二十枚目 MISSION START
「ただいま深夜二時。ここが、あの有名な北山信玄の首塚です……」
男は声を潜め、自撮り棒に取り付けたスマホの画面に向かって話しかける。
「ここで騒いだりすると呪われるらしいんですよね。もしかしたら、配信している俺も呪われるかも……」
男は自撮り棒を地面に置き、スマホのカメラを首塚へと向けた。
「いえーーい! 呪いだってさ! やってみろよ!」
男は突然大声を上げ、苔むした石造りの首塚を蹴りつけた。
「出てこいよ! 北山信玄! 配信者舐めんなよ! おい!」
男は何度も首塚を蹴りつけ、供えられていた物まで次々と蹴り飛ばしていく。
「はあ、はあ、はあ……」
ひとしきり暴れた男は、息を切らしながら地面に置いた自撮り棒を拾い上げた。
「というわけで! ここから本当に呪われるのか、毎日配信していくんでチェックしてねー!」
男はスマホの画面に向かって満面の笑みを浮かべ、手を振った。
*
「ふぁ……」
深夜二時過ぎ。
イタミの住む街から電車で一駅離れた場所に、小さな神社がある。
駅前にありながら、深夜の境内は静まり返っていた。
その一角に、苔むした石造りの首塚がひっそりと佇んでいる。
首塚の前にある石段に腰掛け、イタミはスマホを眺めながら大きく欠伸をした。
「人間なんて馬鹿ばっかだな……」
痛みは呆れたように呟く。
「で? お侍さんはどうしたいの?」
「……」
甲冑姿の男は顔を強張らせ、イタミを睨みつけた。
「貴様には関係あるまい」
低く、凄みのある声で吐き捨てる。
「ふふふっ。そんなこと言って、あなたに何ができるの? ここから動くこともできないのに」
その言葉に、甲冑姿の男は刀を抜き、イタミに斬りかかった。
「……!」
痛みは思わず距離を取る。
しかし、首塚の石段に腰掛けたイタミは、微動だにしなかった。
「……なぜ、お主を斬ることができぬのだ」
甲冑姿の男は刀を握ったまま、イタミを睨みつける。
「イタミだから」
イタミは笑顔でピースサインを向けた。
「ふざけおって……!」
男は刀を握る手に力を込める。
しかし、目の前の娘を斬ることができない。
「……面妖な娘だ」
男は忌々しそうに刀を鞘へ収めた。
「動くこともできないんだから、大人しくイタミの言うこと聞きなよ」
「お主に何ができると言うのだ……」
「復讐のお手伝い」
イタミはスマホの画面を男に向けた。
そこには、先ほど首塚を荒らしていた配信者の顔が映し出されている。
「お侍さんはここから動けないんでしょ?」
「……」
「イタミに取り憑けばいいじゃん。そうすれば、ここから出られるよ?」
「……」
男はイタミと痛みを交互に睨みつけた。
「そこの者は、某と同じ存在だな」
男は痛みを指さす。
「ああ、あんたと同じ悪霊だよ。北山信玄」
「ふん……よかろう。ならば、某の手足となって働くがよい」
信玄は腕を組んだ。
「もちろんで御座いますー。ははあー」
イタミは両手を上に伸ばし、ふざけた様子で頭を下げる。
「……」
痛みは黙ってイタミを見つめていた。
*
深夜の住宅街を、一台のタクシーが走っていた。
「このあとはどうするのだ?」
イタミに取り憑いた信玄が問いかける。
「果報は寝て待てでござる」
イタミはスマホを眺めながら答えた。
運転手は青ざめた顔で、バックミラー越しにイタミをちらちらと見ていた。
「お客さん……その格好、高校生だよね? こんな時間まで出歩いちゃ駄目なんじゃないかな?」
「……」
「いや、おじさんもね、お客さんくらいの娘がいるから心配でね……」
「この男は何を喋っておるのだ?」
「無視していいでござるよ」
「えっ?」
運転手は怪訝そうな顔でバックミラーを覗いた。
「お客さん、もしかして視える人? なんかね、お客さんが乗ってから、おじさんずっと寒気がしてて……」
「……目的地、ここなんだけど」
「あっ!」
運転手は慌ててタクシーを停めた。
そこはイタミの家の前だった。
タクシーのドアが開くと、イタミは車を降りた。
「某の気で、あの者は死ぬぞ」
