表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/198

帰還

「炎月~元気かあ~。」

十六夜が、維月に抱かれている炎月を見て言う。炎月は、振り返って十六夜を見ると、ニコと笑った。

「いざよい。」

と、十六夜に指を差して行った。維月は、微笑んで頷いた。

「そうよ、十六夜。何て賢いのかしら、炎月は。」

維月がスリスリとそのぷっくりとした頬に頬を摺り寄せると、炎月はくすぐったそうにキャッキャと笑った。

「炎月も維心並みに賢いってのが分かったところで、お前ももう帰らなきゃならねぇな。」

維月は、息をついて頷いた。

「そうね。お父様が炎嘉様の所へ行って様子を見ていらしたようなんだけど…あちらは、この子が育つには良くない状況だと判断なさったようで。10年こちらで育てるとおっしゃったようだけれど、炎嘉様は5年と。お父様は仕方なく5年で一度様子を見ると約したのだと申しておられたわ。なので、私もこちらへ里帰りの間隔を狭めて戻ることで、炎月とも頻繁に会えるから良いと思うておるの。」と、じっと話を聞いている、炎月の顔を見た。「炎月にとって、一番良い方法であればと思っておるから。炎嘉様にはご意向があられるでしょうけれど、跡目争いなどに巻き込まれてつらい思いをするのは本意ではないもの。」

分かっているのか居ないのか、炎月はただ、じっと維月の顔を見ている。十六夜が、その頭を撫でた。

「そうだなあ。賢いって言ったってこいつはまっさらで生まれてるんだからよぉ。これからどんどん学ぶんだろうが、そう言う場に立たせるのはもうちょっと学んでからにした方がいいってオレも思うよ。」

維月が頷こうとすると、十六夜と維月の部屋の戸が開いた。そうして、入って来たのは、維心だった。

「お。今日はちょい早いな、維心。政務が片付いたのか?」

維心は、頷いた。

「臣下がまだ何やらぐだぐだ言うておったがもう明日にしろと申して来たわ。」

維月が、頭を下げた。

「維心様。いらっしゃいませ。」

維心は、頷いて手を差し出そうとしたが、維月の腕に炎月が抱かれているのを見て、やめた。

「…そうか。まだこやつを世話しておる時間であったか。」

維月は、頷いた。

「はい。あとしばらくで乳母が見るので、お待ちくださいませ。」と、炎月を見た。「炎月、維心様がいらしたの。あなたはこうして対面するのは、生まれた時以来かしら。」

十六夜は、渋い顔をして頷く。

「こいつは政務が終わってから来るからいっつも夕方だったもんな。今日はちょっと早いからさ。」

炎月は、少し緊張気味な顔をしたが、維月を見て、また維心を見て、そして、口を開いた。

「…ちちうえ?」

維心が、驚いた顔をした。炎嘉は何度か顔を見に来ているのではなかったか。

維月が、慌てて言った。

「まあ違うの。このかたは龍王様よ。あなたの御父上は、いつもいらっしゃる鳥の王の、炎嘉様。いつも父上よって申しておるでしょう?」

しかし、炎月には難しいのか、首をかしげている。すると、また戸から、今度は碧黎が入って来て、言った。

「さあ、我の孫は機嫌良うしておるか。」

炎月は、赤子なりに難しい顔をしていたのだが、碧黎が入って来たのを見ると、喜んで両手を碧黎へと伸ばした。

「おじいーちゃ!」

碧黎は、笑って維月から炎月を抱きとった。

「おお炎月よ、爺を覚えておるの。よう言葉が出ておるようで何よりよ。」と、炎月を腕に、続けた。「何やら難しい顔をして。どうしたのだ、維心よ。」

維心は、維月と視線を交わしてから、言った。

「…そやつが、我に父上と申した。炎嘉は毎日ほどここへ参っておるのではないのか。」

碧黎は、首を振った。

「あやつは忙しいし週に一度ぐらいしか来ておらぬわ。まあそれが問題ではない。これぐらいの時は、主らが何を話しておるかなど語彙が少ないのに分からぬではないか。ほとんどが気を読んで理解しておるのだ。炎月にしてみれば、維月が絶対の母よ。母から生まれたのでその気は一番最初に覚えるゆえ、間違えることはない。だが、父の気はもう少し大きくならねば分からぬ。なので、母がその男が側に来る時に発する気を読むのだ。だから炎月は、維心を父だと思うたのだろう。」

