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19.職場見学1=人外生産所+ド変態の集い (前編)


「たのもぉ~」


やってきました!!鍛錬所。

道場破りさながらのセリフでいざ突撃です。



餅つきの時に焚迅さんと橙軌さんに誘ってもらえたのを本気の言葉と受け取った。(詳しくは第9話参照)

日本人のよく言う“社交辞令”なんてオチだったのだとしてもそんなもん知らん。

言ったからには責任を持て。


敵陣へ乗り込むかの如く、気合を入れて勇ましく参ります。

何故って?燕浪さんいわくココはソウに次ぐ“ド変態”の集まりらしい。

(←大事なことなので二度言っておく、“変態”ではなく“ド変態”だ)

私を近づけさせたくない筆頭たる場所だったようだ。

目付きや手つきが少しでもおかしい不審者がいたらすぐさま香麗さんを楯にするように、との厳重注意を受けた。

それでも防ぎきれないなら(香麗さんがいる限りそんなことにはならないと思うが)、急所を蹴り上げるように、と手ほどきを受けました。

鬼の急所も人間の男と同じようです。

ちょっと大げさに言っているだけだとは思うけど……。

毎朝顔を突き合わせているあの御仁よりも怪しさ満載の不審人物はそうそういないだろう。

あれ以上がいんの?もうすでに満腹だっての。


本日の私のお供には香麗さんの他に凛咲さん。

凛咲さんはどうやら一足先に行ってて“悪い虫”を退治しておいてくれるそうだ。

(←連日の自分の弟との喧嘩で溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのが主な目的)

“悪い虫”がどの程度を指すのかイマイチわかっていない私には何とも言いがたい。

焚迅さんと橙軌さん、餅つきのメンバーを見ている限りそんなに危険はないように思うんだけど。

まぁ、人は見かけで判断してはいけない。

見てくれにと中身が一致しないことって……あるもんね……。(遠い目)



ここに行き着くまでに朝から一試合繰り広げた。

ソウと燕浪さんにどうにかこうにか鍛錬所へ私が行くことを止めさせようとあの手この手で説得を試みてきた。

今までは果物狩りだとか最後は渋々ながら折れて許可してくれたってのに今回はしつこかった。

両者ともに結構な年のハズなのにやっているその手法の子どもじみてて汚いのなんの。

小賢しく悪知恵が付いている分、質が悪い。


「私たちを心配させて楽しいですか?ミーシャの為を思って止めているんですよ。」

「…………………………」


手法その1;切々と訴える。(警備部隊面々のド変態ぶりを暴露してくださった、ちょっと涙目になった)



「そういえば今日届く、お菓子があるんですよ。日持ちもしないので今日食べないとね。とても人気でめったに手に入らない一品なんですよ。」

「…………………………」


手法その2;物でつる。(1年前から予約必須、季節限定の超絶貴重なお菓子をチラつかせてきた、涎が垂れた)



「行くなんて我侭言いませんよね?」

「…………………………」


手法その3;脅す。(無言で黒い部分をふんだんに垂れ流した微笑を向けられた、体の芯から冷えた)