「ふぁ……イタミは眠いでござりまする」
イタミは大きく欠伸をすると、そのまま家の中へ入っていった。
*
「呪い配信三日目! 今日も元気でーす!」
男は飲食店の席に座り、スマホのインカメラに向かって楽しそうに笑っていた。
「あの……他のお客様のご迷惑になりますので、できましたら配信の方を控えていただけると……」
店員が申し訳なさそうに声をかける。
「はあ? 自分しか映してないけど?」
男は怪訝そうな顔で吐き捨てた。
「それでも……お声の方がですね……」
「じゃあ、小さい声でやりますね」
「いえ、当店といたしましても、配信は許可しておりませんので……」
「さっき声がって言いましたよね?」
「いや……ですから、配信はやめていただけると……」
「どっかに書いてあります? 自分しか映さないで、小声で喋るのに何が駄目なんですかー? 答えてくださいよ。本社にクレーム入れますよ?」
男はスマホを店員に向けた。
「それとも映りますか? それなら出てってやるよ」
男はカメラを切り替え、店員の姿を映し出した。
「やめてください!」
店員は慌てて顔を隠す。
「おい! 早く答えろよ! どこに書いてあんだよ? 何が迷惑なんだよ?」
男は声を荒らげながら立ち上がった。
「警察呼びますよ!」
店員は顔を隠したまま声を上げる。
「呼べよ! 早く! 盛り上がるからよ!」
男はスマホに向かって笑った。
配信のコメント欄が大きく荒れ始める。
男を非難するコメントや、面白がって煽るコメントが次々と流れていく。
その中に、店の住所を書き込んだコメントが一件あった。
*
自分の部屋で配信を眺めていたイタミは、そのコメントを見つけると、にやりと笑った。
「北山信玄様、見つけたでござる」
部屋の中で腕を組んで座っていた信玄が、イタミに顔を向ける。
「連れてこい」
「我々が行くのでござる」
「なぜだ」
「イタミの部屋に汚いものを入れるなんて、ありえないからでござりまする。所長だって来たことないのに」
イタミはベッドから起き上がり、大きく伸びをした。
「連れてこい」
「無理でありんす」
信玄は黙って刀の柄を握った。
「早く行かなきゃ、どこかに逃げてしまいまするよ?」
「……」
信玄は柄から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「必ず殺す。あやつも、お主も」
信玄はイタミを鋭く睨みつける。
「御慈悲をでござりまするよー」
イタミはスクールバッグと痛みを手に取り、部屋を出ていった。
*
男はコンビニから出ると、缶の酒を開けた。
「あっついなー。とりあえず、今日も深夜徘徊でーす」
自撮り棒を片手に、男はふらふらと駅前から住宅街へ向かって歩き始めた。
「時間は二十三時。今日はツマミを買う金がないので、墓にあるお供え物でも探して食べまーす」
男はスマホの画面に向かって笑う。
歩き進むにつれ、街灯の数も減り、辺りは次第に薄暗くなっていった。
「ん? 変なとこ歩いてるな……酔ってるからかな?」
男は辺りを見渡しながら歩き続ける。
「歩く予定じゃないとこ歩いてるわ。うぇーい! どうでもいいけどー!」
そのとき、男はふと足を止めた。
「……あ?」
男の視線の先。
街灯の下に、何かが立っていた。
「変な奴いる。見てみて」
男は自撮り棒からスマホを取り外し、外カメラに切り替えた。
「見える?」
男はスマホを向けたまま、ゆっくりと近づいていく。
「ダンボール着てね? なんか不格好な奴いるよね? ……鎧?」
コメント欄には、次々と書き込みが流れていく。
『ヤラセかよ』
『凸しろ』
『つまんね』
「ヤラセじゃねーよ! いいや、インタビューしてやるから」
男はさらに距離を詰めていく。
「やべぇ、マジで鎧じゃん」
そのとき、突然スマホの画面が真っ暗になった。
「うわ、最悪かよ」
男は足を止め、スマホの画面を確認する。
しばらくすると、配信が再開した。
「クソっ……」
男は顔を上げ、前方に視線を戻した。
目の前には、鬼のような形相をした北山信玄が立っていた。
