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僕の回復魔法は特別なんかじゃない H

俺は手早くビヌの頭部の怪我や手足の打ち身を『神魔法』で素早く治す。

ヴァンパイアの毒を帯びた傷は簡単に出血が止まらず、目の充血や口腔内の出血が出る。そして最も特徴的なのは傷を負った場所から広がる紅斑。

彼女にそれらの特徴がないことを確認し、俺は彼女がヴァンパイアの毒に犯されていない確証を得た。


「あ、あんた・・・いったい・・・」


みるみるうちに元通りの肌の色へと戻っていく手足の怪我を見て、彼女は目を丸くして俺を見上げていた。だが、感動も感謝も今はなんの意味もない。今大事なのは時間だった。

俺は彼女が本当に外で怪我を負っていないことを再度確認した。


「本当に、ほんっとうに外では怪我してないんだな!?」

「あ、ああ・・・アタイは変なのが貧民街から一杯出てきて、逃げる場所がもうここしかなかったんだ。なんとか身を隠してたんだけど。見つかっちまって」

「よし、なら手伝ってくれ。鬼人オークの君なら彼等から話もスムーズに聞けるだろ」


俺はそう言って鍵を手に立ち上がる。


「お、おい。何を・・・」

「中にいる人達を助ける。彼等にはまだ治癒が必要なんだ」

「ち、治癒?で、でも、アタイは聖魔法なんか使えねぇし、脈だってとれねぇぞ・・・」

「そんなもん求めちゃいない!いいから彼等から話を聞くんだ!彼等をヴァンパイアに襲われた人とそうでない人に分けてくれ、原因不明な人は襲われたと仮定する!それと、時間!時間だ!正確じゃなくていいから、怪我を負ってから時間が経っている人を優先する。あぁっ、くそっ!どれが牢屋の鍵だよ!!」


俺は鍵束に下げられた鍵を牢屋の入り口に次々と差し込みながら、牢屋の鍵を探す。

だが、焦っているせいか上手く刺さらないばかりか、力の込め方も無茶苦茶だった。

全ての鍵を差し込んだはずなのに、牢屋の鍵は開かない。


「ちくしょう、急がねぇといけねぇのに!」

「馬鹿野郎!鍵はそんな乱暴に扱うもんじゃ・・・あぁもう!貸せ!!」


ビヌと名乗った少女は手枷の付いた腕のまま、俺の手から鍵束をかすめ取った。


「いいか人間野郎。鍵を開ける時はな、女を慰めるがごとくだ」

「は、はぁ?」


彼女は鍵穴を覗き込み、そして冷静に鍵を観察して一本の鍵を選び出した。

それを軽く鍵穴に入れ、ゆっくりと鍵を回した。

カチャリと音がして、牢屋の鍵が開く。


「ったく、鍵を手に入れてるのに鍵開けに手間取ってどうすんだよ」

「あ・・・ありがとう」

「ふん!」


彼女は鼻を鳴らし、手早く自分の手枷の鍵も外してしまう。


「とにかく、治癒でもなんでも、ここにいる連中を逃がすことが先だろ?こんな地下牢にいたらいつ殺されるか・・・」


ビヌは鍵束を手に、中にいる人達の枷を外そうと歩み寄った。


「外してくれ!早く!」

「そうだ、ここから逃げないと!」

「教会なんかにいたら殺されちまう!!」


口々に助けを求める人々。

そんな彼等の一人が俺の方を見て言った。


「あんただってそうだぞ、一緒に逃げるんだ!!」

「っ・・・!!」


その言葉に胸が強く掴まれた気がした。


「ここで俺達に治癒なんかしてたら、あんただってヤバイ!」

「そうだ、一緒に来てくれ。どこか別の場所で改めて治癒をしてくれよ」

「アギリア・スマイトだったか?一緒に行こう」


彼等の目が先程までとはまるで違っていた。

ここに足を踏み入れた時の警戒心と拒絶を怨嗟で塗り固めた目ではない。『神魔法の少年』と崇めるような目でもない。俺を信頼し、期待を寄せる目だった。そんな目がいくつも俺を見つめていた。


