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手立て

次の日の朝、日が昇ろうとしている時間に、十六夜は維心の対を訪ねた。

もちろん維月はまだ寝ているだろうが、維心は絶対に目を覚ましているはずだ。神が夜明けと共に目を覚ますのは、己の気を補充するための生理現象のようなものなので、維心のように大量の気を補充する必要のある神は生存本能のようなもので、嫌でも目が覚めるようになっているのだと十六夜も、最近知った。

もちろん、遅くまで起きていたり、疲れ切っていたら別なのだが、維心に限っては間違いなく起きているはずだった。

「維心、起きてるだろ?ちょっと出て来い。話があるんだっての。」

しばらく沈黙。

十六夜が、もう一度言おうかと口を開こうとすると、維心が寝巻の上に袿を羽織っただけの状態で、思い切り不機嫌な様子で出て来た。

「…なんぞ。まだ目が覚めたばかりであったし維月は寝ておるわ。己が睡眠が必要でないからと、我ら肉の身を持つ者も同じだと思うでないわ。」

十六夜は、維心が不機嫌なのは想定の内だったので、気にせず言った。

「ちょっとまずいかと思って来たんだ。夕べ、炎嘉と話したんだが。」

維心は、途端にぐっと眉根を寄せたが、それでも傍の椅子へと進むと、そこへと座って、言った。

「…話を聞こうぞ。」

十六夜は、頷いて急いで維心の前の椅子へと座った。

「お前、昨日さっさと誰か娶れとかなんとか捨て台詞で言っただろうが。あれから、炎嘉はしばらく悩んでいたんだが、誰でもいいから娶って宮に置いて、それの子だってことで炎月を告示するって。お前と維月と、炎月のために。」

維心は、眉を寄せたまま答えた。

「ま、それが一番良いであろうな。我とてそれで、案じることも無くなるゆえ良いわ。どうせ飾りの妃であろうし、放って置けば良いのよ。」

十六夜は、その反応に顔をしかめた。

「やっぱりそんな考え方か。だが、炎嘉の気持ちも考えてみろ。あいつ、今生はお前みたいに一人だけ、愛してる妃だけを傍に置いて生きて行くんだって決めてただろう。だから最初はそう言ってたんだが、考え込んだと思ったら顔つきが変わって…そんなことを言い出したんだ。」

維心は、頷いた。

「主とて考えてもみよ。神世の婚姻などそんなものばかりぞ。軍神達など己に勝手に忍んで来られて仕方なく娶らねばならなくなったり、結構理不尽なのだぞ。我らは王で、娶らねばならぬようになっても、気に入らねば通わず放って置くことが可能なのだ。生きて行く場所さえ与えておけばな。女だって(したた)かであって、そうやって男を利用しようとしておるのだから、お互いそれで成り立っておるのよ。ただ、我が絶対に斬ってでも傍に置かぬと決めておるから、これで済んでおるだけで。」

十六夜は、しかし反論した。

「だがな、炎嘉は違うだろうが。前世だって誰も愛してなかったと言ってたが、全部通ってきちんと妃として扱ってやってたんだ。あいつのそういう優しいところが良いところだって維月だって言ってたのに、今のあいつはまるでお前。っていうかお前以下。だってお前は最初からそんな妃を置くこともしねぇし、そんな生殺しみたいなことをしてねぇけど、あいつは最初から捨て置くつもりで宮に入れるってんだぞ?たった一人だけ。愛してるとか以前に、神としての扱いすらしようとしてねぇんだから。まるで狂っちまったみたいだ。お前は、自分さえ良ければ良いわけじゃねぇだろうが。炎嘉がそんな風に変わっちまってもいいのかよ。一緒に生きてくれって頼んで、維月にあいつの子どもを産ませたのはあいつをあんな目に合わせるためだったってのか?いくらなんでも、酷いんじゃねぇか?お前、もし前世将維が出来た後に維月がこっちへ帰って来てて、ヤバいってなったら炎嘉と同じことしたのか?そうなったら、維月は二度と来ねぇのが分かってるのに?」

維心は、ぐっと黙った。確かに維月は、他の妃が居る宮に、わざわざ自分の夫を差し置いて出向いたりしないだろう。今後、炎嘉が妃をいくら飾りに置いているだけだと言っても、維月は行かない。あくまでも、維心と炎嘉の取り決めで、しかも炎嘉に妃が居ないからこそ甘んじて年に二回でも出向いていたのだ。

つまり、前世十六夜が龍の宮に維月を残してくれなくて、連れて帰っていたなら、将維は今の炎月と同じ立場だった。維心は、維月との間の子だと隠さねばならず、今のようなことになったら、維心も誰かをダミーとして娶る選択をせねばならなくなっただろう。そうしたら、維月は二度と自分の所へ来ることが無いとわかっているにも関わらず…維月と、将維を守るために、そうせざるを得なくなるのだ。

