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嫉妬

宮から離れた所で、維心は立ち止った。そうして、後ろをついてきている炎嘉と十六夜を振り返った。炎嘉は黙っていたが、十六夜が言った。

「…ここへ来るまで、結界内を見てた。蒼が嘉韻から何か報告を受けてたな。で?お前は何を知ったんだよ。」

維心は、十六夜に頷いてから、炎嘉を見た。

「炎嘉、主は前世の鳥の宮のことを覚えておるか。」

炎嘉は、何を今さら、と思ったが、突っかかっても時を取るばかりなので、答えた。

「まあある程度は。主と違って我は、転生してから鳥の宮に戻ったわけではないので、完全にではないがの。」

維心は、真面目な顔で頷く。

「それでも、王として君臨していた内容はどれぐらい覚えておる。」

炎嘉は、ため息をつきながら答えた。

「ほとんど覚えておると思うぞ?それが、いったい主が言いたいことと何の関係があるのだ。」

維心は、炎嘉を軽く睨んだ。

「主の管理能力を疑っておるからぞ。主には、前世21人の妃が居ったが、主はそれを宮に置いて大きな面倒も無くやっておった。我には考えられぬことぞ。もめ事が起きそうになった時、その中心になりそうな妃を二人、斬り殺したことは我も覚えておるわ。それまでは23人妃が居ったよの。」

炎嘉は、憮然として維心をにらみ返した。

「前世のことは良いわ。それぐらいせぬと宮が乱れるからの。あれだけの数が居れば、諍いも日常茶飯事であったが、それが面倒で大きくなって参ったから、見せしめにな。我の政務の邪魔をし始めたらさすがの我も容赦はせぬ。今生は我には維月以外は居らぬし、この間も申したが侍女にだって手を出しておらぬ。そんな面倒とは無縁ぞ。」

維心は、フンと鼻を鳴らした。

「なんと申しても維月は我が妃であるし、主には妃が一人も居らぬことになっておる。ところで、であるが。」と、チラと十六夜を見てから、また炎嘉を見た。「主、前世あれだけの妃が居ったのは皆あちらから寄って来たか、妃の父王が主の支援を得たいからであったよな。今生、そうして変わらぬ主であるが、どうなのだ。その姿で独身となれば、そういう話は多いのではないのか。」

炎嘉は、長い溜息をついた。それがどうしたというのだ。

「…確かに、話は多い。皆断っておるわ。主と同じよ。」

維心は、首を振った。

「同じではない。我は女嫌いで通っておったし、今でも維月以外の女には視線も向けぬ。口も開かぬ。袖に触れたら斬り殺す勢いで女を遠ざけておるゆえ、婚姻の話など全く来ぬ。主はどうよ?」

炎嘉は、恨めし気に維心を見た。

「あのなあ、主は極端なのだ。そんなことをしておったら相手が心に傷を負ってしまおうが。我は話しぐらいはするが、しかし必要なことだけぞ。今生はそういう仲には絶対にならぬで来たというだけよ。」

維心は、目を細めてあきれたように言った。

「その中途半端がならぬのよ。我は一切の面倒を避けるため、相手に少しの希望もないのだと思い知らせるために己が思ってもおらぬことは口にせぬし目にも映さぬ。手を付けぬなど当然として、その他もその気が無いのなら控えるべきなのだ。それこそ、主が言う極端なほどにの。」

炎嘉は、維心が何を言いたいのか分からず、焦れてイライラと言った。

「だから主は何が言いたいのだ。それと今ここに連れ出されておるのと、何の関係があるのよ。」

維心は、少し炎嘉を見つめていたが、十六夜に視線を移した。

「主なら分かるよの。維月はここで、少なからず嫌な思いをしておるのではないのか。口には出さぬでも、主らは元々気の変動に敏感ぞ。不穏な気配を感じておるのではないのか?」

