断し、その身体は黒い霧のように霧散して消えていった。


「…俺の剣を受け止めやがった」


 憮然とした表情で、魔物の消えた辺りを注視するバーンズ将軍。初撃を止められた事に対する驚きは、決して小さくはない。速攻を得意とする彼の初撃をしのぐ事が出来る者はそう多くないのだ。


「不死身では無い。剣も通じる。しかし、これは…」


 止めを刺したギルバートも動揺を隠せない。今のは2人がかりでたまたま止めを自分が刺しただけ、一対一で負けるとは思わないが、苦戦する事は確実に分かる。


 今この魔物は()()解き放たれた!?


 戦慄を込めて戦場を見渡すと、視界に入るだけでも数十体の魔物が確認できた。こいつを一体葬るのに、どれだけの兵が犠牲になる? バーンズ将軍の優秀な指揮官としての頭脳が、残酷な数字を脳裏に浮かべ、負け戦の言葉をかろうじてのみ込んだ。そしてさらにその時―――。


「将軍、上級の魔物が!」 


 小型の分身体をばら撒いた上級の魔物。それまで目立った動きのなかった本体が、ゆっくりと動き始めた。3階建ての建物に匹敵する巨体が、ゆっくりとその手を振りかぶる。


「いかん! みんな逃げろ!」


 ドゴオオォォンッ!!!

 上級の魔物が勢いよく手を振り下ろし地面を砕いた! 敵も味方もあったものでは無い。数人の兵と下級の魔物が巻き込まれ、その凄まじい衝撃と余波に小隊規模の兵が千切れ飛ばされる。

 それを遠く本陣から見ていたラルゴ元帥が慌てて命令を下す。


「全軍、後方の砦まで撤退! 負傷者を砦内に収容して治療させよ! しんがりは本陣が務める! 一兵でも多く味方を助けよ!」


 戦線を維持するのもここが限界か。総崩れの味方を見ながら、ラルゴ元帥自身も剣を抜刀する。


 文字通り、ここが最後の砦だ。この砦が落ちれば皇国は、世界は終わる。無駄なあがきかもしれんが、出来る限りの時間をかせいで、皇都に兵を落ちのびさせるとしよう。

 そう言えば砦内には、聖女二人の身代わりとして、何人かの少女達が連れて来られていた筈。負傷者の治療に当たっている話だったが、あそこもどうなっている事だろう。

 野戦病院、ましてや負け戦のそれは地獄のようなものだ。聖女不在を隠すための苦肉の策ではあったが、ずいぶんとかわいそうな事になったものだ。


 このラルゴ元帥の懸念の通り、砦内部の救護区画は凄惨な状況であった。しかし、事態はここで急展開を迎える事になる。

時間がかかった割にまたもやメインキャラ不在。えせ戦記もので終始してしまい、ぐうの音も出ませんです。はい。

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