そこへ現れたのが救世主、凛咲さん。

見慣れた手立てなんだが、これの威力が大きいんだよ。

凛咲さんの登場があと5秒でも遅かったら首を縦に振っていた自身があるね。

危ない、危ない。



「何を朝から揉めてるわけ?」

「凛咲さぁん、いいところに!!ソウと燕浪さんが脅してくるんだけど!!」

「は?なんでまた?」

「鍛錬所に行ったらダメって。ついには無言の圧力まで掛けてきて!!ちょっと酷くない?!」

「ミーシャが一言“行かない”って言ってくれたらいい話だよ!!この滾るほどの心配な気持ちをどうしてわかってくれないの?」

「うっさい!さも私が悪いみたいに言うんじゃない!!単に自分がかまってほしいだけだろうが。」

「そんなわけないでしょ。ミーシャのことが心配なだけだよ。」

「じゃぁ、さっきから手がワキワキと動いているのはなんでだ?!言動がちっとも一致してないし!!」

「あそこにいるのは本当に危ない連中なんですよ。ミーシャが恐い目にあうのを黙って見過ごせるわけないじゃないですか。」

「でも焚迅さんや橙軌さんに危険性なんて感じなかった。親切だったし、仲良くなったんだから。」

「そんなもん信用できますか!!先日だって護衛を頼んだのに、あろうことか王と拙い見栄の張り合いで麒麟を走らせ、ミーシャを怖がらせたでしょう。一体何の為に同行させたんだがわかりゃしない。」


そう言って燕浪さんはソウをも睨みつける。

まぁあれは確かに酷かったけどさ。

私からの泣きの告げ口と香麗さんからの詳細な報告でソウと橙軌さんに何が起こったのかなんて知りたくもない。

あのピクニック後、ソウと顔を合わすことはなく、次に会ったのは翌日の夕食。

廃人(廃鬼?)と化した姿に何があったのかなんて聞ける勇気を持ち合わせてはいなかった。

おそらく橙軌さんも同様の目に合ったと思われる。

私の味わった恐怖と比べたら燕浪さんからの怒りの鉄槌なんてかわいいはずだ、……たぶん、……きっと、……うん。


「あんたらねぇ……、まったく。あいつらに会わせに行くのが心配なのもわからなくはないけどね。過保護にしすぎると逆に相手から疎まれるよ。それでもいいの?」

「ぐっ…………。」

「しかし…………、」

「わかった、わかった。先に私が向こうへ教育的指導を施しておくってのは?それならかまわないんじゃない?ミーシャは時間を置いて後からゆっくりおいで。それまでに片付けておくから。私も体を動かしたかったところだし、あいつらの力がどれ程になったか一度見ておきたかったしね。ここいらで妥協しとくのが良策だと思うけど?」

「すぐに立ち直れるぐらいなら意味ありません。」

「わかった、わかった。深淵を見せたらいいんだろう?」


『深淵ってなんだ?』なんて藪蛇なことは言わないさ。

我が身を守ることに掛けての機器察知能力の高さは自負しておりますゆえ。


「それなら……、まぁ……。」

「決まりね。ミーシャ良かったね。」

「ありがとう、凛咲さん。」


『それで納得するんだ』とかも言わない。

納得させることが出来るほどの“過去の実績”とか考えたくない。


なんて超強力な助人。

凛咲さん、なんて頼りになるお人、いやお鬼?

ソウだけならまだしも燕浪さんまで黙らせることができる鬼なんて今までいなかった。

ステキだ、(前は“女王さま”と呼びたかったが)“おねぇさま”と呼びたい。


泣きべそをかいているソウを捨て置き、燕浪さんの無言の笑み&視線に必死に気付いていないフリをして出発と相成ったわけですよ。




鍛錬所は母屋とは別で屋敷の外れに位置していた。

私にはあまりにも広すぎて移動するのにも結構な体力を使うこの屋敷では鍛錬所へまでの道のりは遠かった。

体格差の理不尽さは日常に至る所にある。

最近は私専用の日常品を揃えてくれているおかげであまり感じることがめっきり少なくなっていた分、久々に感じるこの屈辱感。

悔しい、これでもデスクワーク時代よりも体力はついていると思うんだが。


そりゃぁしょっちゅう抱き上げられて移動しているけど。

ん……?それって結局自分の体力使ってないってことか?

いやいやいや、日々くたくたになって寝ているんだから体力を削られているに違いない。

ん……?削られているのは気力か?

いやいやいや、そんな、まさか、……ねぇ?