炎嘉は、驚いて十六夜を見る。十六夜は渋々ながら答えた。

「ああ。オレ達にはそうでもないが、維月には何やら嫌な気の波動を感じるな。維月も気取ってて自分の生き方が間違ってるんだから仕方ないとかついさっきオレと話してたところなんでぇ。乳母もそうだ。あれじゃあ維月も気が重いんじゃないかって、炎嘉にちょっと控えめにしてくれないかってオレから言ったところだよ。陰の月の性格なら気にしねぇだろうけど、今はやっと維月自身を取り戻したところだからつらいだろうと思ってさ。あいつはだから、維心に会いたかったんじゃねぇか?維心はそういうこと分かってて自分を守ってくれてるのを知ってるからよ。だから維心を見て、めちゃ嬉しそうにしたんだと思うぞ。」

炎嘉は、知らなかったことに一瞬詰まった。が、すぐに言った。

「そんなに深刻なことになっておるとは思わなかった。乳母か?ならば別の乳母を選別するゆえ!あれは乳母の任を解こうぞ。維月は何も言わぬから、我もまさかそのようなことがとは思うても居らなんだ。炎月はもう乳も要らぬし、侍女の中で…近くの小さな宮の品の良い皇女を一人混ぜておるから、それを乳母に。」

維心は、炎嘉を睨んだ。

「乳母ばかりではないわ。よう選別して次の任の乳母も選んだほうが良い。今ここで決めてしまわぬほうが良いぞ。」

炎嘉は、維心に指摘されて焦っていた。このままでは、維月を守ることも出来ない神だと維心も今よりずっと、自分と維月が会うのを渋るだろう。

「我との婚姻をという話が来たほどの品のある女ぞ。もちろん我は断ったが、父王は支援が必要で困るようであったので、侍女として宮へ召すなら良いと申して…だが、王族なのでそれなりの躾をされておるし、ならば炎月の侍女ならと。あれも子が好きだからと嬉々として受けてくれたのだ。炎月も懐いておるし、あれが乳母なら問題あるまい。」

十六夜は、じーっと怪訝な顔をしながら炎嘉を見た。

「マジで大丈夫なのかよ。お前と結婚したかった女だろ?」

炎嘉は、首を振った。

「あくまでも支援目的の父王からの申し出であって、本人が我にどうの無いのだ。我がこちらへ来る度に乳母の伊予と共にいつなり炎月の傍に居って、伊予もよう世話をしてくれると申しておったぐらいぞ。」

維心は、宮の方へと踵を返した。

「何を申しても我は気取りもしておらなんだ主を、もう信用できぬ。維月にそんな思いをさせるために、炎月を産ませるのを許したわけではない。前世あれだけ見事に後宮を収めておったのではないのか。今生妃が居らぬからと気を緩めておったとしか思えぬわ。何にせよ、十六夜にも蒼から説明があろうから、よう十六夜と話し合って決めるが良いぞ。改善せぬのならあれらがここに居る間は、維月がここへ帰るなら我が見張るようにする。さすればあれも心安く居られるであろうしな。」

炎嘉は、維心の背に言った。

「待たぬか!主は何を捕らえたのだ。結界外で何を見て参った。」

維心は、足を進めていたが、止まって振り返った。

「いずれ蒼が十六夜に話すであろうが…そうよな。女が一人来ておったわ。鳥ではない。だが、結界内から炎月の世話をしておるらしい女が出て来て、その女と話しておったのよ。内容が不穏であったゆえ、維月が嫌な思いをしておるであろうなと気取ったのだ。結界から出て来た女は主が来たので戻った。外へ来ておった女は我が捕らえて警備兵に引き渡した。今頃嘉韻が尋問しておるのではないか?」

十六夜が、割り込んだ。

「嘉韻は時間がかかりそうだからって蒼に宮の地下牢に移していいかと尋ねに来てた。さっきここへ来る前の話だ。蒼がそれで中へ入れていいか見に今、関の房に行ってるところだな。だから尋問はまだじゃねぇか。」