つまり、維月は維心を夫として慕わしいと思っている気を発しているのだろう。

十六夜が、顔をしかめた。

「でもオレのことは十六夜って呼ぶんだけど。維月の気がその慕わしいってことじゃねぇってことか?」

碧黎は、苦笑した。

「主とは兄妹であるから、そっちが先に出るのだろうの。我だって父ではないか。だからこやつは、我を父とは呼ばぬだろう?」

維心は、複雑に思いながらも、炎嘉が心配になった。あれほどに欲しいと思った子で、自分の世継ぎにすると決めて心待ちにしておるものを。

「…ならば炎嘉にこれを申すでないぞ。それでなくともあれは、これについては思いつめておるようであるのに。」

碧黎は、炎月を揺すって笑わせながら、言った。

「案じずとも言葉をもっと覚えて参ったら炎嘉を父だと認識しよるわ。まだこれほどに赤子、本来母と乳母ぐらいしか知らぬ。これは賢しいゆえ、一年も経たぬ間に言葉を文章で話すようになろうぞ。」

炎月は、キャッキャと喜んでいる。碧黎は、それは炎月を可愛がっていたので、炎月もそれに応えるように碧黎に懐いていた。

元々碧黎は、小さな新しい命の世話をするのは嫌いではないらしく、維月と十六夜の時も、維織の時も、母である陽蘭よりよっぽどきめ細やかに世話をしてくれていた。

もちろん、龍の宮の維明と維斗、瑠維も碧黎に可愛がられたクチだった。

明蓮の事も、折々に訪ねては世話していたらしく、明蓮も碧黎には懐いていた。

そんなわけで、炎月もかわいがるのは道理だったのだ。

維心は、碧黎にあやされる炎月を複雑な表情で見ていたが、その様子に気付いた炎月が、炎嘉そっくりの顔で維心を見ると、スッと手を伸ばした。

炎月は、人見知りも無いし社交的な性格だ。それは、やはり炎嘉から継いでいる気質だと思えた。

維心がびっくりしていると、炎月はニコッと笑って、言った。

「ちちうえ。」

維心は、困った。だから我は父ではないというに。

だが、無邪気に手を伸ばしている赤子を、しかも親友の子を無視するのもためらわれた。

「そら、今はべつに父であろうとなかろうと良いではないか。今は父だと思うておっても、直に理解するわ。」

碧黎に言われ、維心はおずおずと炎月に手を伸ばして、抱き取った。

炎月は、それはそれは喜んで、維心の首に抱き着いた。維心は、それこそ仰天したが、炎月は父親だと思っているようで、べったりとくっついてキャッキャと言っている。恐らくは、父親に初めて会ったぐらいの気持ちで居るのだろう。

「まあ、炎月…。」

維月が、困ったように維心を見る。維心は、維月が気にするといけないと思い、維月に微笑して見せた。

「良い。これはまだ赤子なのだ。そのうちに言葉を理解して父親が誰なのか理解出来ようから。それより、主が我を慕わしいという心地で居るということが、我は嬉しいのであるからの。これが誤解しても仕方のないことよ。」

維心に、小さな炎嘉がくっつく姿は何やら面白かったが、十六夜が言った。

「維心はモテるからなあ。赤子なんかいちころだよ。なのにこいつが全然可愛がらねぇからさあ。それでも赤子はくっついてくんだよな。」

維心は、十六夜を軽く睨んだ。

「我だって我が子は可愛がっておったわ。我に触れることが出来る身分なら、こうして抱きもしようがあちこち赤子の世話ばかりしておられぬというに。」

碧黎は、笑った。

「赤子は敏感なのだ。維心のように真っ直ぐで正しい強い気を感じたら、それに守られて安心したいと思うもの。赤子の防御本能よな。それが父なら何よりではないか。ゆえに維心は赤子にモテるのだろうの。」