「そのような…確かに、主の言う通りではあるが…。だが、それならばどうせよと申すのだ。炎嘉が責任を果たそうとしておるのに、我が何某か言えると思うか。」

十六夜は、呆れたように維心を見た。

「それはお前が考えろ。ってか、お前、ずっと傍で支えてくれた友達が、お前自身でも出来ねぇようなことをしてまでお前に迷惑かけずに維月を守ろうとしてるってのに、見て見ぬふりするってのかよ。お前はそんな薄情な奴なのか。いくら維月が大事だからって、そりゃねぇぞ。維月だってそんなお前を想い続けるなんて、まさか思ってるんじゃねぇだろうな?」

維心は、言葉に詰まった。十六夜の言うことは、いちいち的を射ていてぐうの音も出なかった。友が自分たちのために苦しい道へ己を殺して進もうとしているのに、それを高みの見物しようというのかと言うのだ。

確かに維月は、そんな自分を失望した目で見るだろう。

維心は、立ち上がると突然に袿を脱いだ。十六夜が、びっくりして言った。

「え?!オレいくらお前でも男は無理だけど!」

維心は、チラと十六夜を蔑むように見ながら、側の厨子から自分で着物を引っ張り出して、自分で袖を通しながら言った。

「何を言うておるのだ、そんなはずはなかろうが。ここは侍女は呼ばねば来ぬから、自分で着替える方が早いゆえに。炎嘉はどこぞ。」

十六夜は、心底ホッとした顔をして、答えた。

「ああ、今の状態じゃ鳥の宮からの奴らには炎月を任せられねぇからって、維織と燐が来るまではってオレの部屋に居る。」

維心は、自分でサッと帯を締めると、言った。

「…参る。主は維月が起きたら我が炎嘉に話に参ったと申しておいてくれ。」

つまり、ここで維月が起きるのを待ってろと言っているのだ。十六夜は、頷いた。

「仕方ねぇな。わかったよ。じゃ、炎嘉のことは頼んだぞ。」

維心は、十六夜の言葉に頷いて、そうしてそこを出て行った。


炎嘉は、維織と燐に遣いをやって炎月の面倒を見て欲しいと頼んだ。二人はすぐにやって来て、事情は分からぬままに黙って炎月を連れて出て行ってくれた。

しばらくはこれで良いとして、次は乳母、並びに侍女達の精査だった。

千歳が自分に好意的なのは知っていた。だが、それは気立てが良くて、子供が好きだからこそだと勝手に思い込んでいた。

言われてみれば、まるで炎月の母のように振る舞う時もあった。それでも炎月のためを思って教育しようとしているからだと、思うようにしていた。しかしそれは、ただの思い込みにすぎなかったのだ。

炎嘉がさっさと済ませようと部屋を出て行こうとすると、維心が入って来た。

炎嘉は、昨日の今日で顔を合わせたくなかったが、維心にしたらどうするつもりなのか聞きたいことだろう。

なので、言った。

「何ぞ?主が言うように飾りの妃を娶ってそれの子として炎月を告示するわ。さすれば変に邪推されることもあるまい。案じる事などないわ。」

だが、維心は頷かず、言った。

「…そのようなことをしたら、維月はもう主とは会わぬと言うようになろう。あれは、飾りの妃というものを認めぬから。女をそのように扱うことを許さぬし、主に妃が居るのに外からわざわざ主に会いになど行かぬ。それでも良いのか。」

炎嘉は、ブルブルと唇を震わせた。分かっている。維月は自分がこうして独り身で、維月だけを想っているのを不憫に思うからこそああして共に居てくれる。だが、誰か妃が居たなら、そちらへ通うのが筋だと決して受け入れてはくれないだろう。

分かっていたが、炎嘉にはそれ以外に、方法など思い付かなかったのだ。

「…ならばどうすれば良いと申すのだ!」炎嘉は、維心に怒鳴るように言った。「このままではあの信用出来ない侍女達のこと、維月を貶めるために神世に何を言いふらすか分からぬ!我が他の誰かの子だと公言してしまえば、誰も言えぬようになるわ!それしか、我にはやりようがないのよ!主が言うように我はしくじった…信じてはならぬものを信じようとしておったのだ!」

維心は、黙って聞いていたが、フッと息を付くと、言った。

「座れ。とにかく話そうぞ。此度のこと、我が主に生きてもらう代わりに約した事だった。生かして主を苦しめるためではない。何か方法はあるはず。とにかく、一度落ち着くのだ。」

