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悟り

維月は、維心に連れられて一年ぶりとなる龍の宮へと帰って行った。

入れ替わりに、炎嘉が頻繁に来るようになった。月の宮では主に十六夜、碧黎、乳母、侍女達で育てていたが、鷲の宮の燐に嫁いでいた、維織もこの緊急事態に、子育てのために燐と共に戻って来た。

燐は王の焔の兄であり、西の島南西に嫁いでいる綾の息子だ。鷲の王族として育ってので、品もあり鳥の何某かも分かるので、ちょうどいいと蒼が連絡したら、月の宮ならとあっさり来てくれることになったのだ。

相変わらず美しい燐は、よく見ると紫翠にもよく似ていた。考えたら同じ綾の子なのだから似ているのも道理なのだが、それが結構蒼には衝撃だった。

いつも政務が終わってから来ていた炎嘉だったので、赤子の炎月は、炎嘉が到着した時にはいつも眠っていた。

無理に起こしてまでということも出来ないようで、そのまま炎月を眺めてしばらく過ごして、また鳥の宮へ帰る生活をしていた。

炎月は、顔付きもしっかりとして来て、自分に会いに来る神の顔は、それはじーっと良く見ていた。

燐の時も、鳥の宮から来た侍女や侍従の時もそれは真剣に見ていたが、そのうちに、がっかりしたような顔をするのだ。

もしかして、龍の宮へ帰ってしまった維月を待っているのか、それとも父親だと間違えた維心を待っているのかは分からないが、炎月が何かを探しているような様なのは、分かった。維月も時々に帰って来ては炎月と共に過ごすのだが、それでも炎月の、何かを探すような様はそのままだった。


