幼馴染と転校生5
一、二分も経つと気持ちも大分落ち着いてくる。
けれども、今度は自分の行動がバカらしく思えてくる。周りに振り回され、勝手に落ち着きをなくして大声出して…。
「屋上にでも行って、頭、冷やしてこよう」
上へと続く階段を見つめ、私はそう呟いた。
屋上というのは、この学校の場合、一般的には西棟の屋上を指す。何故なら、西棟の屋上は自由に出入りできるように開放されているのに対して、東棟の屋上は普段はカギが掛けられ、出入りが禁止されているからだ。
けれども、私が足を踏み出したのは東棟の階段である。そう、私にとっての屋上というのは東棟の屋上を指すのである。
では何故、出られないはずの屋上に向かうのか。
答えは簡単。私は東棟の屋上に出ることが出来るから。そして、普通の人は出られないため、本当に私一人きりになれるからである。
淡々と階段を上って四階を過ぎ、屋上への出口にたどり着く。
基本的に、学校内のカギというカギはアルドによって管理されている。それぞれのカギに、例えばこの屋上の扉だとすると、校長や教頭、生活指導の先生なんかのアルドが登録してあって、その人が扉の取っ手に触れることでセンサーが反応し、カギが開く事になっている。
私も詳しく知っている訳ではないけれども、アルドというのは一人一人指紋の様に異なっていて、同じものを持っている人はこの世に存在しない、という位千差万別らしい。
感度の悪いセンサーは似た様なアルドにも反応してしまう事もあるが、感度の良い最新の物を使えば、本人以外のアルドには絶対に反応しない。ということで、最近は社会的に普及してきている。
そうはいっても万能ではなく、犯罪者は、アルドを識別する元の部分にハッキングしてセンサー自体を効かなくしたり、自分のアルドを登録したりしてカギを解除するため、犯罪はなくならないのだが。
中でも、アルドを登録してしまうと後から不正に利用されているのが発見され難いのがこのシステムの大きな欠点になる。その分、アルド登録のシステムは厳重になっており、おいそれと追加登録出来る仕様にはなっていないのだけれども。
そして、何故私がここの屋上に出られるのかというと、私のアルドもこのカギに登録されているからである。といっても、それは故意にやった訳じゃなくて、偶然登録されてしまったからな訳だが。
それに関しては話すと長くなるので置いておいて、そんな訳で、私が取っ手に触れると難なく屋上への扉は開く。
春の暖かい日差しと共に心地よい風が吹き込んでくるのを感じながら、私は屋上に出る。そうして、扉を閉めてしまえばもうカギは元通り。
「ああ、気持ちいいわ」
私は周りの目など気にせずに手すりに寄りかかると、大きく伸びをする。
職員室や会議室など、放課後先生が居そうな場所はすべて東棟の一階にあるので早々見つかる心配はない。そもそも、東棟の屋上を見上げる様な人などほとんどいないのだ。
そうした所で、振り返って西棟の屋上を見下ろすと、人影が二つ、目に入った。
西棟と東棟は同じく四階建てであるにもかかわらず何故見下ろすのかというと、高台の上に建っているこの学校、西棟の方が少し低い位置に建っているからだ。
けれどもそんな事、今はどうでもいい。
気になるのは、私に背を向けた格好で話をしている西棟屋上の男女。
「何であんな所に二人きりで…」
一気に気持ちが落ち込んで行く。
そう、私が目にしたのは他でもない、先程教室を勢いよく走り出していった二人、エン=スガムラとシータ=コバヤシである。
「何、話してんだろ…」
二つの背中を見つめながら、いつの間にか私はそう呟いていた。
さっき教室を出ていった時から、十分以上経っている。それなのに二人は未だ、離れずに並んで会話を続けている。
気晴らしに来たはずなのに……。いつの間にか……下り坂の胸中。
「いつまで話しているのよ」
睨み付ける様な視線を二人に向け、私はそう呟いた。
エン達を見つけてから、もう既に五分以上が経過している。その間中、私は二つの背中を見つめ続けていた。
気分は最悪。はっきり言って屋上なんか来なければ良かったと思っている。かといって、二人から目を反らすこともできない。
「ハァ…一体何やってんだろ」
ここでこうして見ていても何がどうなるわけでもない。
二人が話していることが聞こえるわけでもないし、二人が…何かしようとしても止められるわけでもない。
いや、聴こうと思えば会話を聴けないこともないが……そこまでしたくない。
と、やっと二人に動きが。
エンが屋上の入口の方へと歩き出す。そして、扉の前で振り向くと、手を振って校舎内へと入って行く。
一方コバヤシさんの方は手を振って返すと、エンが校舎に入ったのを確認し、周りを軽く見回す。すると、何かを取り出し耳元にあてる。
「何だろう…?」
周りを見回したあたり、なんだか怪しい。
といっても、見たところ取り出したのは携帯電話だと思うのだけれども……。
数分後、コバヤシさんは校舎へと戻り、私もその場に止まる気になれず、胸中穏やかじゃないままに校舎へと入っていった。




