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誕生

そうやって二時間、普通の出産では一人も男性が踏み込むことを許されない産所の中に、今は四人の大の男が押せ押せ状態で維月の回りにひしめき合っていた。

そんな異常な状態の中で、これまた全く強い痛みを感じる事も無く、異常な状態で維月は言われるままに一生懸命いきんでいた。

痛みは感じないが、力いっぱいいきみ続けるのでそれは疲れて来たが、気を消耗しようものなら四人が一斉に気を放って送り込んで来るので、疲れ切る暇もない。そんなわけで、物凄く楽な状態だった。

「本当にこれで生まれるのでしょうか…何やら、子が案じられてきましたわ。」

すると、十六夜が答えた。

「何を言ってるんでぇ。子は元気いっぱいだよ。気が満ちてて生まれるのにめっちゃ前向きみたいだから心配すんな。」

維月は、それでも常の出産とあまりにも違うので、不安だった。すると、治癒の神が叫んだ。

「…はい!維月様、最後ですわ!お気張りくださいませ!」

え、もう?!

維月は焦ったが、また必死に力を入れた。押し出す力は強く、維月自身たくさん出産経験があるので、痛みがなくてもいきむコツは分かる。生み出すのは龍の宮の治癒の神達にも大絶賛されるほどで、それは上手かった。

「お生まれになります!」

ええええ?!これで生まれるのぉぉぉぉ?!

維月は、自分が生んでいるのにびっくりした。維心も炎嘉も、戸惑いながらも息を飲む。生まれる!

オギャアアアア!

「はい!力を抜いて!」

維月は、生まれたと思った途端、慌てて力を抜いた。そこはもう、慣れては居たが、いつもの違う感じに戸惑いっぱなしだった。

…生まれた…!!

炎嘉は、そわそわと治癒の神の方を見た。維心は、維月の手を握って言った。

「維月、ご苦労だったの。生まれたぞ。大事ないか。」

維月は、顔をしかめながらも頷いた。

「はい。なんでございましょう、産んだ実感もないと言うか…。とにかく痛みが最後までそれほどなくて。」

炎嘉も、急いで維月を見た。

「おお、ようやったぞ維月。子が気になって…元気な泣き声であったし、大丈夫だと思うのだが…。」

今は泣き止んでいるのだ。静かすぎて、そこが不安だった。

しかし、治癒の神が、白い布に赤子を包んで進み出た。そして、四人が一斉に自分を見るのに戸惑って、誰に最初に渡したものかとおろおろしている。

十六夜が、炎嘉を指した。

「こいつ。こいつが父親だから。」

治癒の神は、ホッとしたように、恭しく炎嘉にその包みを差し出した。

「皇子でいらっしゃいまする。」

炎嘉は、緊張気味に背筋を伸ばすと、今生まれたばかりの皇子を腕に抱いた。

皇子は、泣いては居なかったが、目を開いてじっと炎嘉を見上げていた。その目は赤いが薄っすらと茶色で、炎嘉の目の色よりは少し、赤みが強いようだった。髪はまだ薄いので、金髪に見える。しかし顔立ちは、炎嘉にそっくりだった。そして、何よりもその気は、自分の気と共鳴して苦しいほどだった。

間違いなく、我の子だ。

炎嘉は、そう思うと涙が浮かんで来た。夢にまで見た、維月と自分の子。決して敵わぬのだと思って、諦めていたのに。

炎嘉がじっと皇子を見つめているのに、維月は言った。

「炎嘉様?皇子は、健やかでしょうか。」

炎嘉は、ハッとして維月を見た。

「大変に健やかぞ。我は、これほどに生まれたばかりでしっかりとした子を知らぬ。我が子よ…維月よ、よう産んでくれた。維心にも、礼を申す。」

維月は、涙を浮かべて必死にそれを我慢している炎嘉の姿に、本当に良かったと思った。炎嘉は、抱いている子を維月の側へと持って行き、見せた。

「…我にそっくりよ。しかし、賢しそうな子よ。」

維月は、顔を見て微笑んだ。

「まあ、本当に。なんと可愛らしいお子なのかしら…。」

維月がそう言うと、その声に反応して、今度は皇子は赤い目で維月をじっと見た。維月は、フフと笑って、その頬に触れた。

「私が母よ。ですけれど、どこまで共に居られるか、まだ分かりませぬけれど…。」

炎嘉は、それには黙った。十六夜が、皇子を見て言った。

「へえ~出て来たらこんな感じか。ほんとに炎嘉そっくりじゃねぇか。」と、今度は十六夜の方を見る皇子に、十六夜はわ、と思わず声を出してから、続けた。「おい、マジでこいつめっちゃしっかりした目で見るんだけど。超賢いんじゃないのか?」

すると、それには碧黎が答えた。

「…そやつは、確かに賢いの。生まれてからここまで気を探っておったが、母を気遣って生まれて参った。維月が痛みを感じずこやつを生み出せたのは、これ以上維月に負担を掛けたくなかった…つまり、こやつは維月が、維心とのことで自分を腹に抱えておるのに苦しんでおったのを知っておるのだ。なので母が信じた維心を信じ、母が望んだように今、生まれようと生まれて参った。賢しいがゆえ、維心が側に居る間は恐れて生まれぬと決めておったにも関わらずな。普通の赤子はそこまで考えぬが、こやつの回りの不安定な気持ちを気取り続けて、頭の中が一気に普通以上に成長したのだろうの。」