いつも使用する廊下の長さなんかは日常の光景としてなっていた、慣れって怖い。

幾つ角を曲がり、どれだけの廊下を渡ったのか、そんなものは最初のうちに考えるのを止めた。

初めて通る廊下や曲がり角もあり、初見で覚えるなんて絶対に無理。

断じて!方向音痴だからというわけではない!!




辿り着いたところは学校の運動場のような広さほどもある体育館のような造りの建物。

外から見ると余りの広さにくらくらするけれど、中を覗くと警備部隊という仕事柄のせいか特に体の大きい鬼たちがひしめき合っているので広さは感じない。

むしろ狭そう。

そして暑苦しい上に、汗臭い。

あれだ、剣道の防具を脱いだ後のような無性に鼻を背けたくなる耐え難い臭い。

うっ……、早くも来たことを後悔してきた。

ファ○リーズを撒き散らしてやりたい。

いや、それでは足りないな。

ファ○リーズ液体に突っ込んでやりたい。



入室するといち早く気付いた凛咲さんがぱたぱたと駆け寄って来てくれた。


「来た来た、ちょうどよかった。今終わったところ。全員に活を入れといたから安心して。これでヘタなことをしでかそうなんて気概のヤツはいないと思うわ。骨の髄まで叩き込んでおいたから。」


何にどう安心を感じろと?!

すっきりさっぱりしたイイ笑顔を向けてくれるが、その背景に背負っているものは壁際に死屍累々と折り重なっている物体たち。

“何も見ざる、言わざる、聞わざる”で貫こうじゃないか。


「凛咲さん、いい運動?できたようでよかったですね。」

「ちょぉ~っとまだ物足りない感はあるんだけれど、仕方ないわね。実力差と自分たちの不甲斐なさを十分思い知ったでしょ。まだまだなまっちょろいわね。」

どう返答しろと?

これでも物足りないんだ。


「全員死地へ追い遣ったのですか?少し手緩い様な気も致しますが。」


こらっ、香麗さんもさり気なく恐いこと言わない!!

白目剥いて口から泡を吹いている死人にこれ以上の無茶をさせる気か?!

あんたら鬼か?!


………………、そういや鬼だった。


私が間違っていたということでしょうか。

優しさってそれぞれいろんな形があるってことだね。


「ここにいた連中はみんな捻り潰したけれど、これ以上は、まぁさすがにね。」

「そうですか。お許しがいただければ私が殺りますが?」


香麗さん、『代わりに“やる”』の意味が違ってませんかね?

死人にムチ打つのは止めてあげて!

凛咲さんが折角トドメをさすのを控えたってのに意味なくなっちゃうから!!


「それにここに連中全員に加えてアイツ等も、というのは私には無理だったわ。」


アイツ等?

そういえばここへ来ることを誘ってくれたお二方は?


「よう、やぁっと来たか。今か今かと待ってたんだが、この状況だとミーシャが来てるってことをわかってねぇだろうなぁ、あいつら。」


香麗さんの言葉を引き継ぐように現れたのは、奥から汗を吹きながら近付いてきた橙軌さん。

相変わらず飄々としていて、その顔に疲れは見えない。

橙軌さんの微苦笑を浮かべながら後方を見やる視線の先を追うと、焚迅さんが死体の山に水をぶっ掛けているところだった。

死体から呻き声が上がろうがなんのその。

さり気なく足で頭を蹴り飛ばし、ぐりぐりと抉るように腹を踏みつけるのはどうかと思います。

カエルの潰れた様な声が広い道場に響く。

容赦のない……、そして誰も止めないんだ……。


「橙軌さん、湖への散歩以来だね。元気そうでなにより。」

「あぁ、……そうだな。」


遠い目をして答えるところを見る限り、相当なことがあったと思われます!

