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夢の中の夢をメアと共に

 そこはいつもの部屋ではなく、まるで何も書かれていないスケッチブックの中のような果てしない真っ白な空間にメアを抱いて目が覚めた。


「おとーさん。ここは何処なの?」

「どこだろうね。お父さんにも分からないや」


 メアを抱きあげて真っ白な空間の中を見渡す。

 境界線の見えない白紙の世界に俺とメアだけが存在し、淀みのない清浄な空気の中でしばらく二人で周囲を眺める。


 ここは……夢の中の夢か?メアを抱いて寝たからメアもこの世界に来てしまったのか……そうなるとエンド様のいる夢の中で目が覚めるまでずっと傍に居なくては。


「メア。ずっと父さんの傍を離れずにくっ付いていよう。どうやらここは虚無の中で眠る僕の夢の世界みたいだ」

「うん。ずっと離れない。おとーさんの夢の中の夢の世界?そうなるとここにもなにかがいるのかな?」

「どうだろうな……もし居ても平和的に関係を持ちたいな」


 いつ目が覚めてもいいように、メアをしっかり抱いて歩きだす。

 メアは言いつけ通りに俺の首に腕を回して寄り掛かる。未知の空間に居るという不安は感じられずに周囲に目を凝らして気配を探っているようだった。


「なにもいないね」

「そうみたいだね。この調子なら無事に何事もなくお母さんに会えるよ」

「おかーさんは別に会えなくてもいいや。それよりもおとーさんと一緒が良い」


 産まれたばかりで母親が恋しいと思って口に出すが、メアは全く気に掛けていないようだった。


 エンド様は子煩悩なのに、メアの淡泊っぷりが悲しいなぁ……。それもエンド様に原因があるから言いづらい……。


 エンド様の破滅願望は最終的には成長した我が子に終焉を与えられることであり、メアからして見れば本能では理解しているが許容し難いのだろう。俺自身も、エンド様の究極的な破滅についてはどうかと思っている。


「お母さんも別に自分の為だけに愛してる訳ではないから、そんな悲しい事は聞くとお父さんも辛いなぁ……」

「それじゃあ、メアがおかーさんを滅ぼした方が良いと思うの?」

「………………………それは間違ってると思う」

「なら、メアはおかーさんに会わない方が良いと思う。おとーさんとずっと一緒に居た方がきっとおとーさんもおかーさんも幸せだよ」

「そうだね……そこら辺はお母さんとも一緒に考えよう」


 エンド様をフォローしているつもりが、産まれて数時間のメアに論破されて少しだけ父親としての威厳を失って悲しくなった。

 そのまま少しだけ気落ちして真っ白な空間を歩いていると――


「なにかがいるね」

「そうだな。この気配は……エンド様程ではないけど……強い」


――微かな気配を感じて俺は気を引き締めると同時にそれは目の前に現れた。


「あなた達は何処からこの場所へ……それにその力……」


 白銀の長髪、翡翠の瞳、乳白色の肌に白い翼。歳は十五、六程の天使のような見た目の少女が全裸に黄金の鎖に雁字搦めにされて床に転がっていた。

 目を見開き、信じられぬ者を見たとばかりな口を開いてこちらを見上げている。


「メア。何かするなら事前にお父さんに報告しないさい。こんな不意打ちのような真似をして敵対行動と取られたら大変だぞ」

「でもおとーさんとメアなら、コレなんて一瞬で滅ぼせるよ……?」

「メア」

「……はい。ごめんなさいおとーさん」


 素直に謝るメアはギュッと俺の首に抱き着き天使を見下ろしている。僅かにしょげた顔でチラチラと俺の顔色を窺っているので頭を撫でてやり。


「次から気を付けような。距離という概念を壊すのはこういう異空間だけにしなさい。俺の住む世界でそれをやると大惨事になっちゃうからね」

「うん」


 天使がなぜ目の前に突然現れたのか、それの答えは簡単だ。メアが俺達と天使の間にある距離と言う概念を壊したからである。何光年もあるか分からない天使との距離をなかったことにして目の前に出現させる。全てを文字通りに滅ぼせる終焉の力は概念すらも壊せるのだ。