そんな生活を続けて、数カ月が過ぎた。

炎嘉は何とか時を作り、その日はやっとのことで午後、早くから月の宮へと来ることが出来た。

その時、維織が炎月の世話をしながら、燐と共に庭を歩いているところだった。

「あれ、炎嘉。」十六夜が、自分の部屋へと入って来た炎嘉を見て驚いた顔をした。「なんだ早かったじゃねぇか。炎月は今、維織が庭で面倒見てるぞ。呼ぶか?」

炎嘉は、首を振った。

「いや、では我も庭へ。どの辺りに居る。」

十六夜は、空を見上げた。

「うーんと、今奥の滝からこっちへ戻るルートを歩き始めたところだな。」

十六夜は、月が使えるので何でも見える。

炎嘉は、頷いて座りもせずにすぐ、掃き出し窓から出てそちらへと飛んで行った。


上から見ると、確かに維織と燐が、炎月を連れてその道を宮の方角へと歩いているのが見える。

炎嘉は、久しぶりに起きている炎月を見て、急いでそちらへと降りて行った。

「燐、維織。」

炎嘉が、言いながらそこへと降り立つと、維織が頭を下げた。

「炎嘉様。まあ、本日はお早いお越しですこと。」

燐も、軽く会釈した。

「炎嘉殿。よう参られたの。炎月はこのように元気ぞ。」

炎嘉は、頷いた。

「主らに世話を任せてしもうてすまぬな。しかし、同族が見てくれておると思うと安心するものよ。」と、炎月を見た。「炎月。久しいの。覚えておるか。」

炎月は、炎嘉をじーっと見ていたがパッと明るい顔をすると、炎嘉を指さした。

「とり!」

炎嘉は、笑って言った。

「おおそうよ。よう分かるようになったのだの。」

炎月は、それは嬉しそうな顔をして、両手を出した。

「き、おなじぞ。ちちうえ…?」

少し、自信がなさげな感じだ。何しろ、父だと思ってそう呼んだ、維心には真っ向から否定されたのだ。

炎嘉は、驚いた。炎月が、意味のあることを言っている。もちろん、もうすぐ生まれて一年になるし、神で早ければ相当のことが理解出来るようになっているはずだった。

「分かるのか?炎月、我が父だと分かるのか?」

炎月は、間違いないのだと満面の笑みで差し出した両手をブンブンと振った。

「ちちうえ!」

炎嘉は、炎月を抱き取り、感慨深げに抱きしめた。

「そうよ!我が主の父よ。長く離れておったのに、よう分かったの。何と賢しいことか…良い子よ。」

炎月は、今度こそと炎嘉の首にしっかりと抱き着くと、嬉しそうに頬を摺り寄せた。

「ちちうえ!われは、ちちうえをまっておった。」

炎嘉が、驚いた顔をする。燐が、それに言った。

「おお、そうか。主が誰を見ても気を探っておったのは知っておったが、炎嘉殿を探しておったからだったのだの。」

炎月は、こっくりと頷いた。

「いつも、めがさめたらきがかんじられたのに、おらなんだ。」

炎嘉は、苦笑して炎月の頭を撫でた。

「すまぬな。父は忙しいゆえ、夕刻にならねば来れぬのだ。主はもう寝ておったし、起こすのもと思うて、いつも様子だけ見て、戻っておったのよ。」

炎月は、炎嘉の残った気を気取っていたのだ。それが確かに自分の父親の気なのだと、一生懸命探していたのだろう。

「ちちうえは、おいそがしい?」

炎嘉は、その自分そっくりの顔を見て、頷いた。

「王であるから。本当は主を我の宮へと思うたのに、あちらで育てるには主がまだ幼な過ぎると碧黎に反対されて、連れて参ることが出来ぬのだ。」

炎月は、寂し気な顔をした。

「おじいちゃまが、われはだいじだからというておった。」

碧黎もかわいがっていると言っていたのは、本当か。

炎嘉はそれを聞いて思ったが、頷いた。

「もちろん、我にとり主ほど大事な者は居らぬから、碧黎が言うも分かるのだ。早う大きゅうなって、もっとものが分かるようになれば、碧黎も主を連れて帰ることを許してくれようから。」

炎月は、自分の手を万歳するように、上へと上げた。

「ちちうえ、おっきくなろうとしたら、おっきくなれまする。ははうえのおなかのなかで、われはおっきくなりもうしたから。」

仰天した顔をした燐と炎嘉に、維織が苦笑して言った。

「ああ、月が混じっておるからですわ。我も母の中で、大きくなろうと思えばいくらでも。生まれてからも、他の神より成長は早うございました。何しろ、大人の型にと強く想えば、身が成長致しますの。そういう命ですから。」と、炎月を見た。「炎月は、我と半分同じですもの。分かりまするわ。」

炎嘉は、それはそれで心配になって、炎月を見つめた。無理をして体ばかりが大きくなっても、後々困るのではないかと思ったからだ。

「…炎月、しかし無理をするでないぞ?そういえば維月もその気になって一日で数年ほど大きく育ったことがあったと…気に掛かる。頭の中身が追いついておらぬのに、体ばかりが大きゅうなっても己がつらいだけぞ。そう急がずとも良い。我も、なるべく早う参るようにするゆえ。」

炎月は、その整った顔をしかめた。

「われは、ちちうえとともにいたい。ははうえも、ときどきにしかあえぬし…。」

維織が、少し同情したように炎月を見た。

「まあ…炎月…。」

維織には、その気持ちが分かった。自分も、母と離れて育ったのだ。父と祖母、祖父が側に居たからこそ、母が居らずとも耐えられた。炎月には、どちらも居ない…祖父が居るだけなのだ。

炎嘉も、炎月が哀れになって、愛おしそうにその頭を撫でた。

「すまぬの。普通に生まれたのではないから。まだ理解出来ぬやもしれぬが、主の母はここが里であるが、我の宮へは来ぬのだ。鳥の宮へ参っても、我は側に居るが、今度は母が滅多に会えぬようになろう。やはり、幼いうちは母に度々会えた方が良いから。ここに居れば、それが叶う。我も参るし、あとしばらく堪えておれ。」