維月は、それを聞いて涙ぐんだ。普通なら、幸福に生まれるのを待つだけの期間のはずなのに。

「まあ…。炎嘉様、私にも抱かせてくださいませ。」

炎嘉は、頷いて維月に皇子を抱かせた。維月は、横になったまま皇子を抱いて、そうして、その頬に頬を摺り寄せて、そっと口づけた。

「そのように私を気遣って…良いのよ。私はあなたを愛してるわ。そんなに気を遣わなくても良いのに…。ごめんなさい、回りが落ち着かなくて…。」

維心が、居心地悪そうに身を動かした。皇子の目は、そんな維心の方へも緊張気味に動いたが、維心をチラと見ると、すぐに目を反らした。確かにいつ、気が変わって殺されるかと思ったら、腹では気が気でなかったかもしれない。だが、だからといって維心が自分を殺すと思わなくなったからこそ生まれたのだが、それでも長く怯えていた主が目の前に居るのだから、こんな感じにもなるだろう。

「…炎嘉様、お名を。この子のお名をお決めになられましたか?」

炎嘉は、維月の隣りで皇子の頭を撫でてから、その子を維月から受け取って腕に抱いた。そして、言った。

「この子の名は、炎月(えんげつ)ぞ。」と、炎嘉は、じっと今、名付けたばかりの炎月を見つめた。「炎月。主は我の跡を継ぐのだ。生まれた時からそのように賢しいのは、王としての力になろう。我が主を育てるゆえ。主は王の器ぞ…我は、そう信じておる。」

それを聞いた維月は、少し戸惑ったように言った。

「それは…ですが、炎託が残した炎耀は?最近では、そちらの宮でよう務めておるのだと聞いております。炎月はまだこのように幼いのに…。そのように今決めてしもうては、宮が…。」

割れる元になると、維月は案じているのだ。だが、炎嘉は首を振った。

「あれは炎託の子。これは我の子ぞ。我が王。孫と子であったら子に譲るもの。我はこれを、王座に就ける。そう、生まれる前から決めておったのだ。」

それには、維月も困って維心を見た。維心も、険しい顔でそれを見ていた。炎嘉が、両方が充分に育ってからその資質を見て決めるのなら問題は無いのだが、まだ生まれたばかりの力が推し量れていないような状態で、それを決めてしまうと反発も出て、上手く回らないことが多い。炎嘉が、片方に肩入れしてしまうのは危険なことだった。

宮が、割れてしまうからだ。

とはいえ、炎嘉が言う通り、今現在王である炎嘉の直系の子は炎月だけだ。これだけ賢しそうな子ならば、臣下も反対はしないだろう。

だが、炎耀なのだ。

恐らくは、自分が鳥の宮を支えると一生懸命努めて居るはずだった。王座に就くと思っていないとしても、ゆくゆくはそうなるかもしれないとは思っていることだろう。

だが、後から生まれた赤子に、後はその臣下だと言われてこれからも努められるだろうか。

他の宮のことについては、維心も口出しをしない。なので、この事に関しても、口を開きはしなかった。

「…では、主はもう体を休めねば。出産が無事に済んで我もホッとした。場を変えても良いよな、碧黎?」

維心が言うと、碧黎はホッと肩の力を抜いて、頷いた。

「良い。もう体も修復を完了しようとしておるし、もう大丈夫だ。良かったことよ、案じる事も無かったようぞ。」

碧黎は、そう言うとさっさとそこを出て行く。本当に、命に別状が無ければ良いらしい。十六夜も、ホッとしたように言った。

「良かった良かった。親父がピリピリしてるから、オレもなんかヤバいのかと慌てたが、案外平気だったな。維心の子の方が気が乱れて大変だったぞ?ま、じゃあ維心が帰る時に連れて帰れるしホッとしたよ。オレも、月へ帰る。で、炎嘉、お前どうするんでぇ?乳母は?」

炎嘉は、まだ炎月を腕に抱いたまま、言った。

「鳥の宮で用意しておる。」

維月は、維心に抱き上げられながら、言った。

「ですが…しばらくは私が乳を。我が子なのですわ。案じられてなりませぬ。」

維心は、それには少し困った顔をしたが、頷いた。

「…そうであるな。ならば、今少しここで。」と、炎嘉を見た。「ここへ、乳母を来させよ。そうして、維月と共にしばらく子育てを。幸い、まだ半年しか宮を離れておらぬから、我もここへ通うて維月に会う。だが、あと半年ぞ。いくら何でもあまり長く王妃が宮を離れるのは、臣下達も不審に思うゆえな。」

炎嘉は、維心が物分かりの良いことを言うので、驚いた。

「…絶対に、主はならぬと言うと思うておったのに。」

維心は、ふんと維月を腕に自分の対へと足を向けながら、言った。

「我とて子の親ぞ。何人の子をもうけたと思うておるのだ。維月がこう申す心地も分かるし、子の事を考えてもその方が良いのは分かっておるわ。だが、今も申したがあと半年。こやつが早う生まれたゆえ、それで手に出来た時間ぞ。主はそれを有効利用すれば良い。分かったの。」

炎嘉は、維心に頭を下げた。

「すまぬ。もう、主には誠に頭が上がらぬ。」

維心は、息をついて炎嘉を振り返った。

「良いわ。だが、これで約したことは成したゆえな。もう文句は無しよ。分かったの。」

そうして、炎月を抱いた炎嘉を残して、そこを出て行った。

炎嘉は、炎月をじっと見つめて、これほどに大事なものは知らなかったと、しばらく炎月を抱いたまま、じっとそこに座っていたのだった。

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