修行(新作エピソード)
ここは県内でも有名な部活動強豪校、私立 池図女学院。
そんな学院の会議室、現場……いや、部室棟の片隅で日々事件は起こる。
あーかい部に所属するうら若き乙女の干物達は、今日も活動実績を作るべく、部室に集い小説投稿サイトという名の電子の海へ日常を垂れ流すのであった……。
『アウトオブあーかい部!』は、そんなあーかい部のみんなの活動記録外のお話……。
池図女学院部室棟、あーかい部部室。
……ではなく、応接室。
「来たわね?……あさぎちゃん。」
あさぎがドアを開けると、中では教頭先生が偉そうに足を組んで待ち構えていた。
「まあ、呼ばれたんで。」
あさぎはクルクルと人差し指で自分の襟足をいじって目を逸らした。
「……もう片っぽ、借りても良いかしら?」
「いや、貸しませんって。」
「あら残念。」
「……あの〜、そろそろ本題いきません?」
「それもそうね。さっさと修行しちゃいましょうか♪」
あさぎは泊まり込みの修行という名目で教頭先生直々にお呼ばれしていた。
「それは良いんですけど……、なんで体操着?」
そして服装を指定されていた。
「動きやすい格好のが良いでしょう?」
「そんな激しいんですか……?」
「だって修行だもの。……さ、行きましょう♪」
「え、『行く』……?」
教頭先生はご機嫌に立ち上がると、悠々と応接室を出て行き、あさぎは教頭先生を追いかけて少し歩き回った。
「…………、到着よ。」
人気が無くなってそれなりに歩いた先で、教頭先生が足を止めた。
「ここって……。」
教頭先生がガチャリと古めかしいこもった金属音を鳴らして開けたドアの上には、
「『宿直室』……?」
と書かれたこれまたお古な横長の表札が掛かっていた。
「ささ、入ってちょうだい♪」
「あ、はい……。」
教頭先生に背中を押されて入った宿直室は、古めかしさすら感じる和風の作りだがよく見ると畳もちゃぶ台も、一人暮らしサイズな最低限のキッチンも頻繁に手入れされている跡があった。
「……よく、使ってるんですか?」
「私がね。」
「え?宿直室って、教頭先生が宿直を……?」
「そんなわけないじゃない。ここは私のサボり場、兼緊急用の居住スペースよ♪」
「サボり場……。なんだか、白ちゃん先生みたいなこと言うんですね。」
「違う違う、あの子が私みたいなこと言ってんのよ。」
「上司だからですか?」
「そ。ものわかり良いじゃない。」
教頭先生が押し入れを開けると、布団やら座椅子等が入っているべきなスペースから、雪崩のように梱包材の山が外へ崩れ、倒れ込んできた。
「…………、あの?」
「待って!皆まで言わなくてもわかるわ。……その、『なんですかそれ』ってお顔を見ればね♪」
「……大正解ですサスガキョウトウセンセー。」
あさぎは乾いた拍手で教頭先生を賛美した。
「あさぎちゃんったら、いつの間にかお世辞がこんなに上手になって……、」
「教頭先生のお陰で並の社会人よりはお世辞言ってきましたからねー。」
あさぎの目はサービス残業続きの社畜の様に死んでいた。
「……で、これが修行とどう関係するんです?」
「え?……これでやることなんて、1つじゃない?」
教頭先生は梱包材を1つ手に取ると、空気を閉じ込めた手頃な大きさの粒を1つ、指の腹でプチンと潰して見せた。
「まさか教頭先生、宿直中暇すぎて1人でずっとこれを……。」
「やらんやらん。」
「じゃあまさか修行って……、」
「そう!明日の朝までにこれ、全部プチプチしておいてちょうだい♪」
「はぁぁあっ!?」
最後までプチプチたっぷりな押し入れを前に、あさぎの礼節は吹っ飛んだ。
「もちろん、1つずつ指の腹でしっかり潰すこと。……良いわね?」
「これがマッサージとなんの
「返事は……?」
「イエス、マスター!?」
教頭先生の普段のにこやかな表情とは温度差で風邪を引きそうな、鉛玉のような眼差しを前に、あさぎに拒否権など無かった。
「はあ、やるかあ……。」
教頭先生が部屋を出ていくと、1人宿直室に残されたあさぎはどっかりと座布団に腰を下ろし、しぶしぶ梱包材の1つを手に取って言われた通りプチプチを潰し始めた。
「…………、お?」
プチプチを潰すと、小気味の良い音が手の中で弾けた。
「ちょっと楽しいかも……♪」