それは俺が自分の『治癒』で勝ち取ったものだった。

自分が、自分のスキルで、自分で手に入れた信頼だった。


だが、俺はその信頼を拒絶しなければならいのだ。


「それはダメだ・・・」


空気が固まった気がした。


「ダメだ!今、あんた達を外に出すわけにはいかないんだ!!」


確かにここにいては危険が高まるばかりだ。逃がしてから治癒を行う方が安全で確実かもしれない。

だけど、その選択肢は取れない。取ることはできなかった。


なぜなら、この教会の外に『安全な場所』など存在しないのだ。

既に感染爆発パンデミックが起きたこの夜に教会以上に安全な場所はないのだ。


そしてなによりも、時間がない。

彼等がヴァンパイアから傷を受けて、どれほどの時間が経過しているかわからない。

感染爆発パンデミックが起きた直後に怪我を負っている人がいるなら、それはもう一刻の猶予も許されない。


彼等を教会に留まらせることの危険性と、毒でヴァンパイアと化してしまう危険性を天秤に乗せれば、間違いなく重要度は毒の方に傾く。


だが、そのことを口で説明して理解してもらえるだろうか。

俺が『ダメだ!』と言った瞬間に、彼等の目は再び猜疑心に彩られている。

俺の言葉が通じるだろうか。


俺はダダネに流している水球の減り具合を確認する。もうすぐ、全ての浄化魔法が入れ終わる。

時間は有限。できることなら、ダダネへの点滴が終わり次第、すぐに次の患者に治癒を施したかった。


俺は腹に力を込め、彼等を真正面から見つめた。


「外にはまだヴァンパイア共が蠢いてる。そんなとこにあんた達を出すわけにはいかないんだ!それにヴァンパイアから受けた傷からは毒が回ってる!一刻も早く浄化しないと、本当に命に関わる!外に出て、安全な場所を探している暇はないんだ!ここにいたら危険なのはわかっている・・・でも・・・でも、今ここを逃せば、本当に、本当に危ないんです!だから・・・ここで・・・治癒を・・・」


俺の言葉が尻切れになる。

目の前に一人の鬼人オークが歩み寄ってきていた。

筋骨隆々の長身の男性で、彼は左肩に大きな傷を負い、そこから緑の血を流し続けていた。彼の左腕は重力に従うままに垂れ下がり、指先からはポタポタと血の雫が垂れていた。血を流し過ぎているせいか彼の身体はふらつき、全身の血の気が引いている。


今にもぶっ倒れてしまいそうな状態であったが、彼は俺の真正面に堂々と立ち、その鋭い視線で見下ろしてくる。


「・・・ここにいたら俺達はいずれ殺される」

「そうかもしれない」


俺の声は震えていた。

俺と彼の会話をここにいる全員が固唾を飲んで見守っていた。


ここで言葉の選び方を間違えれば、俺は今手にした信頼を全て失い、もう二度と構築することはできないだろう。俺は奥歯を噛み締めて、言葉を絞り出す。


「でも!でも、移動している間に誰かが死ぬ可能性が高い!!俺は・・・俺は『治癒魔道士』だ!病気で死ぬとわかっている人間を行かせるわけにはいかない!!治癒が終われば必ず、必ずこの場から解放するから!だから・・・ここで治癒をさせてください!!」


そして、俺は自分の身に付けていた持ち物を全てその場に投げ落とした。

財布を壁に投げつけ、靴も脱ぎ棄て、服以外の全ての荷物を捨てる。


「俺もあなた達と一緒にいる!治癒が終わるまでここから絶対に逃げない!!捕まって、異端審問にかけられても、ここから動かない!!だから、お願いします!!ここで治癒をさせてください!!」