維心は、まだ自分にくっついている炎月を、複雑な顔で見た。

「…まあ、維月の子であるから。炎嘉は親友であるし、我とてこれを育てて補佐はして参るつもりでおるがの。だがしかし、炎嘉の気持ちを考えると、やはり父は炎嘉であると最初から申しておかねば。」と、炎月を離して、じっとその目を見た。「我は、主の父ではない。今は分からぬだろうが、主は我の妃と我の友の間に生まれた変則的な存在ぞ。主の父は、炎嘉。我は龍、主は鳥。考えよ、分かるはずぞ。我の気と主の気を探れば、分かる。気を探って父を探すのだ。間違えてはならぬ。」

炎月は、じっと維心を見つめていた。そうして、分かるはずはないと思っていたのに、炎月は、スッと真顔になると、言った。

「き…ちがう?」

維月と十六夜がびっくりしていると、維心も真顔で頷いた。

「そう。違うであろう?我らは親子ではないのだ。」

炎月は、少し、寂しそうな顔をした。維月が、炎月に手を差し出した。

「さあ…こちらへいらっしゃい。」

炎月は、黙って維月の腕へと移った。炎月なりに何かを察したのかと思うと、可哀そうな気もする。だが、それが真実なのだから仕方がない。

そこへ、鳥の乳母がやって来て、頭を下げた。

「維月様。炎月様のお世話に参りましてございます。」

維月は、頷いて炎月を見た。

「さあ炎月、乳母の伊予(いよ)が参ったわ。共に参りましょうね。」

少し気落ちした風だった炎月だったが、伊予の顔を見た途端、パッと驚いたような顔をすると、指を差して、言った。

「とり!」

伊予は、少し驚いた顔をしたが、言った。

「はい、炎月様。伊予は御父君から命じられてこちらへ来ておるので、鳥族の女でございますわ。ですから炎月様にお仕えしておるのですよ。」

分かっているのかいないのか、しかし分かっているのだろう。炎月は、伊予の腕へと移り、そうして、頭を下げる伊予と共に、そこを出て行った。

それを見送ってから、十六夜が小声で言った。

「…お前、どんな魔法使ったんでぇ。炎月はもしかして、理解出来てたのか?お前の言葉を?」

維心に言うのに、維心は首を振った。

「何を言うておるのだ。普段から、我には分からぬ言語が無いであろう?それと同じ方法よ。気を細かく己の意思になぞって分けて送るのだ。疲れるゆえ普段はせぬが、あれには分からせねばならぬから。我が父なら、他の男を父と慕っておったら良い気はせぬわ。炎嘉の気持ちを考えるとの…これで良いのだ。」

碧黎が、面白くなさげな顔をしながら言った。

「そのように無理に教えずとも、あれなら己で知ったであろうに。まあ良い、それでうまく行くのならの。では、我は戻る。」

碧黎は、そう言うともうここには興味が無いらしく、さっさと出て行った。維心は、ようやく維月の手を取って、疲れた顔で言った。

「維月…もう休もうぞ。もう疲れたわ。帰る日取りの話もせねばならぬしな。里帰りの頻度も、あれがここにまだ居るなら考えねばならぬだろう?」

維月は、維心の手を握りながら頷いた。

「はい…。ご相談せねばと先に御文をお送りしましたの。父があのように決めて参ったと申すものですから。」

維心は、維月を引き寄せながらホッとしたような顔をすると、十六夜を見た。

「ではな、十六夜。連日すまぬな。だが、宮へ帰ったらこのように連日我が参る事も無うなるゆえ、あとしばらく堪えてくれぬか。」

十六夜は、珍しく愁傷な事を言う維心に、仕方なく頷いた。

「ま、いいよ。お前もよく我慢したよ。そのお陰で炎月が居るんだ。オレもこれぐらい我慢するさ。」

そうして、維心は維月を連れて、この月の宮にある自分の対へと帰って行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