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異能VS物理

 夕日が差し込む部屋のベッドの上で俺はきなこに乗っかられていた。


「ユウト様?学校の方に行かなくて良かったのかな?」

「学校よりも大事な事を見つけちまったんだ」


 俺はそのまま三度寝に移ろうとするが、きなこは俺の上から降りない。金色の瞳はじっと見つめて。


「……しかったんです」

「え?」


 掠れるような小さな声で呟くが俺の耳には最後の方しか聞こえずに聞き返すと。


「寂しかったんです、僕。ずっとユウト様から離れ離れになって心細かったです。ユウト様のお傍にずっと居たいのにそれが出来なくて悔しいんです」

「それはごめんな。でもこればっかりは仕方ないんだ。始まりの神が数多の世界をぶっ壊そうと動いているんだ……それを止めなくちゃ」


 きなこを連れて行けば確実にエンド様は発狂するし、現状で数多の世界の滅亡の危機というものが迫っている以上はどうしてもそちらを優先するしかなかった。

 

「そんなことどうでも良いじゃないか!世界が終わっても、何もかもが壊れても、僕のユウト様なら居場所を作ってくれる!数え切れない程の世界が滅ぼうと僕にはどうでも良い!ユウト様だけ居ればいいんだ!終焉のエンドかなんか知らないけれど、何もかも全部捨てて僕の傍に居てよ!また何時間も居なくなるなんて嫌だ!」

「待て……きなこ。その身体は――」


 ムクムクと膨れ上がる身体は虎のような姿ではなく、体毛が抜けて四肢は細く伸びあがり、首が細くなり頭が大きくなる。歪ながらも人型のきなこは悲鳴にも近い甲高い声で、


「僕ならユウト様を満足させられる!僕ならユウト様の優秀な血を継いだ最高の仔を産んであげられる!僕ならユウト様に大変な思いなんてさせない!ねぇ、見てよ!僕を見てよ!ユウト様!ユウト様に捧げる為だけに僕が作ったこの身体を!」


 甲高い耳障りな声は徐々に女性特有の高い声に変わり、体毛が抜けた素肌は白く、伸びた手足も人間と全く変わらなかった。しかし挑発的な金色の瞳の瞳孔は縦に割れ、片方の髪だけ肩に伸びる流した黒髪の毛から猫耳が生えていた。そして俺の手に絡みつくように伸びた尻尾は黒くフサフサとしている。

 どうやらきなこは人化をしたようだった。

 目からは完全に狂気が宿り、俺の瞳を覗きこんでいる。そして尻尾で俺の股間をまさぐり、その瞬間にきなこは喜色満面で俺に抱き着く。もちろん全裸で。


「嬉しい!嬉しい!嬉しいよ!僕はユウト様を欲情させた!僕の新しい身体を、猫の時では決して満たせない欲求を僕は満たしてあげられる!ねぇ、しようよ!どんなことでも僕は受け入れるから……ねぇ、聞いてる?」


 スレンダーな身体にボーイッシュな顔立ち。猫特有のザラりとした舌が俺の首筋を舐めて、熱い吐息がおねだりをしている。


 やっべぇなぁ……気付いてないのかな、きなこ。それとも気付いていて既成事実を作ろうと目論んでるのかな?どっちにしろ、これって修羅場じゃね?


 俺の視線はきなこの背後、ベランダに立つ天野天利と部屋のドアの向こう側で聞き耳を立てている母に気付いて血の気が引いている。

 そんな俺にきなこは蕩けた笑顔のまま。


「ねぇ?どうしたの?ほら、僕を抱いていいんだよ?だって僕はユウト様だけのモノ――」

「――どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ベランダに立っていた天野天利は雄叫びを上げて部屋に突入してきた。

 割れるガラス、きなこの細める目と僅かな舌打ち、そして母の息を飲む声。地獄の三重奏の中で天野天利の正拳突きがきなこの頭部目掛けて放たれる。


「――ッ!危ないなぁ……せっかく良い所だったの――チッ!」


 危なげなく避けるきなこはそのまま飛び上がり天井に四肢を乗せる。余裕を持って挑発の言葉は言い終える間もなく、天野天利の左手に持っていた太い針のような物が天井を穿つ。

 舌打ちをしながらもそれを避けて、攻撃に転じようとした瞬間――


「押し潰れろ……ッ!」


――身長程の大きさの黒い盾が手に持ちそのままきなこに突撃する。


「ぎゃ……ッ!」


 短い悲鳴と共に盾と壁の間に挟まれて、俺の部屋の壁をぶち抜いて外に飛び出る。そして追撃するように天野天利は盾を槍に変えて投げるがきなこは受け止めて。


「へぇ……そういう力の使い方を覚えたんだ。奴隷に癖にやるね。でもそれならこっちも――ふっ!」

「ぐぎゃ……くそがぁ!!」


 人間になったばかりであるきなこは、普通の人間以上に肉体を使いこなしていた。天野天利が反応出来ない速度で真横に飛び鋭い蹴りで大きく吹っ飛ばす。

 そして中山さんの屋根の上で瓦を盛大に吹き飛ばしながら着地する所をきなこは睨みながら。


「待っていて下さいね……僕のユウト様。あの女に躾けをしてきますから」


 ふっ、と力を抜いてこちらに向けて笑みを浮かべるきなこは、天野天利では反応できない速度で距離を詰めて。


「格下は格下らしく指を咥えて見てなよ!奴隷!」

「黙れ黙れ黙れ……ッ!畜生如きが私の主様に……触れるなぁぁぁぁぁぁ!!」


 殴る寸前で天野天利は全身に黒い棘を生やし、それが四方に向けて大きく伸ばす。不意の攻撃もきなこは棘を素手で粉砕しながら距離を取り。


「死んでくれないかなぁぁぁ!!いい加減にさぁ……ッ!」

「それは私の台詞だ!」


 不定形の様々な形作る黒い影ときなこの拳がぶつかり、鋭い金属音が住宅街に響く。


「きなこは肉弾特化の力の使い方で、天野天利は異能に目覚めてるっぽいな」


 俺はその容赦無用の残虐ファイトを観戦しながら。血が噴き出て骨が砕ける地獄の様相を見て見ぬふりして。


「どっちも殺せないから……俺は早くエンド様の機嫌取らなくちゃなぁ……」


 眷属同士のマウント合戦も激しさを増すのを他人事のように目を瞑り、この世界の救済と言う大仕事に向けて怒号を子守唄に眠るのであった。


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