「うわっ!」
男は脇に抱えていた自撮り棒を落とし、慌てて背を向けて走り出した。
配信画面には、激しく揺れる景色だけが映し出されている。
「はあ、はあ……やべぇ、やべぇ! マジモンだって……!」
男は駅前に向かって走っているつもりだった。
しかし、走れば走るほど周囲の明かりは少なくなり、いつの間にか街灯もまばらな田舎道へと迷い込んでいた。
「はあ、はあ、はあ……どこだよ、ここ……」
しばらく走り続けると、暗闇の中に自動販売機の明かりが見えた。
男はそこまで駆け寄り、自販機にもたれかかるように座り込んだ。
「はあ、はあ、はあ……」
荒い息を整えながら辺りを見渡し、スマホをインカメラに切り替える。
「はあ、はあ……見た? 見たよな?」
『見てねーよ』
『ダッサ笑』
『ヤラセおもんない』
「ヤラセじゃねーって言ってんだろ! てか、なんで見てねーんだよ! 能無しが!」
男がスマホに向かって悪態をついていると、どこからか重々しい金属音が聞こえてきた。
ガシャ……ガシャ……。
「……はあ、はあ……これ、聞こえてんだろ?」
『はあ、はあ笑』
『能無しなので聞こえません』
『警察にどーぞ』
「殺す」
「なんでだよ!」
男は苛立ちに任せ、背後の自販機を殴りつけた。
ブーッ!
突然、自販機から大きな音が鳴り響いた。
男が驚いて振り返ると、自販機の明かりがチカチカと点滅し始めた。
『壊した笑』
『うるせ』
『みんな!通報だ!』
「殺す」
自販機はなおも大きな音を響かせている。
「殺す」
男は立ち上がり、その場から走り去った。
「はあ、はあ、はあ……」
『逃げた!』
『ここどこ?』
『お化けに凸!!』
「殺す」
男は走りながらスマホをちらりと見る。
「さっきから『殺す』ってコメントうるせーよ!」
『してなくね?』
『コメントがうるさいとは?』
『みんな!コメント静かにして!』
「殺す」
男はふと違和感を覚えた。
「はあ、はあ、はあ……なんなんだよ……」
そのとき、男は足をもつれさせ、派手に転倒した。
手から離れたスマホが地面を滑り、カメラは夜空を映し出す。
『こけた笑』
『なにも見えませーん』
『痛い痛い笑』
「殺す」
男は荒い息のまま上半身を起こし、後ろを振り向いた。
そこには、刀を手にした甲冑姿の北山信玄が立っていた。
信玄はゆっくりと男に近づいてくる。
「はあ、はあ、はあ……なんだよテメェ! 殺すぞ!」
信玄は歩みを止めない。
「お前アレか? 本当に呪いか? 暇かよ! 死ねよ!」
信玄は何も答えず、ただゆっくりと近づいてくる。
そして、ついに男の目の前で足を止めた。
「はあ、はあ……イタズラか? 晒すぞ!」
信玄は黙ったまま、男を見下ろしている。
「はあ、はあ……」
男は信玄から目を逸らし、背後に落ちたスマホへと四つん這いで近づいていく。
しかし、そのときだった。
信玄は男の右足に刀を突き刺した。
「ぎゃあっ! アチッ……いや、痛え……!」
男は右足を抱え、地面を転げ回る。
「……」
信玄は男の右足から刀を引き抜くと、叩きつけるように何度も振り下ろした。
「ぎゃあっ! 痛え! 誰か! 通報しろ! 痛え! 痛え! 痛え!」
「……」
信玄は刀を振り下ろす手を止めた。
そして、男を仰向けにすると、その胸を足で踏みつけた。
「痛え……痛え……死ぬ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
男は恐怖と痛みに涙を流す。
「……」
信玄は男の胸を踏みつける足に、さらに力を込めた。
「ああっ! ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
男は必死に信玄の足を押しのけようとする。
しかし、その手は何度も足をすり抜け、虚しく空を掴むだけだった。
「……」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめん……なさ……」
信玄は左手で男の髪を掴むと、右手に握った刀でその首を斬り落とした。
