大会初日の朝
中天に太陽が輝きを増し皇都に朝が来る。
この世界に日の出日の入りは無く、太陽は支柱神の上に静かに座したまま、夕にその光を消し、朝に輝きを取り戻す。不可思議で当たり前なこの世界の日常だ。
あっという間に魔闘技大会当日の朝が来た。
年に一度の大きなイベントのため、皇都は数日前から出店が立ち並び、お祭りムード一色になっている。
出場する選手はもちろん、貴族や平民の区別無く皇都中の住民が浮き足立ち、誰が優勝するのか、注目選手は誰だとの話題も尽きることが無い。
実は私も密かに注目を集めているらしい。女性の出場選手は、騎士科の生徒でも珍しいのに、淑女科からの唯一の出場。しかも見た目がこれだから分からんでもない。男だけどね。
ただ、魔力量が多いだけの貴族令嬢とのことで、本命視はされていないそうだ。
会期は3日間で、初日の今日は予選が行われる事になっていた。
「きゃあああぁぁ―――っ!!」
女子寮の私の部屋でプリシラの悲鳴が響き渡る。
「カッコいいですわ! 麗しいですわ! 最高ですわぁ―――っ!!」
出場選手として女性用の騎士服に身を包んだ私を見て、プリシラが興奮気味にまくし立てる。
「もうっ、興奮し過ぎですよプリシラ、あなたが出場するわけではないのですから」
私は軽くプリシラを嗜めながらも、まんざらではない思いで自分の格好を見直す。
女性用のものとは言え、訓練着以外でズボンを着るのは久しぶりだし、髪の毛はポニーテールにまとめられて、とても動き易い。なんと言っても、カッコいいと言われて嬉しくない男の子はいない。
「……尊い」
腐女子オーラ全開でユフィが呟いた。私の騎士服姿で変なスイッチが入っているようだ。
学院内では相変わらず完璧な聖女様を演じているが、女子寮でこの3人でいる時は普通に素でいるようになってしまった。
二人とも最高レベルの美少女なのに、その言動で残念な事になってしまっている。まあ見ているのが私やマチルダだから問題は無いのだけど…。
我に返ったユフィが、こほんと咳払いをすると神妙な顔で口を開いた。
「クリス。くれぐれも私の言ったことを忘れないでね」
「目的を達成したら速やかに棄権すること。でしょ? 分かっていますよ。私だって悪目立ちしたくありませんから」
さすがの私もそこまで目立とうとは思わない。目的を達成したら、速やかに棄権して気楽にお祭り騒ぎを楽しむつもりだ。
「さあ、そろそろ会場に向かいましょう。マチルダ、適当なところでランチの準備をお願いね」
「お任せください。昼食の準備から試合後のスキンケアまで、万事整えておきます」
「………ほどほどでお願い」
私が男の子的な事をしでかす度にマチルダは暴走気味になる。彼女が考えているアフターケアを牽制しつつ、私達は大会の会場に向かった。
魔闘技大会の会場には、皇都で最大の闘技場が使用される。円形すり鉢状の巨大な建物で、正規軍の練兵式や、様々な式典にも使われるのだとか、まさしくコロシアムと言った風貌だ。この巨大な外周を一周するだけで一体どれだけの時間がかかるのか? とにかくとんでもない規模の建造物だ。
「クリス姉様、あの人だかりは何でしょう?」
プリシラの指差す方を見ると、女性徒が数十人ほど集まっている。どうやら出場選手の受付会場のようだ。しかし女生徒達は明らかに出場選手ではなさそうで、そこだけ明らかに浮いている。あれって淑女科の生徒達?
私は、集団のリーダーとおぼしき女性徒(セントラル皇国の貴族令嬢で、たしかダールトン伯爵令嬢)に声をかけた。
「皆さん、どうなさったのですか?」
私の姿を認めた途端、彼女達は驚いた顔で固まってしまった。次の瞬間―――
「「「きゃあああぁぁ―――っ!!」」」
女性徒達がそろって悲鳴を上げた。何で?
