結果
浄化の光が収まった瞬間、最前列に居た維心と将維は急いで中を確認した。
そこには、もはや闇は居らず、維月が気を失って倒れ、碧黎がそれを抱き起しているのが見えた。
十六夜が、じっとその側で維月の顔を見ている。維心は、闇がもうどこにも感じられないのを見て、急いで三人へと駆け寄った。
「…維月は?!どうなった、何が起こったのだ!」
碧黎は、維月の額にじっと手を置いて、答えた。
「あの時、陰の月にこやつは完全に乗っ取られておった。」碧黎は、じっと維月を見たまま、言った。「あの、闇が出て来た瞬間ぞ。闇と陰の月は性質がよう似ておる。陰の月にしても、あれは恐らく最上の快楽であったのだろう、だから、一瞬にして維月を凌駕して前へ出て来たのだ。維月は、急なことでそれを押さえ切れなかった。あのままでは、陰の月は闇を殺すという快楽に身を委ね、闇は殺されるという快楽に身を委ね、お互いに繋がってしまうところであった。まさに、殺すという行為であるのに、それが闇を生かす方向へと転がる寸前だったのだ。幸い十六夜が間に合った。陰の月は闇を殺すことが出来ず、闇は消えて行った。だが、闇にはもう、維月が降らせておる陽の月の力なのか、十六夜が降らせておる陽の月の力なのか知る術は無かった。ゆえ、最期は至高の叫びをあげて消えて行ったわ。」
十六夜は、不機嫌に眉を寄せて言った。
「…なんでオレがあいつを喜ばせなきゃならねぇんだよ。まあ、消えちまったから文句も言えねぇんだが。」
維心が、イライラと言った。
「して、維月は?!なぜに意識が無いのだ!」
碧黎は、維月の額から手を放すと、フッと息をついて、維心を見上げた。
「大事ない。維月は必死に陰の月を押さえようとして、己で体のスイッチを切ったのよ。なので陰の月は、維月の体を使うことが出来ず、結果闇を消すことも出来なんだ。十六夜が間に合ったのもそのためぞ。」と、また維月に視線を落とした。「とはいえ、疲れておるのは間違いないの。一度月へ帰して、回復させる。十六夜、連れて参れ。」
十六夜は、頷いて気を失っている維月を抱き上げると、皆を見た。
「じゃあな。炎嘉と炎耀を頼んだぞ。もう、闇の気配はねぇ。そうだよな、紫翠?」
後ろから、転がされた後遺症で尻を打ってそれを擦っていた紫翠が、頷いた。
「はい。もう何も感じない。あれほどに煩かった闇の思考が、もう一切聴こえて来なくなりました。我も安堵した。」
十六夜は満足げに頷いて、戸口へと歩いた。
「じゃ、オレ達は月へ帰ってくらあ。もう疲れた。」
そうして、戸の外へと足を踏み出すと、スイっと飛び上がり、見る見る光になって、月へと打ち上がって行った。
程なくして、炎嘉も炎耀も目を覚ました。
二人とも、体は何ともなかったが、それでもフラフラとして、とてもまともに行動できる状態ではなかった。
なので、一旦客間へと移し、そうしてそこで、治癒の者達の治療を受けさせていた。
とは言っても、炎嘉はそういう修羅場には慣れているので、横になっておれ、と維心に強く言われるので寝台に横になっていたが、それでももう、かなり回復して普段とあまり変わらなかった。
そんな炎嘉を維心と共に見舞った蒼は、不貞腐れた様子で寝台に座る、炎嘉に言った。
「…その、あのようなことがあったのですから。闇の攻撃をまともに受けておられたではありませんか。もう少し、様子を見られてからの方が良いのです。」
炎嘉は、フンと横を向いた。
「あれは受けておかねば闇を信じさせられぬからぞ。ほんにもう、あんな様を皆で見ておったとはの。高みの見物とはよう言うたことよ。」
維心は、呆れたように言った。
