最高の最期
「…膜だよ膜!」十六夜が、必死に気を絞って放つ維月に向かって行った。「それのせいで、中まで気が完全に通らないんだっての!どうにか知らせられんのか!」
目の前の壁には、碧黎が投影している、今碧黎自身が見ている炎耀の精神世界の様子が、まるで映画のように映し出されていた。皆でそれを、固唾を飲んで見守っていたのだ。
維月が、歯ぎしりして言った。
「あいつは嬲って欲しいのよ!そうして死にかけてからここへ出て、私に殺してもらおうとしてるの!だから膜を消さないんだわ!炎嘉様が折角あれをああして焚きつけてくれたんだから、私があいつを満足させて、ここへ出て来させて殺さなきゃ!」
碧黎が、じっと炎耀を見ながら、険しい顔をした。
「…すぐには無理よ。だが、あやつは死ぬ気になっておるゆえ、時は掛かるがこの方法しかないやもしれぬ。ただ、炎嘉と炎耀が…炎耀の気が、あれを見て揺らいでおるから、それが気がかりぞ。炎耀がどれだけ炎嘉を信じられるかよな。炎嘉はただの神、闇とは違う。他人の精神世界の中で、相手が排除しようとしたら簡単に消されてしまうぞ。」
十六夜が、それを聞いて言った。
「なんだって?!炎耀はあれが、炎嘉の演技だって分かってねぇのか!」
維心は、十六夜に言った。
「それはあの迫真の演技ぞ、我だってもしかしてと思うてしもうたぐらいだからの。また、それぐらいでないと闇など騙せぬわ。だが、炎耀は場数も踏んでおらぬし、今会ったばかりの祖父の、それが演技だと見抜くことが出来ようか…確かにそれは、我も案じられる。」
維月は、碧黎の投影する映像を見ながら、あちこち必死に手を変え品を変え闇に力を降らせていた。本来、誰かの精神の中をこんな風に見ることは出来ないので、感覚で気を飛ばすしかないのだが、それが映画のように見えて居るので、狙いを定めやすかった。まるで、人世のテレビゲームのようだ、と脇で見ている蒼は思った。
炎耀は、脅えたように炎嘉からジリジリと座った状態のまま、後ろへと下がって行く。炎嘉は、それを見て自分も闇の気に打たれた後遺症から自由にならない身を引きずるようにしてそちらへと向いた。
炎嘉は、炎耀が意識を取り戻し、こちらを怯えたような目で見てジリジリと下がって行くのを見た。しかし、今炎嘉から離れては危ない…万が一にも、闇の気が変わってまた、炎耀を拘束しようとするとも限らない。
維月が闇の気を反らしてくれている間に、どうしても炎耀を自分の側に置いて、守る必要があった。
「炎耀!我の側に居るのだ、離れてはならぬ!」
炎嘉は、思ったより闇の気にまともに打たれたのが、この精神世界の身、つまり自分の精神にダメージを与えている事実を知った。自由に動かない身にイライラしながらも、体を引きずって必死にそっとへと向かうが、炎耀はますます怯えて後ずさる。炎嘉は、心の中で舌打ちをした…もしかして、あれが我の演技であると見抜けておらぬのか。
そういえば炎耀はまだ、今会ったばかりの孫なのだ。自分の祖父がどれほどに口が立って、どれほどにこういう駆け引きに強いなど、知る由も無かった。
しかも、炎耀ははぐれの神の中で育ち、神を疑うことしか知らぬで居た。
そうしないと、命が無いからだ。
しかし、ここで大きな声であれは演技だったと言えば、闇が気取って今までの努力が水の泡になる。
炎嘉は、脅えて後ずさる炎耀を追って、自分の力を振り絞って飛んだ。
「!!」
炎耀は、自由にならない体で避け切れないと、顔を伏せて頭を抱えた。炎嘉は、その炎耀に飛びついて、そうして、耳元で言った。
「我を信じよ。主がそういう生まれでないことは知っておるが、今は己の血を信じるのだ。我は、主を助けに来たのだぞ。我とて死にたくはない。愛しておる女が居るのなら、その女と共に生きたいと望む。死して何が幸福よ。」