 これ……地球でやったら、地球が粉々になってるよなぁ……。メアもいずれは虚無から外に出してやりたいと思ってたが、もう少し教育してから連れ出さなければ。


 見た目は五歳児の少女であるが、中身は始まりの対となる終わりの神のエンド様すらも超える超越者である。こんな可愛くて悪意もない俺の子は文字通り世界最強だ。

 そんなメアも父親である俺に撫でられるのは嬉しいのか目を細めて。


「大好き……大好きだよ……おとーさん」

「俺も愛しているぞ、メア」

「……んっ」


 ほっぺに優しくキスするメア。幸福感に包まれなれながら、事情も知らぬ天使を見て。


「ここは何処なんだ?それに君は誰かな?」

「私はアーペメナント。かつて信奉していた始まりの神の眷属だ。お前たちは終わりの神の――ひぃぅ……ッ!」

「お前って……おとーさんをそう呼んじゃダメだよ?」


 悪い事をした子供を叱るように、メアの殺意の重圧に全身を嘗め尽くされてアーペメナントは震えながら頷く。

 並みの存在ならそれだけで死ぬ殺意を向けられても平気なアーペメナントを見てからメアを見て。


「殺気をそんな簡単に人に向けちゃいけません。これじゃあ、アーペメナントが怯えて会話にならないし、他人に不快な思いをさせちゃいけません」

「でもメアはパパをお前呼ばわりして不快に思ったよ?」


 先に仕掛けてきたのは向こうだよ?と首を傾げるメアに俺はアーペメナントの方に視線を向けさせて。


「ここまで怯えさせるのはやり過ぎだよ。ちょっと撫でる位がちょうどいいんだ」

「ひぃあぁぁ……」

「このくらい?」

「うーん。そこら辺で良いかなぁ……格の違いを教えられるだけで良いんだ」


 本当ならそんなことを教えたくないが、メアの力を抑え過ぎても相手になめられてロクな結末にはならないので最低限の脅しの基本を教える。

 力を持つ以上はそれなりの振る舞いは必要であると俺は考えている。


 エンド様の帝王学は力で全てを屈服させろ!だろうし、メアにはその力を持つに相応しい振る舞いってやつを教えてあげたいけど……俺はただの庶民だしなぁ……。


 世界を滅ぼす者として心構えなんて知る訳ないので、メアと共に学んでいければ良いと思い天使に向けて。


「それで始まりの神様の眷属であるあなたはどうしてここに封印されているのですか?」

「始まりの神であるあの方は変わってしまわれたのだ……」


 単刀直入に理由を聞けば怯えながらもしっかりとした口調で話し始める。


「あの方は……芽吹いた無限に続く数々の世界の中で腐り堕ちた世界の間引きを行っていた。それは本来ならば終わりの神であるエンド……様の役割であるはずであるのに、世界の神共が虚無に封印をしたせいで、本来の役割に加えて世界の剪定まで行い……その過程で目覚めてしまったのだ……」

「何に目覚めた……?」


 凄く嫌な予感がする。本来ならばバランスを取る為に対となる存在が居るのに、それが欠けてしまったらバランスは大きく崩れる。文字通り始まりと終わりのバランスが崩れれば――


「破壊する喜びに目覚めてしまった。自らが産んで育てたその手で世界を壊し、創造物たちの悲鳴と絶望に暗い欲望を抱くようになってしまわれたのだ……」


――この世は滅ぶ事になるだろう。


 アーペメナントは嗚咽を洩らし、そして涙を流しながら続ける。


「今では世界同士を融合させ混沌とする世界を眺め、世界同士の生存権を賭けた争いを催し、もはや慈しみに満ちた全ての母である、あのお方はもう居なくなってしまった。それでも何度も止めようとしたが、その結果がこの永遠の空間に囚われて……」


 そこで頭をガックリと落とし、語り終えてすすり泣く声が聞こえる。

 俺とメアは互いに顔を合わせて。


「おとーさん。それって……世界が滅ぶの?」

「いや……無限にある世界だから滅びはしないんじゃないかな?それでも始まりの神が狂ってしまったことには変わらないけど……あのエンド様を連れてくれば解決しますか?」

「ふはっ……今更もう遅い。狂われてしまった以上はもう何もかもが手遅れだ。可能性があるとすれば……新たなる始まりの神が世界の恒常性を保てば……」


 自暴自棄になって笑うアーペメナントさんをメアは見て。


「つまり……始まりの神様に次世代の始まり神となる子供を産んでもらえばいいんだよね?おとーさんがおかーさんと愛し合って作ったみたいに」

「えっ?なに?つまりまさか……」


 その言葉に呆然とするアーペメナントさんにメアはピースサインを向けて。


「新しい終わりの神様にはメアがなるから、始まりの神に赤ちゃん産んで貰えれば解決だね」

「そ、それはそうであるが……そんな簡単なことではないぞ……?何しろ今の始まりの神なら自らの子すら玩具としか思わないだろう」

「なら大丈夫だね!それじゃあ、おとーさん頑張って!」

「……え?」


 メアの無茶振りを理解して俺は固まる。つまり俺は始まりの神様と一発やって子供を作れと言ってるのだろう。困惑する俺とアーペメナントに関係なく満面の笑みで。


「おとーさんの子が世界を支配するなんて楽しみだなぁ……」

「ちょっと話し合おうか……メア」


 解決した気になっているメアに一言言おうとした瞬間――


「起きちゃったね……おとーさん」

「うん。そうだな」


――エンド様の居る世界で目が覚めた。


「な゛ん゛でい゛な゛ぐな゛る゛の゛だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!じん゛ばい゛じだんだぞぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!メアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「うぉ!エンド様?!ちょっ……顔面崩壊してますよ!」

「おかーさん……うるさい」


 現れた瞬間にエンド様が俺たちを抱きしめる。絶対に離さないという強烈な意思を叩きつけられながら、涙でぐしゃぐしゃになって性格も別人みたいになったエンド様は嫌がるメアに何度も頬擦りしながら泣いている。


「も゛ぅ゛ぜっだぃ゛ぃ゛ばな゛ざな゛いぃ゛ぃ゛ぃ゛……」

「おとーさん。コレなんとかして……」

「お母さんをこれ扱いはダメだぞ?きっととても俺たちを心配してたんだろう。ちゃんと受け入れてあげないと」


 産後鬱なのかマタニティブルーが遅れてやってきたのか、情緒不安定なエンド様を必死にあやしながら、どっちが娘か分からない気持ちになる。

 娘に抱き着きお腹にグリグリと当てているエンド様はとても終わりの神とは思えないお姿である。俺はその貴重な姿を拝みながら――


「あっ……そろそろ起きそう」

「わ゛れ゛ら゛を゛ぉ゛ぃ゛でぃ゛ぐな゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


――最後にもうグチャグチャに涙と鼻水で顔をしかめて突っ込んでくるエンド様と呆れた顔のメアの二人の姿を目に焼き付けて目が覚めるのであった。


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