10分も経てば、大人1人の体をがちょうど一周巻き込めそうなサイズの梱包材がまるまる1枚、プチプチされ尽くされヘロヘロにくたびれていた。
「……これで10分か。割と良いペースかも♪」
文句を垂れていたのも今は昔、2つ目の梱包材を取る手は羽のように軽くなっていた。
「…………、あれ?」
さっそく1つ目のプチプチを潰したところで、あさぎは感触に違和感を覚えた。
「なんかさっきと……、」
さっきまで潰していた梱包材を手に取り、今のと重ねてみると、ほんの少しだけ今の梱包材の方がプチプチが小さかった。
「なんで違うんだろ?……こういうのって、決まった業者と契約してるからおんなじサイズなんじゃ……。」
つべこべ言いながら手を動かし、また10分程で2つ目の梱包材が完全に潰された。
「今度のは……、」
3つ目の梱包材を手に取り、プチプチし出すと再び違和感を覚えた。
「まさか……。」
あさぎは持っていた梱包材をヘロヘロになった2つの梱包材と重ねた。
「えぇぇ……。」
梱包材は、全てプチプチのサイズが異なっていた。
「いやいや流石にこれは……、」
プチプチするのを一旦やめて押し入れの中から梱包材を引っ張り出し、試着でもするように全部の梱包材を重ねてはほっぽっていく。
「全部、違う……。」
宿直室の畳を埋め尽くした梱包材は、どれひとつとして同じ規格のものが無かった。
代わりに、何故か1シートのサイズは全て同じ大きさになっており、ところどころハサミでカットされた痕跡が見受けられた。
「まさか、冗談抜きにこれが修行……!?」
疲れてきちょっぴり痛くなってきた親指が、あさぎ自身にこれは遊びなどではないと訴えていた。
「マジかあ……。」
謎に高い防音性のお陰で自分の独り言とプチプチの破裂音以外無音な宿直室で缶詰になること、数時間……。
「様子はどうかしら?」
「あ、教頭先生。」
教頭先生、入室。
「…………、ふ〜ん?」
3分の1程片づいた梱包材を見て、教頭先生がゆっくり何度も頷いた。
「何か掴めたかしら?」
「掴むっていうか潰してますけどね。」
あさぎはプチプチを再開した。
「じゃあ、潰した感想は?」
「教頭先生って忙しいんだなあ……と。」
「あらやだ、いつの間にそんな嫌味が言えるようになっちゃったの?」
「修行の成果ってとこですかね。」
あさぎはプチプチの手を一旦止めて、ギザギザに切られた梱包材の端っこを指差した。
「なるほど?洞察力はまずまずといったところね。」
「プチプチ力は?」
「可愛いベイビーちゃんってとこね♪」
「はいはい……。」
あさぎは再び梱包材を手に取ると、黙々とプチプチを再開した。
「……。」
「あら。何のためになるんだ〜、とか言わないのね?」
「……どれもちょっとずつプチプチの大きさや硬さが違うのは、指圧の強さや使う指の部位……。とどのつまり、レパートリーを増やすため……違います?」
「あらやだ大正解。」
「そりゃ良かったです……。」
あさぎはこなれた手つきで次々と梱包材をプチプチしていった。
「随分慣れてきたみたいだけど……、それじゃあ50点ってところかしら。」
「……残りの50点は?」
「そうねえ……、」
教頭先生は宿直室の隅っこに転がっていた梱包材を1つ手に取ると、脇の間を通してグルッと一周、自分の身体に巻きつけた。
「……まあ、こんなところかしら?」
「あ〜、それでこのサイズなんですね。」
作業の初めは謎だった梱包材のサイズの秘密が明らかになった。
「さあ、私はいつでも良いわよ?」
「……もしかして、プチプチ越しにマッサージさせる気ですか?」
「そーゆーこと☆」
教頭先生はバッチバチのウインクで肯定した。
「でもその前に……、夜ご飯にしましょうか♪」
教頭先生が指差した窓の外はすっかり仄暗い夜の闇に染まっていた。
「え"っ!?……いつの間に。」
あさぎが外に気を取られていると、宿直室の片隅に置かれていた黒電話で教頭先生が出前をいつの間にか取っていた。
「……さて、楽しいお泊まりの始まりね♪」
「『楽しい』、ですかあ……。」
「あら、楽しみじゃなかった?」
「そうですねえ、明日は授業お休みですし……、夜ご飯奢りなら楽しいかもしれませんね。」
この日、あさぎは時計の針がてっぺんを指す頃まで、梱包材に巻かれた教頭先生を親指でどつき回すというなんとも奇妙な体験をした。