炎耀は、ブルブルと震えながら自分をガッシリと抱いて離さない、自分そっくりの瞳を見つめた。父上も、これと全く同じ姿だった。そうして、同じ気だった。これは祖父…生きているのかも、そんなものが居るとも思わなかった、間違いのない自分の、血族の神。
その腕から伝わって来る気は、自分を殺そうとする相手のそれではなかった。そんなものは幼い頃に母からしか感じたことは無かったが、まごうことなく自分を労り案じる気。
「し、信じまする。お祖父様、我はどうしたら良いのですか。」
炎嘉は、頷いて引き続き耳元で小さな声で、言った。
「闇が、今己から痛めつけられておる。」と、炎耀と同じ人型の闇へ視線をやった。「弱って来ておる。主は己の精神からあれを追い出すのだ。分かるな?排除しよう、出て行けと強く念じよ。そうしたら、闇は抵抗する力を失くした時点で弾き出されて行く。主にはあれを消すことは出来ぬが、月なら出来る。外へ追い出したら、後は月がやる。」
炎耀は、頷いた。そうして、残った気力の全てを使って、闇を追い出すべく必死に念じた。
…出て参れ…!主など我と相容れぬ存在。今すぐに出て参れ…!!
その念の声は、口に出してはいないのに、その広い空間の中に響き渡った。
それと同時に、その広大な空間全体が、激しくグラグラと揺さぶられて、炎耀と炎嘉が居る地上以外が、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。
それを見ていた、十六夜が叫んだ。
「…炎耀が、追い出そうとしてる!」と、額に汗を光らせて、必死に力を放っていた維月を見た。「闇の足元が崩れるぞ!あいつにそこに留まる力はあるか?!」
維月は、首を振った。
「分からないわ!私にはあいつの心の中まで見えないの!」
紫翠が脇から叫んだ。
「もう、飛ぶ力も残っていないはず!このままでは炎耀に飲まれて消えると危機感を持っておりまする!」
維心が脇から叫んだ。
「出て来るぞ!」
紫翠は急いで頷いた。
「覚悟を決めた!出て来ます!」と維月を見た。「陰の月に殺されるために!」
そう紫翠が言った途端、炎耀の体から、黒い塊がヌ―ッと現れて来た。
「退け!」
碧黎が、茫然としている全員を気で掴んで、隣りの部屋へと放り投げて転がした。維心は放り投げられるのを感じて体勢を整えていたので、床に着地して同じように転がっていない将維と共に、成り行きを見ようと戸の方へと寄って行く。
その時、ほとんどの者達が床に転がったまま、その痛みに呻いては居たが、身を起こそうとしていた。
見ると、碧黎がその戸の前でこちらに背を向けて立っていて、目の前で障壁を作って守ろうとしている。
だが、碧黎の障壁さえも、闇の前ではそう長くは持たないことを皆、知っていた。
十六夜の力でなければ、闇は消滅しないのだ。
《陰の月…陰の月よ!》もはや人型すら取れないその闇は、叫ぶような念の声を発した。《我を殺すのだ。そうしてその、我の忠誠を真実と、その瞬間は我を最も近しいものと感じてくれ…!》
十六夜は、後ろに下がってそれを見ている。維月は、闇を見上げて、フフと笑った。そうして、またスーっと目の色を真っ赤に変えると、叫んだ。
「ああようやったこと!ここまでお前がやるとは思わなかったわ…!なんと楽しい時であったか。お前が死するその瞬間に、我の快楽とお前の快楽が一つになるのよ!お前が望んだ通りにね!」
その言葉に、碧黎が目の色を変えた。
「ならぬ!十六夜、消せ!早う!」
闇が歓喜の声を上げた。
《主にとり我が何よりのものとなる…!おおこの命をくれてやろうぞ…!》
維月が手を上げた瞬間、十六夜がドッとその屋敷全体に降りて来る真っ白な浄化の光を降らせた。
目の前は真っ白になり、何が起こっているのかもう、神達には全く見えなかった。
「間に合ったか…?!」
碧黎の声が、聞こえる。
だが、誰にもその、光の中は直視出来なかった。