ダールトン伯爵令嬢が興奮しながら口を開くと―――
「すっ、素晴らしいですわクリスティーナ様、何て凛々しいのでしょう! それでいて変わらず美しいだなんて! 正しく学院の至宝! 私達も応援に来た甲斐がありましたわ!」
「応援?」
意外な言葉にどう反応していいのか分からない。こちらの困惑をよそに伯爵令嬢はなおも続けて。
「当たり前です。淑女科唯一の出場であるばかりか、ミラー王子にお灸を据えるための出場でございましょう?」
「え? 何でここでミラー王子の名前が?」
お灸もなにも、私はミラー王子に含むところは一切無い。大した接触も関りも無いままに卒業出来れば、それで良いとすら思っている。
「お隠しにならなくても結構です。先日の一件でミラー王子の暴挙に憤慨されたクリスティーナ様が、公衆の面前で彼を裁こうと言うのでしょう。ええっ、分かっていますとも!」
とりあえず、彼女との意思疎通が困難な事は分かった。
と言う事はミラー王子もこの大会に参加している?
「あの、誤解のないように言っておきますが、私はミラー王子をどうこうと言う気持ちはありませんよ」
「クリスティーナ様が、あくまでそうおっしゃるのは分かっていました。多くを語らなくても結構です。ただこれだけは言わせて下さい。先日は皇国の民をお救い下さりありがとうございました」
「メアリさんの事ですか、それこそ当たり前の事をしただけです」
もともと私に身分云々の意識は低い。目の前で困っている人がいれば自然に体は動くだろう。
しかし、ダールトン伯爵令嬢は軽く首を振る。
「あなた様や皇女殿下が助けて下さった事が大事なのです。学院内は平等だなどと言っても形ばかり。今回のミラー王子の件に関しても、自分は王族であり、男であるとの無用なプライドから端を発していると思われてなりません」
ダールトン伯爵令嬢が目配せすると、令嬢達の中からメアリが進み出て来た。
「メアリさん!」
「クリスティーナ様、ユーフェミア皇女殿下、プリシラ王女殿下、先日はありがとうございました」
「もう大丈夫なのですか?」
「はい。おかげさまで」
少し顔を赤らめて、遠慮がちにお礼を口にするメアリを微笑ましく見ながらも、私は彼女の顔色が気になった。
「メアリさん、まだ少し顔色が悪いように見えますけど、本当に大丈夫ですか?」
「すみません少し寝不足なんです。私、クリスティーナ様が出られる大会が本当に楽しみで」
寝不足と言われれば、そう見えなくもないけど。
「大丈夫よ。いざとなったらまたクリスが医務室に運んでくれるわ。お姫様みたいに」
「ひゃうっ!? わわわ、私、本当に大丈夫です!」
ユフィが冗談混じりに口にした言葉にメアリが過剰反応した。前回のお姫様抱っこを想像したのか、顔が真っ赤である。
ふと見ると、淑女科の他のご令嬢達も顔を赤らめてもじもじし始めた。プリシラにいたってはおねだりモード全開で見つめてくる。
ダールトン伯爵令嬢が、薄く染まった頬のまま恥ずかしげに口を開く。
「クリスティーナ様は不思議な方ですわね。普段は守って差し上げたくなるような儚げな美少女でいらっしゃるのに、あの魔法実習の時の落ち着いた対処を見ていますと、まるで殿方に守られているような心地がいたしました」
「いっ、いえそんな! 私あの時は夢中で…。皆さん無事でよかったですわ!」
妙な所で男だとバレるのは困るんです! 私はおほほと笑ってごまかした。
お姫様抱っこも控えた方がいいのかな?
「私、そろそろ受付を済ませて来ますね」
これ以上ボロが出ると良くないので、私は早々に会場入りすることにした。
「そうでございました。クリスティーナ様、ご武運をお祈りいたします」
「クリス姉様、頑張って下さい!」
「クリス、くれぐれもほどほどにね」
皆が口々に激励してくれる。私はそれに笑顔で応えて、改めてメアリに向き直る。
「メアリさん、観客席も暑くなるでしょうから、充分気をつけて下さいね」
「ありがとうございます。クリスティーナ様も頑張って下さい」
メアリの応援に軽く微笑み返しながら、私は会場入りした。
何とか今週も投稿できました。来週も遅れないよう頑張ります。