「あのな、皆主の演技だと知っておったというに。確かに迫真の演技であって、よう知っておる我でももしかして、と思うた瞬間はあったがの。あれで闇は騙されてまんまと出て来ることになったのだから、主の手柄よ。」
炎嘉は、まだブスッと頬を膨らませていたが、フッと息をつくと、頷いた。
「まあ、の。あのセリフは我ながらよう作ったと思うたわ。だがの、言うておるうちに、確かに維月になら殺されても良いわと思うて来てな。その瞬間にあれの心の中が我だけになるのなら、そのために死んでも良いかなあと。どうせいつか死ぬのだし。」
蒼は、仰天して若干身を退いた。維心は、びっくりしたような顔をしたが、それでも、少し考えて、渋々といったように、頷く。
「…呆れて反論したいところであったが、確かにどうせ死ぬなら維月に殺されるのもいいかもしれない、と我もあれを聞いた瞬間思うたのは確か。なので、主がもしかして、と一瞬思うたのだ。だがの、主は生きた。やはり違うと思うたからであろう?」
炎嘉は、それには真面目な顔をして頷いた。
「そう。生きて側に居る方がいくらか幸福ぞ。なぜに殺されねばならぬのだ。我が死んだ後、忘れ去られてまた誰かがその心を占めるのでは無いのか。それでは無駄でしかない。ゆえ、我は生きようと己を見失うことは無かった。」
蒼は、少しホッとして、言った。
「でも、確かに闇は、いくら陰の月を取り込まねばならないとはいえ、あれほどに下僕に成り下がってまでなんて、おかしいと思ったのです。とても狡猾で、面倒な命なのは、オレも長い間対立して来て知っていたし、それがあんなにあっさり維月の言うことを聞いているのが…なぜなのかなって。」
それには、炎嘉も思ったことのようで、頷いた。
「確かに我もそのように。あまりにも維月に肩入れし過ぎであったわ。いくら同じ性質の命とはいえ、己の命を捧げてまでなど。」
維心が、苦笑した。
「紫翠が言うに、あれはの、陰の月を愛しておったのではないか、ということぞ。」
炎嘉が、驚いたように目を丸くした。愛情?
「…ちょっと待て、それは無いであろうが。愛情はあれが嫌う陽の気ぞ。それを、あれ自身が持っておったというか。」
蒼が、困ったように微笑みながら、頷いた。
「はい。紫翠とあの後いろいろ話したのですが、そうとしか思えないと。快楽のためにというよりは、今炎嘉様がおっしゃったように、恐らくは陰の月の心を自分だけに向けたかったのですよ。一瞬でも愛されたいという気持ちが、闇を自殺行為に走らせた。本来狡猾なあれが、あんな風になるのがまずおかしいのです。陰の月の方も、恐らくは最後には闇を受け入れてもいいと思うてしまったのでしょうね。それも愛かもしれない。その方向を選ばなかったにしろ、炎嘉様だって維月になら殺されてもいいと思った瞬間はあったのでしょう。つまりは、そういうことかと。」
炎嘉が、絶句している。維心は、ため息をついて天井を見た。
「ほんに愛の形とは様々よな。我は今回の事で思い知ったわ。それにしても、ほんに陰の月とは恐ろしいものよ。あの慕わしい気も、本来ありとあらゆる男を惹き付けて思い通りにするためのもの。中身が維月でなければ、どんな恐ろしい事になっておったことか…我とてその犠牲者になっておったやもしれぬ。分かっておっても、抗えぬで…。」
炎嘉が苦笑して維心を見上げた。
「それは無い。」維心が驚いていると、炎嘉は続けた。「主はあれの気ばかりに惹かれたのではなかろうが。最初、あれはただの月であった。人が混じった変わった気であったが、あのようではなかった。あれは、主の望みが具現化した姿。主が愛して、主を愛した維月が、主を手放さぬようにと主だけに合わせて形作った気。それに我らが同じように惹かれ、あれは心ならず大変な事になっておる。分かっておるのだ…我らはな。」
