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「キーン、カーン、カーン、コーン」
本日最後の授業が終わり先生が教室を出て行くと、教室内は騒然となる。
「う~ん!」
私は一つ伸びをすると、教室をぐるりと見回す。
これまでと変わらない日常の風景。けれども、私は――
「ミーズホ! どうしたの? ぼけっとして」
不意に背後から声をかけられ、慌てて振り返る。
「ア、アミ? も~びっくりさせないでよ」
「びっくりって、普通に声かけただけじゃない。ぼけっとしてるなんて、何かミズホらしくないなぁ」
いつの間にか私の後ろに立っていたアミはそう言って首をかしげる。
「そ、そんな事ないって。ちょっと考え事してただけだから」
両手を振りながらそう答える。
けれどもアミは納得していない様で、
「本当に~? でも、ミズホこの前からちょっと様子が変だよ? 一週間前の事件の後からさ」
その言葉に、私はどきっとして返事を詰まらせてしまう。
すると、アミは続けて話し出す。
「ミズホは何も無いって言ってたけどさ、あの後、本当は何かあったんじゃないの? 三日間の臨時休校が終わって学校に来てみたらさ、あの時の爆発の跡とか跡形も無くなってるし、先生達も何も教えてくれないしさ。ミズホの様子がおかしいのも何か関係があるんじゃないのかなぁ?」
何も無かったなんて嘘だ。でも、それをアミに話す訳にはいかない。ううん、他の誰にも話す事は出来ない。
けれども、私は隠し事が本当に不得意だ。
「ほ、ほんとに何も無かったって。この前も言った通り、あの後私もFOLSの人に捕まっちゃってさ。家に追い返されちゃったんだよ」
不自然にうわずった声でしまったと思いながらも、それを隠す様に話し続ける。
「それにしても、エンも無事で良かったよ。あの時、学校に閉じこめられていたみたいだけれど、事件の犯人とかとは関係なかったみたいだし。うんうん、本当に良かった」
アミは黙ったまま、視線で何かを訴えかける様に見つめてくる。
流石にわざとらし過ぎたのかな…でも、隠し通さなければいけないんだ。
あの後、FOLSの本部にまで連れて行かれ、その上、エンと共にFOLSの隊員にまでなってしまったという事は。
「ま、いいわ。ミズホがそう言うのならそうなのよね。でも、何か悩みがあるんだったら遠慮しないで話してよ。私じゃ力になれないかもしれないけどさ、人に話すだけでも気持ちは楽になるものだし」
そう言って微笑んだアミの笑顔が嬉しくて、私は思わずアミを抱きしめてしまう。
「ちょ、ちょっとミズホ!」
驚いたアミの叫びに、これまた思わず笑いが込み上げてくる。
「あはははは! ホントありがとね、アミ。でも今は悩みとかないからさ、そんな心配しないでよ」
「もう、ミズホ! …ま、でもいつもの調子が戻ってきたみたいね」
アミは偉そうに腕組みをしながら満足そうに頷いた。
と、そこで、
「あっ、そうそう。一緒に帰らないかって誘いに来たんだったんだけど、どう?」
そうそうって、忘れていたのか。
全くこの娘は…本当に良い娘なんだから。
ちょっとでも様子がおかしい人がいると、すぐに気が付いて元気付けようとしてくる。私が男子だったら絶対に彼女にしちゃってるわ。
大学生の彼氏が居るのは有名だけど、どうして同学年の男子連中には人気が無いのかしら。
などと思っていると、
「おーい、なに笑ってるのよ! どうするの?」
しびれを切らしたアミが返事を催促してくる。
「あーごめん! 今日もバイトが入ってるんだ。だから一緒に帰れないの。ごめんね」
私は全力で頭を下げて謝る。
「そっかぁ。バイトじゃあしょうがないね。にしても、最近ミズホはバイト多くない? 何か欲しい物でもあるのかな?」
確かにあの事件以来、バイトだと言う日は多くなっている。でも、この理由もはっきりと答える訳にはいかない。
「あはは、お金がすぐに必要って訳じゃないんだけどね。勤労の喜びに目覚めたっていうかなんていうか」
笑いながらそう言って誤魔化す。
「そっかぁ。まぁ楽しんでやれてるなら良いけどさ、たまには友達と語合う時間ってのも大事だと思うよ。じゃ、バイト頑張ってね。また明日!」
「うん、また今度ね」
笑顔で手を振って去って行くアミ。
教室の外へと出て行くのを見届けた後、私は「ふぅー」と息をついて席へと腰を下ろし、
「バイトと言えない事もないけどね、一応」
小さく呟く。
またアミに嘘を吐いてしまった事に対するせめてもの言い訳。
この後、私はFOLS本部に行く事になっているのだ。