炎月は、炎月なりに分かっているのか、じっと炎嘉の顔を見ていたが、言った。

「ははうえは、いしんさまのひだと、いしんさまがいうておられた。りゅうおうさま。ちちうえのとも。」

炎嘉は、びっくりして炎月をまじまじと見つめた。維心を知っている…我の友だと。

「主、なぜにそれを?」

「維心が言ったからだ。」いきなり、上から声がした。見上げると、十六夜の人型が浮いてこちらを見ていた。「こいつ、維心を父親だと半年ぐらい前に間違えたんだ。まだ誰の気がどうのってのが読めねぇ時期だったからさ。それを、親父は放って置けばそのうちに分かるから誤解したままでいいって言ったんだが、維心がそれではならぬとか言って、わざわざ気を細かく送って炎月に分からせた。自分は父親じゃない、父親の気を探れって。鳥で、自分の友だってさ。」

炎嘉は、そんなことがあったのかとただただ驚いた。確かに生まれて半年ぐらいなら、母親の気を読むことで精一杯で、それなら維心を父親だと間違えてもおかしくはないだろう。だが、維心はそれではならぬと思ったのだ…恐らく、炎嘉のために。

炎嘉はそう思って炎月を見た。炎月は、頷いた。

「いしんさまはちがうともうされた。ちちうえをしるほうほうをおしえてくださった。だから、われはずっとさがしておった。」

炎嘉は、胸が熱くなった。炎月は、維心に教えられて実の父を必死に探していたのだ。それなのに、自分は夜しかここへ来ることが出来ず、気ばかりを残して去っていたので、炎月は探し続けなければならなかったのだ。

「そうか。これからは、誠に早う来るようにするゆえな。毎日はさすがに無理やもしれぬが、必ず参る。主は体だけでなく、よう学んであちらへ来ることが出来るよう、努めるのだぞ。父も、時を作って教えるゆえな。」

炎月は、嬉しそうに笑うと、炎嘉の首に抱きついた。

「はい、ちちうえ。」

燐も維織も、そんな様子を見て、微笑み合っている。

炎嘉は、炎月が可愛くて仕方が無かった。自分を父と慕い、自分の側に来たいと言ってくれる。維月に似たところはこれっぽっちもないが、それでも維月との子には変わりなく、自分と全く同じ強い気を放ち、これほどに愛らしい。

十六夜は、宮の方へと向いた。

「じゃ、もう日が暮れるぞ?そろそろ戻ろうや。伊予が炎月を引き取りに来たから呼びに来たんでぇ。」

燐が、急いで言った。

「おお、もうそんな時間か。ここに居ると時が経つのが早いわ。我らの子は、もう大きゅうなっておってこんな時期は過ぎてしもうたゆえなあ。」

宮へと歩き出しながら、炎嘉は言った。

「そうか、そういえばそうであったの。主らの子は、確か100ぐらいになるのではないのか。壮健か?」

燐が、笑った。

「壮健過ぎて持て余しておるわ。気質がどうも、我より焔の方に似ておるようで、訓練場で立ち合いばかりをしておる。(らく)と申すのだ…見た目は我に似て、目は紫、髪は黒。焔もよう可愛がってくれておる。」

炎嘉は、頷く。ということは、もしかしたらその子が焔の跡を継ぐかもしれないのだ。何しろ、焔にはまだ妃が居らず、皇子が一人も居ない。

前世、後宮が大変な事になったことを、覚えているがゆえの、女嫌いのせいだった。

とはいえ、焔はまだ400歳にもならないぐらい、まだまだ若かったので、先では分からなかった。

「他の宮の子の成長は早いの。我も、炎月を早う宮へ連れて帰って皇子としての教育をしたいものと思うわ。」

そんな話をじっと聞いている炎月を抱いたまま、炎嘉は宮の方へと燐と維織と共に歩いて行ったのだった。


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