維心は、陰の月である維月が、他からぬ維心自身をとらえて離さぬようにと、維心に寄り添い、維心が望むように、もっと愛されるように、維心を求めた結果あの気を身に着けたことは知っていた。
そうしてそれまでも充分に愛していた維月から、維心はもっと離れられなくなったのだ。
だが、あまりにその気が稀有で変わった気であったため、神世の誰もを惹き付けて、維月が望んだのは維心であっただけなのに、他の神まで大挙して寄って来ることになってしまったのだ。
炎嘉も、そのうちの一人に過ぎないのを炎嘉自身は分かっていると、そう言っているのだ。
維心は、息をついて、それには頷いた。
「…確かに、維月は我を愛してくれた。だからこそ、十六夜には使わなかった気を遣い、我のためにとああして気を変化させ、主も知っての通り、我はあれにがんじがらめで離れることは出来ぬ。だが…それでも、我は不安でならぬのだ。あの気を変化させたのも、結局は陰の月の力。陰の月は気まぐれぞ。闇に対していたのは、夢ではないのだ…あれも、維月なのだ。」
炎嘉は、それを聞いて真顔で考えていたが、フッと表情を緩めた。
「…ほんになあ。我らのような神の王に。誠陰の月とは難儀なことよ。」
蒼が、少しそわそわとした。炎嘉が、それに気付いて、蒼を見た。
「なんぞ?何か用があるなら出て参ればよいぞ。」
蒼は、頷いて、チラチラと維心を見た。
「その…維心様は炎嘉様とお話があるとお聞きしておるので。オレは、先に炎耀の様子を見に参って来ます。では、失礼します。」
蒼は、頭を下げて出て行った。残された維心に、炎嘉は怪訝な顔をした。
「あやつは何だ?別に話を聞いておってもあれなら隠す事もあるまいが。」
維心は、苦笑して首を振った。
「あれは知っておるから。遠慮しようと思うたのだろう。」
炎嘉は、胡散臭い何かを見るような目で、維心を見て言った。
「何を知っておると?…別に我らの間には何も無かろうが。我だって主だって男には興味はないし、それはこれだけ長く友をやっておると回りも誤解する奴が出て参るし、いっそそれでも良いかと思う時も…、」
維心は、ブンブンと首を振った。
「そんな事ではないというに!」
炎嘉は、ニッと笑うとグイと維心の腕を引っ張った。維心はまさか炎嘉がそんなことをすると思わずに居たのでびっくりして、対応が遅れて寝台へと転がる。炎嘉は、スッと転がって維心の上に体を乗せると、じーっと維心の顔を上から見て、言った。
「…ふーん、ほんに女のように美しい顔をしおって。二千年ほどの付き合いであるが、まったくこっちの関係は無かったが、今からどうよ?」
維心は、下から炎嘉を睨んで、言った。
「何をふざけておる。そんな気もないくせに。その気があればとっくに主なら我を襲っておろうが。」
「だから今襲っておろうが。」と、面白くなさげに維心を見つめた。「少しは焦るとか無いのか、主は。男の褥に引っ張り込まれておるというのに。」
維心は、フンと鼻を鳴らした。
「何度からかわれて参ったと思うておる。我だって学習するわ。主にその気が無い事は、もう数百年前から知っておる。」
炎嘉は、グッと黙った。維心は、フフンと笑って炎嘉を押しのけようとした。
「もう良いわ、こんな所を誰かに見られては面倒な噂も立つゆえ、戯れはやめて我は話を…、」
すると、炎嘉はぐっと維心の胸を押してから腕を押さえると、この上なく真剣な顔をして、ずいっと顔を近づけて来た。
「な…、」と、唇が塞がれた。「んんんーーー!!」
維心はジタバタと足を動かした。