「……」
男の顔は恐怖に歪んだまま、汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
その表情が、二度と変わることはなかった。
残された身体だけがしばらくの間、地面の上でもがくように動き、やがて静かになった。
少し離れた場所では、落ちたスマホが夜空を映し続けていた。
ガシャ……ガシャ……。
甲冑の重々しい足音が、次第に近づいてくる。
やがて、
グシャリ。
大きな音とともに、スマホの画面が消えた。
*
「以上が、先日発見された変死体についての報告になります。なお、本件は悪霊の仕業である可能性が高いと考えられています。九重観測所の管轄内で発生した事件ですので、引き続き調査を進めていきます」
会議が終わり、ウミと灰原は部屋を出た。
二人は観測所内の廊下を歩いていた。
「灰原さんは、今回の件をどうお考えですか?」
「……わかりません」
灰原は淡々と答えた。
「私は、別の日に起きたタクシー運転手の変死とも関係があるのではないかと考えているんですけど」
「……わかりません」
灰原は表情を変えずに答える。
「……そうですか。また何か気づいたら教えてくださいね」
「……はい」
灰原は軽く頭を下げると、そのまま歩き去っていった。
ウミはしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがて副所長室へと入っていった。
椅子に腰を下ろし、小さくため息をつく。
「……イタミさん。いや、考え過ぎでしょうか」
*
灰原は自室に戻ると、扉に鍵をかけ、ミニサボテンを持ち上げた。
「所長、変死体だなんて私、怖いです……今夜は眠れそうにありません……」
灰原はミニサボテンを見つめながら、うっとりとした表情を浮かべる。
「よかったら、朝まで語り合って気を紛らわせたいのですが? もちろん、寝ちゃっても大丈夫ですよ? 私もご一緒しますわ。ふふふっ、冗談ですよ。冗談」
灰原は楽しそうに、霧吹きでミニサボテンに水をあげた。
*
「御苦労であった」
北山信玄は首塚を背にして座っていた。
「ありがたき幸せでござりまするよー」
イタミは両手を上げ、頭を下げる。
「今後も家来として励むがよい」
信玄は大きく笑った。
「ははあー」
イタミは両手を伸ばし、頭を下げたまま答える。
「ところで北山信玄様。イタミは褒美が欲しいでござりまする」
イタミは姿勢を変えずに言った。
「なんじゃ? 土地か? 名誉か? 申してみよ」
「北山信玄様の魂でござる」
「……なに?」
その瞬間、背後から飛びかかった痛みが、信玄の頭を齧り取った。
「……!?」
信玄は頭があった場所へ手を伸ばす。
しかし、そこには何もない。
何度も何度も手で確かめるが、そのたびに空を切るばかりだった。
「土地も名誉もいるわけないじゃん。いつまでたっても化石頭なんだから」
イタミは上体を起こし、ピアスのついた舌を出した。
信玄は刀を抜き、イタミに斬りかかろうとする。
しかし、足を踏み外し、三段ほどの石段を滑り落ちた。
「頭もないのにちょースゴイね。まあ、だから狙ってたんだけどね。痛みちゃん、残さず食べてね」
「……」
信玄の頭を飲み込んだ痛みは、再び大きく口を開き、今度は足元から食べ始めた。
それでも信玄は、這いずるようにイタミへと向かってくる。
イタミはその様子を、ニコニコと眺めていた。
やがて、痛みは北山信玄を喰い尽くした。
「どう? スーパーパワー感じる?」
イタミは痛みに向かって親指を立てる。
「……確かに呪力は強くなった気がするが、気配を消せるほどのコントロールは身につけてないな」
痛みは自分の身体に触れて確かめる。
「なーんだ。北山信玄も大したことないね。スマホもない時代の人だし、そんなもんか」
イタミは笑った。
「……恐ろしいガキだな」
痛みが呟く。
「ふふっ、これからもたくさん食べさせてあげるね。所長のために強くなってね? 痛みちゃん」
「……」
深夜の夏の風が、静かに吹いていた。
終