「我も行く。」炎嘉が、言った。「もしや知っておる女神やもしれぬし、我が直接に尋問を。不穏な事とは、いったい何ぞ?」

維心は、息をついて炎嘉の方を見た。

「維月を妬むようなことよ。結界外から来た女は、どうやら結界内の女の下の立場であるようだった。結界内の女は、主に入れあげておるような言い方であったわ。」

炎嘉は、フンと面倒そうに吐き捨てるように言った。

「侍女如きがそのような。我はそのような心持はない。」

維心は、炎嘉を睨みつけて語気を荒げた。

「だから絶対に無いのなら甘い顔をしておったらならぬのだ!下手な希望を持たせるから己の立場もわきまえずに維月を貶めるような女になるのではないか。あるはずがないと思えば、そのような希望は持たぬし妬むことも無いであろうが!主は相手と接することで、相手に要らぬ希望を与えてしもうておるのだ!本当に独り身、もしくは維月だけを貫くと申すなら、我ぐらい極端であるのが良いのだぞ!」と、息をついてまた宮の方を向いて背を向けた。「…ま、主にそれが無理だと申すなら、前世通りに妃を複数娶れば良い。さすれば我のように女を斬り殺したりせずで済むぞ?」

そうして、一人宮の方へと歩いて行った。

炎嘉はフルフルと握った拳を震わせていたが、キッと十六夜を見た。

「して?女はどうした。蒼はまだ関の房に居るのか。」

十六夜は、維心と炎嘉の攻防を聞いていたのか居なかったのか、じっと何かに耳を澄ませるような顔をしてたが、ハッと炎嘉を見た。

「…いや、もう宮の方へ移動させてる。だが…ちょっと聞いていいか?」

炎嘉は、自分も維心を追って宮の方へと足を向けて、歩き出しながら言った。

「何ぞ?」

もう、これ以上批判の言葉を聞きたくないといった感じだ。

十六夜は、炎嘉を追って行きながら言った。

「お前次の乳母に据えるの、品のいい女って言ったよな?」

炎嘉は、先を行く維心の背を見ながらも、頷いた。

「ああ、そうだ。王族であるからな。最初からあれにしておけば良かったのだ。今の女が子を産んだばかりと申すし、軍神の一人の妻であったしあれなら良いかと思うて決めたのだが。」

十六夜は、慎重にうなずいた。

「そいつの名前、聞いてもいいか。」

炎嘉は、うるさそうにしながらもさっさと懸念材料は消したいと思っているのか、宮へと半分浮いて急ぎながら答えた。

「千歳ぞ。」

すると、前をさっさと振り返りもせずに歩いていた、維心が振り返った。

「なんと申した?」

維心が立ち止ったので、炎嘉も十六夜もすぐに追いついた。炎嘉は、眉を寄せた。

「…主は女の名など覚えてはいまいが。知らぬ女であろう。」

「つい先刻まではな。」と、炎嘉をそれは苦々し気に見た。「十六夜は聞いたのであろう。結界内から出て来て捕らえた女と話しておったのが、そやつよ。千歳と申しておったわ。」

炎嘉は、愕然とした顔をした。十六夜は、知っていたのか言いにくそうに言った。

「…もしかしてと思ってよ…蒼が、嘉韻からその名前を聞いてたから。嘉韻が維心に聞いたことを言ったんだろうと思って。オレだって炎月を世話してるから、周りの侍女ぐらい覚えてるし、その中で品のいいのっていやぁ、千歳だなあって思って。」

維心は、呆れたように浮き上がった。

「もう良い、主はそやつを娶ってやれば良いわ。維月を妬んでおるのに気づきもせずにそやつを乳母になどと言いおって。維月には重々申す!」

「待て維心!」

炎嘉は言ったが、維心はもう飛び去ってそこには居なかった。

十六夜は、同情気味に炎嘉を見たが、それを追って、歩くのをやめて宮へと飛んで行った。

炎嘉は、ただ茫然と歩くしかできなかった。

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