炎嘉は、維心の言葉に驚いた顔をした。さっさと処分して妃を娶って、維月には近付くなと言うものだと思っていたのだ。

呆然としながらも、言われるままに椅子へと腰かけた炎嘉に、維心は言った。

「難しい問題ぞ。我だって最初は主が言うた通りにしてくれたら面倒がなくて良いと思うたが、十六夜が申した…我が、前世維月と将維を成した後、もしこうなっていたらどうしたのだと。恐らく今の主と同じ事をしようとしただろうが、後は苦しんだであろう…維月を愛しておるのに、飾りの妃のせいで会えぬようになるのだ。しかし維月を守るためにはそれを続けるよりない。そんな理不尽な事があろうか、との。」

十六夜が…。

炎嘉は、つくづく月は慈愛の象徴なのだと思った。十六夜は常に、相手の立場に立って考える。維月が誰より十六夜に何もかも話すのは、そんな十六夜を信頼しているからなのだ。維心が常に、十六夜には勝てぬというのも道理だった。

そんな考え方は、神には出来ないからだ。

維心は続けた。

「と申して我にもどうしたら良いのか見当も付かぬのよ。これから侍女達の精査をするのか?」

炎嘉は、頷いた。

「そのつもりよ。乳母は元より千歳も、父王の元に帰すつもりでおる。」

維心は、眉を寄せた。

「…それでは千歳とか申す女、恐らく維月のことを吹聴して回ろうな。父王とて面白うないゆえ、恐らく会合などで皆に言うて回ろうぞ。それでは維月を守ることにはならぬ。」と、ふーんと考え込んだ。「…確かあやつの父は、一斎(いっさい)であったか?」

炎嘉は、頷いた。

「その通りよ。支援せねば回らぬ宮ぞ。侍女として仕えることで幾らか支出しておった。」

維心は、考えたまま言った。

「ならば一斎にしたら、支援が増えたら文句など言えぬ訳よな。侍女より妃の方が支援は多い。ならば主、あれに嫁ぎ先の斡旋を。なるべくこちらと関係のない…西の島のどこかにやればどうか?西なら何を言うてあっても、こちらまで波及せぬわ。今度の会合で、あちらの誰かに縁付けるのだ。主なら命じたら相手は否とは言えぬ。一斎は感謝こそすれ、主に不利な事などそれで言えぬようになろう。」

炎嘉は、ポンと手を叩いた。

「そうか西。しかし翠明は綾という非の打ち所のない妃が居るし、力があるゆえ断ろう。公明は幼い。甲斐はそもそも妃と子を守ろうと失脚しておるのだから受けるはずもないし、安芸は恐妻家ぞ。定佳…そうか、定佳なら独身よ。断る口実もない。あやつに命じたら良いのだ。」

維心は、確か定佳は男好きだとか聞いたような気がするが、別にどうせ飾りの妃なのだから、一人ぐらい居ても良いか、と頷いた。

「そうよな。そうせよ。元凶を追い出したら少しはましになるのではないか。皆、己も遠くへやられるかもしれない、と口をつぐもうしな。さっさと厄介払いしてしもうたら良い。殺すよりいくらかマシよ。」

炎嘉は、頷いて、潤んだ目で維心を見上げた。

「維心…すまぬ。主にしたら、放って置いた方が気も楽になろうに。」

維心は、フンと不貞腐れたような顔をして言った。

「十六夜に前世のことを持ち出されるとの。確かに我も、あれが寛大であるからこそ維月を傍に置くことが出来たのだ。今でもそうよ。主は我の友であるし、見過ごせなんだ。」

「維心…。」

維心は、自分の中でも葛藤があったので、目を伏せてこちらを見ない。

炎嘉は、お互いに膝に肘をついて身を乗り出した状態だったのだが、そんな維心に唇を合わせた。

「!!」

維心は、途端に飛び上がって数メートル後ろへと移動した。急いで口元を袖でこすりながら、必死に抗議した。

「主な!一度しておって敷居が下がっておるのかしれぬがやめよ!二千年何もなく来たのに、ここで主とそのような仲になるつもりはないわ!」

炎嘉は、声を立てて笑った。

「不機嫌な顔をしておるからよ。良いではないか、知らぬ仲ではないのだし。お互いに維月と接しておって、お互いを介して維月を感じておると思えば案外にいけるぞ?」

維心は、ブンブンと首を振った。

「ダメだと申すに!主、維月と接したいのが高じておかしくなったのではないか?!とにかく、我は無理だからの!」

維心は、そう言うとさっさとそこを出て逃げて行った。

炎嘉は一気にこわばっていた気持ちがほぐれて、表情を引き締めると、炎月の部屋へと歩いて行ったのだった。

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