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タイムシェイパーFOLS  作者: 時野 京里
第二楽章 θ
51/113

彼の力になりたくて4

「えっと、エン君。君は私の仕事、FOLSについて知りたいという事なんだよね?」

 クシイは至って自然に、フレンドリーに話しかける。ぱっと見は本当に『良いお父さん』という感じだ。

 まさかクシイがここまで演技が上手いとは思っていなかった。

「は、はい! そうなんです。えっと、僕、子供の頃に――」

 エンはそう言って、私が昨日聞いたのと同じ様な話をもう一度話し出す。

 子供の頃、とある事件に巻き込まれた時にFOLSと出会い、それ以来憧れているという話だ。

 その後、エンはFOLSについていくつかの質問をした。

 どのような組織構成をしているのかとか、普段は何をしているのかなどだ。

 そして、たぶんこれがエンにとっては一番重要であるのだろう。どうやったらFOLSに入る事ができるのか、だ。

 クシイはすらすらとそれらの質問に答えていった。もちろん機密もあるので深い所にはノータッチで、話せる範囲でとりあえず納得するであろう答えを言っていく。

 最後の質問も、本来はスカウト制なのだが、エンの夢を壊さないように優しい言葉を選んで答えていく。

 そう、エンでは到底スカウトなどされないだろうが……。


「ありがとうございました! 大変ためになりました!」

 小一時間程経ち、エンは満足した面持ちで帰路へとついた。

 私はクシイと共に、玄関からエンの後姿を見送る。

 暗闇にエンの姿が見えなくなったところで、

「ありがとうクシイ。これでなんとかなりました」

 深々と頭を下げる。

「困ったときはお互い様だ。とりあえず、中に戻ろう」

 笑顔で答えるクシイ。

 私は言われた通りリビングへと戻る。

「しかし、彼が言っていた事件ってのは何なのだろうな?」

 リビングに戻ったクシイは、やっと気が抜けるといった感じで、どっかりとソファーに腰を下ろす。

「そう言えば、そうですよね」

 クシイに言われて初めてその事に気付く。確かにそうだ。私達の事を知る事になったその事件というのは?

「記録にはそんな物はなかったと思うのだが…だとしたら、報告されていない程の 小さな接触なのか…。否、もしや……これから起こる事…なのか?」

 その呟きは、私に言っていると言うよりは、ただクシイが自ら確認しているものだ。

 その後、しばらくクシイは黙り込んだままだったが、私にはどうしても聞いておきたい事があった。

「クシイ、それよりもエンのアルドについてなんですが…」

 昨日からずっと聞こうと思っていた事だ。

 エンの言っていた事件も気にならない事はなかったが、今はこっちの疑問の方が遥かに大きい。

 クシイの眉毛がぴくりと動く。

「気付いたと思うんですけれども、彼のアルドは殆ど無い…いえ、有る事は有るんですけれどもほんとうに極わずかで、小さな虫と同じかそれよりも小さい。こんな事って有るんでしょうか?」

 少なくとも、私は今までにそのような人間を見た事はない。

「無い、とは言い切れないな」

 まだ何か考えている途中といった感じのクシイだったが、私の質問にはすぐに答えてくれた。

「どういう事です?」

 私は先を促す。

「そういう人間がいてもおかしくはない、という事だ。私達の様に普通の人々よりも大きなアルドを持っている者がいるのならば、その逆の者がいてもおかしくはないだろう?」

 そう言われてみればそうだ。けれどもアルドが無いという事は、そう簡単に済まされる問題ではない。生きていく上で最低限必要な量というものが、生き物毎に決まっているのだから。

 クシイは私の言いたい事を悟ったのか、

「奇妙なのは、その量が人間に必要な量を遥かに下回っているという事。ただそれは、単に死に繋がっているという訳じゃない。たとえば体が不自由だったり、知能の発達が遅くなったり…」

「そういえば、彼の運動能力は平均よりも遥かに劣っているというデータを見た様な記憶が…」

 その私の呟きに、クシイはニッと笑みを浮かべ、

「納得はいったか?」

 と、ソファーから立ち上がる。

「特に何かあるって事じゃないだろう。彼は生まれつきアルドが少ない、ただそれだけの事だ。まあ、彼の夢は叶いそうも無いってだけだな、問題が有るとしたら」

 FOLSに入りたい、というエンの思いの事だろう。

 確かに彼のアルドではスカウトなど到底無理な話だ。気の毒だな、と思うのは同情というやつなのだろうか…?

「じゃあ、私はそろそろ行くよ。昼の件、何時動きがあるか分からないからな」

「あっ、はい、今日は本当にありがとうございました。私も何かあったらすぐに動けるようにしておきますので」

 すぐにでも消え去ろうとしたクシイに、私はあわてて頭を下げる。

 礼も言い終わらない内に帰られてしまったら、わざわざ忙しい中時間を作ってくれたクシイに申し訳ない。私のミスの後処理に付き合ってもらったのだから。

「ははは、何もないことを祈っているよ」

 クシイはそう笑い声を残して消えていった。

「ふうっ」

 私は大きくため息をつく。安心したせいか、疲れがどっと出てきて急に眠くなってきた。

 私は机の上に残っているコップを片づけると自分の部屋へと戻る。

 ベッドの上に横になると、

――――僕さ、実はFOLSにずっと憧れてたんだ――――

 不意にエンの言葉が頭に浮かぶ。

 何でこの言葉が頭に浮かんだのかは分からない。けれどもまどろみの中、その言葉が幾度となく頭の中に響いていた……。


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