その後のメアリ①
セントラル皇国のとある有名ホテル。
貴族を中心に、富裕層も多く利用する皇都でも指折りの高級ホテルだ。
その有名ホテルに、ディアナ王国の上級貴族であるラピス公爵夫人が、スイートルーム全室を貸り切って滞在している。
ディアナ王国は、その名が示す通り宝石の産出国として有名で、豊富な資金力を有している。そのお金持ち大国の大貴族が利用するとあって、ホテルの重役とスタッフは、その対応のために奔走する事になった。
しかもラピス公爵夫人は、大貴族の令夫人であるだけでなく、新たな聖女、クリスティーナ・ファナ・ラピスの生母でもある。
万が一にでも粗相があってはならぬと、気を揉んだホテルの支配人が、夫人の滞在中、ずっと胃薬を手離せなかったのは、無理もない話であっただろう。
「ここまでの警備、ご苦労様でした」
ホテルの前、横付けした馬車から降りた私とユフィは、護衛の百人隊長に労いの声を掛ける。
「労いなどとんでもない、我らはお役目ですので。 お二人は、しばらくこちらに滞在されるのですか?」
「ええ、学院も長期の休みの最中ですし、母の滞在中はこちらで過ごす予定です」
この世界にも夏休みのような定番イベントがあったようで、その間、私はお母様とこちらで過ごすことになった。ディアナ王国に里帰りと言う選択肢もあったが、馬車での移動に片道一週間以上かかるとあって、貴重な休みの大半を移動に費やすことになってしまう。わざわざお母様がこのタイミングで来て下さったのもこの為だ。ちなみに来られなかったお父様は最後まで悔しがっていたらしい。
「それでは、我らはこれで失礼いたしますが、ご用の際はご連絡ください。皇女殿下と名誉将軍の御為、直ぐに駆けつけます!」
勢いよく敬礼する百人隊長。その任務遂行への熱意たるや大したものである。
「その事なのですが……、もう少し、護衛の規模を押えられないものでしょうか?」
学院の女子寮から、このホテルに移動する僅か数キロの道中、私とユフィの二人の護衛に充てられたのは、皇国軍の騎士と歩兵からなる3個小隊、なんと約百人の大部隊だった。 普通に引くよ!
「はっはっは、ご冗談を。今や救国の聖女と名高い、お二人の警護にございます。小隊どころか、中隊規模でも不足なくらいですよ」
「私も殿下も、自分の身ぐらい守れますのに…」
私はもちろん、ユフィも身体強化魔法が使えるのだ。治安の良い皇都を移動するのに、不足があるわけがない。
「もちろん、クリスティーナ様のお強さは、承知しております」
「では?」
「魔物や、悪漢の類いなら、問題はないのでしょう。しかし、相手は聖女様見たさに押し寄せる民衆にございます。この馬車など、たちまちに立ち往生してしまう事でしょう」
「………」
学院に入学する時は、騎士数人の警護で皇都を訪れて、普通に街中を徒歩で散策出来たと言うのに。えらい変わりようである。
あの一件以来、皇都の聖女フィーバーは、衰える事を知らない。巷には私とユフィの絵姿が売られ、ラピス公爵家には、婚姻の打診が途切れる事が無いらしい。
私が何をした?