でも聞きません、聞き出せません。

そんな視線をする原因の一端を担っている身をしましては罪悪感なんて微塵もありませんが触れないでおこうと思います。


「また連れてってね。もちろん麒麟たちの速さは落としてだけど。」

「ミーシャ、俺はあの日誓った。おまえは当分屋敷から出てくれるな。それが平和に繋がる。」

「えぇ~、なんでそんな意地悪言うのさ?!この前出掛けた湖は屋敷の敷地内だったじゃない!」


理不尽な。


「ダメだダメだダメだ!!敷地内でも屋敷内でなきゃ意味がねぇ。」

「引き篭もりになれっていうの?!殺生な!!」

「俺はあの日を思い出すと悪夢に魘されんだよ。頼むから春までは大人しくしててくれ。」

「言っとくけど、この前のはソウと橙軌さんが悪いんだからね。私は何もしてないからね。むしろ被害者だし!」


春って、今は秋だぞ。

冬をすっ飛ばしてんじゃないか。


「うるせぇ。あの後の恐怖……」

「それは、まぁご愁傷さま?」

「なんで疑問系なんだよ。」

「ミーシャ、真面目に聞く必要なんてないわ。自業自得なんだから。」


香麗さんは死人にムチ打つのが得意です。

ついでにかの顔面を踏みつけて引き伸ばし、ぐりぐりと地中に減り込ませるのが必殺技です。

皆様、この屋敷において“暗黒の2大巨頭”にはお気をつけください。

勿論もうお一方は言わずもがな、執務補佐殿でございます。


「俺って結構な扱いだよな。この警備部隊じゃぁ尊敬されてるんだぞ。」

「狭い世界の話をしたってしょうがないでしょ。私も話を聞いたけど明らかにアンタが悪いわよ。」

「橙軌、女性には逆らわない方がいい。」


焚迅さんが橙軌さんの肩にぽんっと手をおく。

男同士で通じるものでもあったのか?

香麗さんに凛咲さんのタッグでは男は勝てないらしい。

どこの世界でも男は女の尻にしかれるということだ。


「でもこの前のはオマエが悪かったと俺でも思うぞ。」


焚迅さんが橙軌さんへ最後にトドメをきっちり刺すのを忘れないからこそ、手綱を握っていると言われる所以だろうな。





「ミーシャ、こいつは普段からどうしようもないやつなのは間違いない。改善しようにも自覚がないんだからどうしようもないんだ。ある程度の諦めも持ってこれからも接してくれ。」


結構なこと言われてますけど?

常識人だと思ってた焚迅さんもなかなかの毒舌ぶりで。

橙軌さん限定な気もするけど。


「あの日は燕浪様に相当罰を受けたんだ。春とは言わないが少しの間だけでもこいつの願いを聞いてやってくれないか?」

「焚迅さんがそう言うなら。」

「おいっ!俺の時と随分反応が違うじゃねぇか?!」

「それはそうでしょう。」

「そうね、当然ね。」


香麗さんと凛咲さんの同意まで受けて橙軌さん撃沈。

しばらく浮上できないかも。

まぁ、いいか。

話が進まないし、無視しよう。



「橙軌さんと焚迅さんは生き残り?それとも生還者?」

「これでも一応隊長なんでな。凛咲にしてやられちまうわけにはいかねぇんだよ。副隊長の焚迅も同様にな。あいつらもちょっと浮かれすてた感はあったしちょうどいい締め付けにはなっただろ。」


隊長に副隊長だったのか。

橙軌さんが焚迅さんの上司に当たるなんて意外かも、逆なら想像がつくんだが。


「凛咲さんすごい!二人以外は全員伸したってことでしょ。かっこいい~。」

「ふふ、もっと褒め称えてくれてちょうだい。これでも剴暈と二人でいろんな場所を廻ってきたからね、腕っ節は自然と鍛えられるし、自信もつくわ。舐めてかかってくるバカ共を次から次へと捌いていかなきゃいけないからね。」