頭は下げなかった。

俺は自分の覚悟を伝えるために、彼の目を見つめていた。

そして、数秒の沈黙の後、彼はダダネの隣に膝をついていた父親を振り返った。


「・・・・ボン、お前はどう思う?」

「俺は・・・一度信じると決めた。それを最後まで貫くだけだ」


そして、ボンは俺の方を見て言った。


「俺の息子は・・・助かるのか?」

「間に合ったなら・・・・・・でも、もしヴァンパイアの毒が回り切っていたら・・・その時は・・・最悪な事態になる」

「最悪ってのは・・・死ぬのか?」

「違います。あなたの息子がヴァンパイアの眷属になるんです。『血の魔法』を放ちながら俺達を襲うんです。外にいる連中のように」


その言葉がどれだけ彼等の心に響いたのかはわからない。

だが、『外にいる連中』の恐怖は彼等もその肌で感じてきた。


「だから、時間がないんです。ここで他の人も治癒させてください」


俺は目の前の鬼人オークに視線を戻してそう言った。


「・・・・・・・ふぅ」


不意に彼がため息をつき、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。


「だ、大丈夫ですか!!」


血を流し過ぎたことによる貧血か、それとも毒の感染によるショック状態か。

頭の中に授業で習ったことが走り抜け、治療法が芋づる式に呼び起こされる。


だが、心配する俺を他所に彼は喉の奥で笑っていた。


「くくく・・・確かに、こんな状態で逃げるのは無理そうだな。もう、身体が動かねぇ・・・」


そして彼は俺を見上げて言った。


「この中で牢屋に最初に叩き込まれたのは俺だ・・・貧民街で襲われてここにしか駆け込むことができずにそのままここに直行させられた」

「あ・・・」

「俺が最初だ。俺も・・・間に合うかねぇ?」


そう言って彼は笑っていた。

ヴァンパイアとなり果てるかもしれない事実を知ってなお笑っていた。


鬼人オークや獣人はいつだってそうだ。

辛い時、キツい時、不安な時。

それでも心に余裕を作って無理矢理にでも笑ってみせようとする。


そして、なによりも、彼は俺の言葉を信じてくれたのだ。

信じて、鍵を手に入れてなお逃げずにここで治癒を受けることを選んでくれた。


だったら、俺はその期待に応えるまで。


俺はダダネへの水球が全て流れ落ちたのを見届け、すぐさま行動を開始した。


「怪我はここ以外はないですか!?腹や胸の痛みは!?」

「ないよ」

「服脱がせ・・・ダメだ!!もう服切りますよ!いいですね!?」

「おう・・・」


俺はすぐさまビヌの方を振り向いた。

彼女はこの状況下でどうすべきかわからずに手持ち無沙汰の鍵束を指先で回していた。


「ビヌ!手伝ってくれって言ったろ!!」

「えっ、あっ、えっ、えっと・・・」

「早く彼等の枷を外して話を聞いてくれ!」

「あ、ああ・・・そ、そうだな・・・それで、やっぱ逃げねぇの?」

「当たり前だろ!!!」


彼女は俺の剣幕に押されたかのように「お、おう」と呟き、言われた通りに動きだした。


俺は改めて目の前の男性の傷を診る。


ヴァンパイアの毒への治癒を優先すべき事態ではあるが、彼はそれ以上に血を流しすぎている。毒を浄化して、出血多量で死なせましたじゃ洒落にもならない。

とにかく、血を止めることが先決だった。


俺は傷口の血を水魔法で洗い流す。


「これは・・・」


俺は絶句してしまった。

その傷は肩口から肉をごっそりと抉り取られたような酷い有様だった。鎖骨が露出し、洗い流す傍から血が流れ落ちていく。腕が動かないことをみると、傷は神経にまで達しているかもしれない。

この怪我のままずっとこの地下牢にいたことを考えれば、生きていることの方が不思議だった。


「よく・・・立ってられましたね・・・」

「俺達は人間風情よりも頑丈なんだよ・・・」


俺はこの時ほど、自分がチート能力のような『神魔法』を与えられたことに感謝した。

普通の『聖魔法』による傷の治癒なんかでは間違いなく追いつかないような傷だった。


俺は素早く心臓で練り上げた魔力を両手に移し、彼の傷を一気に修復していく。目の前の傷口の断端の肉が盛り上がり、新しい皮がその上を覆っていく。時間を早送りしているかのような傷の修復速度は『神魔法』の特権だった。


1分足らずで傷の治癒を終える。


その驚異的な速度の治癒魔法を見て、彼は何かに気づいたようだった。


「・・・あんた・・・まさか・・・噂の『神魔法の・・・」

「違いますよ。俺は魔法学園治癒魔法科に所属するただの一年坊主ですよ。一人に浄化魔法を注ぎ込むだけで疲れ果てるような落ちこぼれです」


神経の治癒までできたかどうかを確認している余裕はなかった。

俺はすぐに彼の腕を縛って、血管を怒張させた。

水魔法で水球を空中に浮かべ、浄化魔法を注ぎ込み、針先を作って血管に刺し入れる。


その時、他の人の枷を外してまわっていたビヌから声がかかった。


「お、おい、この人たち、どれぐらい前に怪我したかわかんねぇって言ってるんだけど・・・」

「牢屋に入れられた順で並べて!そこから怪我してから牢屋に入れられる時間を逆算するんだよ!!」

「え、えと・・・逆算?」

「とにかく、牢屋に入れられた順でいいから!!」


俺は血管の奥まで針を差し込み、魔法で固定する。


「あっ・・・そういえば、名前聞いてませんでしたね。俺はアギリア・スマイト・・・あなたは?」

「ググルゲ・ハルト・・・」

「わかりました。もし、浄化魔法が間に合わなかったら・・・」

「ヴァンパイアの眷属になるのか・・・へへ・・・そうか・・・」


そう言って笑うググルゲに俺は何か声をかけるべきか一瞬悩む。

だが、結局何を言ったらいいかわからずに口を閉じてしまった。


「おい、アギリア・スマイト。何をしてる。ここにいる連中を助けてくれるんだろ?はやくしてくれ」

「・・・・・・はい!」


俺はビヌが並べてくれた彼等の方へと駆け出した。

話を手早く聞き、怪我を負った時間をおおよそで把握して彼等の優先順位を並び替えていく。

そうこうしているうちにググリゲへの点滴は終わり、次の患者へと魔法を注ぎ込んでいく。

点滴を落としている間には、他の人の傷を診てヴァンパイアに襲われたかどうかを把握しながら治癒をほどこしていく。


あいにくと使い慣れた『神魔法』程度なら水球の魔法を維持しながらでも使用可能だった。


「ビヌ!この傷、この赤くなってる斑点がヴァンパイアから受けた傷の証拠だから、向こうの人達にこの傷がいない確認して!」

「あ、ああ・・・で、いたらどうすんだ?」

「こっちに並べるに決まってるだろ!ヴァンパイアから毒を受けている人は一人残らず治癒魔法を注ぎ込まないと死ぬんだ!!」

「そんな怒鳴んじゃねぇよ、ったく・・・」


俺は額の汗をぬぐいつつ、次の患者へと向かっていった。

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