やむを得ず、当面の警備を容認した私とユフィは、護衛の者達と別れてホテルの中に入った。明らかに顔色の悪い支配人の挨拶の後で、部屋に案内される。
扉を開けて中に入ると、お母様と、ラピス公爵家の馴染みの使用人達が、笑顔で待ち構えていた。
「お母様、お待たせいたしました」
「いらっしゃい、待ちくたびれたわよ、クリス。それにユフィも」
「お招き、感謝いたします。公爵夫人」
このユフィの他人行儀な挨拶に、お母様がジト目でダメ出しをする。
「あ……お、お義母様…」
「いらっしゃい、ユフィ」
満面の笑みで応えるお母様。いくら公爵夫人とは言え、皇女殿下を愛称で呼び、自身の事をお義母様と呼ばせている事に、疑問に思う使用人達は多いと思う。
しかし、我が公爵家の使用人に限っては、主の意向が第一。そんな細かい事を気にする者はいない。
いや、一人だけいた。
公爵家侍女のお仕着せを着たメアリが、動揺して辺りを見回している。
「久しぶりですね、メアリ。環境には慣れましたか?」
私に声をかけられたメアリは、我に返ると、慌てて挨拶を始めた。
「お久しぶりです。クリスティーナ様、ユーフェミア殿下。おかげでさまで、公爵家の皆様にとても良くしていただいています」
今までの気苦労からか、多少の疲れは見えるものの、メアリの表情は明るい。
なぜ彼女がここにいるのかには理由がある。あの後、魔物襲撃に関わった者としての正式な処分が言い渡されたのだ。
処分の内容は学院の退学と皇都からの追放。
聖女二人による減刑嘆願のおかげで、破格と言って良いほどの軽い処分となった。しかし、元々が孤児の彼女は、身寄りなどあるわけもなく、皇都以外に行くあてがない。
そこで、お母様にお願いして、ラピス公爵家で侍女として、働いてもらう事になったと言うわけである。お母様の皇都滞在が終わった後は、家臣団に加わって公爵領に入り、私の学院卒業後は、マチルダと共に私の専属になる事が決定している。
早速、お茶の用意が出来ると、お母様は、お気に入りのユフィを隣に座らせて、楽しく談笑を始めた。
内密な話もあるとの事で、人払いがされ、部屋には、私とユフィとお母様。マチルダとメアリが給仕をしてくれている。
慣れない手つきで、茶器を扱うメアリは、とても初々しく。それを横目で見ながら、お母様が満足気に口を開いた。
「おかげで良い拾い物をしたわ。物覚えも良いし、器量良しで、性格も申し分なし。これなら、あなたの側妻にしても十分ね」
「――――はい?」
お母様の話の中に、とても不穏な言葉があった気がした。いや多分、気のせいだろう。
「側妻のことよ。 そ ば め」
聞かない事にして、スルーしようとした私の考えは、呆気なく阻まれた。
「お、おおお、お母様っ!? いきなり、何を!?」
このとんでもない爆弾発言に、気が動転した私は思わず立ち上がる。カタカタと、不自然な音を出しているのは、ユフィのティーカップだ。カップと皿が当たっているし、本人の顔色も悪い。
「ゆっ、ユフィ! 落ち着いて! これは、お母様の冗談だから!」
「冗談であるものですか、あなたも公爵家の跡取りとして、自覚を持ちなさい」
「お父様だって、お母様一筋じゃないですか!」
自他共に認める愛妻家のお父様に、側妻がいた話など、ついぞ聞いた事がない。
「表立っていないだけで、あの人の女性の専属は、皆そういう扱いです」
「うそですぅ―――――っ!!」
ぴしゃりと言い放つお母様に、私は猛抗議する。あのお父様に限って、お母様以外の女性など有り得ないのだ。
するとお母様は、少しもじもじしながら目線を逸らすと。
「……まあ、結局、あの人のお手付きになった専属は、いないのだけど」
いやん、みたいな顔をしながら、事実を修正するお母様。結局のろけではないか!
お母様は、わざとらしく咳払いをすると、したり顔でこうのたまう。
「あなたも貴族なら、そういう事も覚悟しなさい」
「い や!」
いつも素直ないい子ちゃんだと思ったら、大間違いなんだから! 珍しく反抗的な私に、変わらずマイペースなお母様。そんな緊張感のまるで無い親子喧嘩に待ったをかけたのは、ユフィだった。
「クリスもお義母様もいい加減にしてください! それよりもメアリさんにどう説明するんですか!?」
「「あっ…」」
振り向くと、何とも形容しがたい表情で途方に暮れているメアリがそこにいた。
長くなりそうなので、分割します。
執筆ペースが遅い分にはご容赦を。