78.選定
・前回のあらすじです。
『ユノがセレンへの疑いを強める』
ホールの中心でユノは問いかけた。
長い階段が彼と妖精のそばに控えている。先は暗がりに消えている。
「セレンさんは……ボクに隠していることがありますよね」
セレンの尖った耳がピクリと動いた。
ほそい面がユノから逸れる。
「さあ、どうで――」
オリハルコンの刃がセレンの首に当たった。
緑の双眸が横に滑る。
剣の柄を握るユノを見る。
「あの半魔の娘が死んだことを、まだ怒っているのですか」
ユノはセレンを見据えた。
「かもね、でもその矛先をセレンさんに向けるのはお門ちがいだって、今は思うよ」
「では、これは一体?」
選定の剣をセレンは指差した。
「話してほしいんです、セレンさんの考えてること。でもフツウに訊いたんじゃはぐらかすでしょ。さっきそうしようとしたみたいに」
「知ったところであなたのやることは変わらないと思いますが――いいでしょう」
億劫そうにセレンは嘆息した。
――ユノは剣を下げる。
「私は妖精の長であるわけですが」
セレンは広い段差に腰かけた。
コツンと彼女のクツに石くれが当たる。
青いカベかけ松明の灯を浴びて、石膏めいた凹凸が不気味な陰影を作っていた。
「ちょっと前までは半魔――つまり、魔族の形質を残した人間も庇護していました」
「今は?」
「取り引きがありましてね。五百年ほど前です。その時には我々アールヴも人間界との交流が盛んでして」
「……思い出話?」
「ユノさま、私たちって美しいでしょう?」
「今度は自慢?……セレンさんのことは、そりゃキレイとは思いますけど。他のアールヴもそうなんですか?」
「ええ。だから同胞はよく連れていかれました」
「どこに」
「商人の所に。その後の行き先は妓楼や見世物小屋といったところでしょうか」
ユノは沈黙した。
「旧王との取り引きは、その当時とらわれていた妖精の解放を目的としたものでした。が、そうすると今度は人間側に『被害』がおよぶということで。無条件では応じられないと」
セレンは微笑んだ。
「そういうことで、私は王に魔族を譲渡したのです。王もそれで手を打ちました。なので現在かれらは私の庇護下にはありません。干渉をする義務もなければ、法律上『できない』という状態でもあります」
「……それで」
ユノは先をうながした。
「ただ、私にも良心はあります。あなたたちの言葉を借りれば『義憤』を覚えるていどには。帰ってきた同胞の姿を見たときには、特に」
「同族だけが大事なんですね」
「ええ」
セレンの肌が、幽鬼のように揺れる炎を青く照り返していた。
「ユノさま。魔王がいなくなれば、人間には平穏が訪れます」
黒い眉毛をユノは震わせた。
「ですがそれは束の間です。人間は滅びます、ゆっくりと。彼らが神とあがめる金の竜によって。それが司る、善なるちからに圧し潰されるようにして」
ぼう。
と妖精の影が揺らめいた。
彼女は立ち上がる。
ユノを見つめる。
「そして妖精の時代が来るのです」