「えっ?!外ってそんなにも危険なの?」

「そんなに心配するほど危険ではないわよ。女ってことで舐めてられてるとしても危険に遭遇する率がなぜか高いのよね。こんなに品行方正なのにどうしてかしら?」


その言葉に目を逸らすこの場に居合わせる面々。

その表情から凛咲が言うように決して大人しいだけの行動をしてこなかった過去の業績を見た。

それに本当に品行方正な人物は自己申告しない。


「ちぎっては投げ、どついては脅し、回し蹴りをきめては絞め上げってね。大した敵ではないんだけれど、やっぱり邪魔なのよね。折角の愛しの旦那様との二人旅なのにしょっちゅう横槍が入って。イイ雰囲気に割入られた時なんて思わず……。終わった話は止めましょう。」

「うん。これ以上は遠慮させていただきます。」


その方が良さそうですね。

八つ当たりという名の報復は襲撃者たちを大いに後悔させたことだろう。


「ミーシャも外に出るときは十分気をつけろ。香麗が常に傍にいれるとは限らない。危険な目にあわないようにする第一の予防策は自己警戒だ。」

「うん。焚迅さん、有難い言葉なんだけど、水を掛けながらってのは……。」

「どうした?何かあるのか?」

「あれ?この状況に疑問を抱くのは私だけ?私がおかしい?!」

「ああ、こいつらの心配か?それなら必要ない。しぶといからな。」


そうですか、もう何も言うまいよ。


「どんなことしてるのか見てみたかったんだけどな。今日は無理そうかなぁ。残念。」

「ん?大丈夫だぞ。ちょっと休んだら復活するさ。心配いらねぇよ。だからわりぃけどちょっとだけ待ってくれや。」

「ちょっと休んだら……?」


あの屍状態で?

そんな短い時間で復活できるような状態には見えないが……。

いや、ここは人外魔境の地。

散々驚かされてきたんだ。


そういうこともきっと……ある!!

のかもしれない。

人の予想を散々裏切ってくれた実績から鑑みるところによると。




それから待ち時間の間に中を案内してもらうことに。


隣接している外演武場とやらには弓の的や、剣の打ち込みようの藁があるのはわかる。

それぞれが使い込まれてボロボロになっているのもわかる。

多少使い込みが激しく、ほぼ意味をなしていないような状態なのもわかる。

周辺の壁に出来た引っ掻き傷のような跡も、へこんでいるのも、剣技や体術故というのもまぁ……わかる。

けど、どうして地面が抉れるような事態になるのか、私の貧困な想像力ではわからん。


私の疑問を読み取ったかのように燈軌さんが答えてくれた。


「あの地面はちょっと勢いがつきすぎた結果ってやつだな。気にすんな。」

「よくあることだ。」


地面が鉤爪のような先の鋭いもので地面を掘り返したかのような痕跡。

相当な威力だったのか深さは場所によっては、深さ1mは余裕でいくだろう。

なんだこの海溝?

その跡が1つあるだけでも十分驚愕なのに所かしこにある、目に入るだけでも結構な数だ。

これがよくあること?どんな訓練?!

外演武場の端の方に植えられている木が折れているのに突っ込みを入れるべきか否か……。


まるっと無視をして次へ向かおうとするところで後ろから声が掛かった。



「隊長、全員回復しました。」

「おう。もうちょっとかかるかと思ったんだがなぁ。」

「待ちに待った日なもんで、全員根性で起き上がりました。」

「そうか、なら用意しておけ。すぐ行く。」

「はい、わかりました。」


要領を得ない会話を終わらせて伝令?は引き返して行った。

と、思いきや私の目の前ににこにことご機嫌な笑顔全開で立っている。


「はじめまして。自分は羅雅らがっていうもんっス。」

「はぁ、どうも。」

「隊長にずっと頼んでてようやっとこうして機会が巡ってきたかと思いきや、あの地獄の仕打ち。まったく容赦ないんスから。俺が一番に言葉が交わせるなんて!明日から自慢だぁ。」


何時の間にやら羅雅さんに握られている手。

あれ?この手はいつ私の主導権を離れた?


「遠くから見ていたのと、実際にこうして近くでお目にかかるのでは全然違うもんっスね!話に聞いていた通り何かもがこんまくて、特にこの手!!片手で握りこめちまうじゃないスか。」

「いや、あの、そろそろ手を……。ってひゃぁぁぁぁあぁ!!」

「それにこの背に、腰に、軽さ!!」


いきなり高い高いはないと思います。

この歳でそれは恥以外のなんでもないです。

それにぶんぶん振り回すなぁ~(泣)

そんでもって不安定さが怖い!


「羅雅、止めろ。怖がってる。」


焚迅さん、部下の躾はしっかりしといてくんないと。

地面に着陸できたその瞬間、香麗さんの足が羅雅さんの腹へと一撃が入った。

凛咲さんの『まだお灸が足りなかったみたいねぇ』という言葉に加え、ぐふぅっという悲鳴と共に後方へ飛ばされた羅雅さんへの同情はない。

地面に四肢をつき、息を整えている上から橙軌さんが冷たい声を掛ける。


「オマエ、いつまでそうしてる気だ?」

「いいじゃないっスカ。隊長たちばっかずりぃっスよ。どんだけ俺らが願ってたか知ってるじゃないスか?」

「で?ソレが今、オマエがやらなきゃならん仕事か?」


橙軌さんの澄んだ水色の目が冷ややかな光を帯びる。

一瞬で纏う雰囲気が研ぎ澄まされた。


「失礼いたしました。すぐに準備してキマス。」


目は口ほどに物を言うってことかな。

橙軌さんの一睨みでまたたく間に引き返して行き、姿が見えなくなった。

嵐のようだった。


「それはさて置き……」

「さて置いちゃうんだ……。」

「悪かったな。アイツは口から生まれたと思うぐらい軽いヤツだが、悪いヤツじゃねぇ。」

「だろうね。だって握ってきた手は力加減をちゃんと考えてくれていて、優しかったから。」

「そうか。」

「ソウなんてそれは酷かったんだから。今はマシだけど、最初の頃なんてさぁ。こっちの背骨が折れそうになるくらい絞めつけてくるし、抱き上げてきたと思ったら天井に頭をぶつけてくるし。」

「そういや、あの頃遠目に見ても包帯をしていない日の方が珍しかったな。」

「見てた?」

「そりゃ警備してんだから見かけることはあったさ。」

「手を引っ張っられれば、腕が抜けるかと思うぐらい力が強いし。そんなのが何回もあったんだから。体の作りが違うって言ってんのに。1回で覚えろっての!だから羅雅さんが思い遣りのある人物だってことぐらいわかるよ。」


香麗さんが後ろから軽く肩を叩き、肝心なことを思い出させてくれた。

横でしみじみと凛咲さんも頷いている。


「ミーシャ、王の無知蒙昧さを嘆いても今更よ。」

「そうだったよね、香麗さん。三つ子の魂百までって言うしね(百どころじゃない)。」

「あいつは昔から頭がお花畑になると周りが見えないのよね。もうどうしようもない鳥頭だもの、諦めるしかないわ。」

「凛咲さんも昔から苦労してるんだ。」

「言いたい放題だな、おい。」


『いつも通りの会話だけど?』と返せば、『王に同情するぜ』と橙軌さんの哀れみの視線を浮かべた。

なんで?




「で?何が始まるの?」

「行ってからのお楽しみだ。」


にやっと悪の親玉のような笑みを浮かべて不適に嗤う橙軌さん。

何かを企んでいるような悪戯っ子のような目をしてはいるが、どうにもこうにもこれから何かが起こる。

この数ヶ月で培われた危機察知能力が脳内でけたたましく警笛を鳴らしている。

私にはお世辞にもこの状況で『楽しみだ』と答えることができなかった。






珍しく続く!!



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