プロローグ:ひいろちゃん
赤井さんと新しい部活を作る約束をして1週間。
また、週末がやって来た。
「ほへぇ……、」
というわけで今日も私は保健室のデスクの上で溶けていると、突然ドアがノックされて背筋が伸びた。
「どうぞ〜?」
来客は赤井さんだった。
「失礼するよ。」
「お〜……。不敬な口調がバッチリ板についたわね♪」
「誰のせいだと……。」
「あ、私ね。」
「やれやれだな。」
赤井さんは俯き眉間をつまみ、心底呆れている様子だった。
……あれ?眉間を、つまみ……。
「ああ〜〜〜!?赤井さん、眼鏡かけてないっ!!」
「今更か……。」
「コンタクトにしたの?」
「裸眼だよ。今までのは伊達眼鏡だ。」
「もしかして私のために高校デビューしてくれたり?」
「ボロを出して襲われでもしたら堪らないからな。」
うわぁ真面目……。
「ところで、座らないの?」
「あ、ああ……失礼するよ。」
ここに来てからずっと立っていた赤井さんがようやく椅子に腰を下ろした。
それにしても、ピシッと着こなされた綺麗な制服が目につく。
「な、なんだ……?」
「いや?着崩さないんだな〜って。」
「着崩さないのが普通だろう。」
「1年生のうちはみんなそう言うのよね〜。」
池図女学院の校風は割と自由なので、進級する頃には着崩す生徒の方が大多数になる。
「ワタシはまだ0(ゼロ)年生だけどな。」
「0(ゼロ)……?」
「前に言ってなかったか?『新入生』って。」
そういえば言ってたような、言ってなかったような……。
「ってことは、4月に入学よね?……じゃあ赤井さんって何しに来てるの?」
「秘密だ!」
「えぇ〜……。」
「強いて言うなら、部活動を作りにだな。」
「随分と熱心なこと……。」
「就活だって同じだろう?早くスタート切ってインターン経験積んだ人が有利なのと何も変わらない。」
どっかで聞いたなそれ。
「だとしたら保健室でグダグダしてて良いの?」
「顧問の懐柔は最優先事項だからな♪」
「え、今私懐柔されてるの……?」
「ビル壊したり火を吐く方じゃないぞ?」
「知っとるわ。」
机上に置かれた部活動設立申請書に二人の視線が吸い寄せられた。
「名前、どうしようかしらねえ……。」
「『ポル○ハ部』とか
「おいこら。」
「ダメか……。」
「そんな名前にしたら2人まとめて首が吹っ飛ぶわ!」
「参ったな……。他に候補となると……、」
「逆にアレだけパッと思いつくとかどんな頭してんのよ。」
「次席だが。」
「は……?」
「魚の耳に入ってる方じゃないぞ?」
「んなこたぁ知っとるわい!……っていうか魚の耳になんか入ってんの……?」
「なんか年齢とかがわかるらしい。」
「へえ〜……ってそうじゃなくて、まさか赤井さん頭良いの?」
「誠に遺憾ながらきはだの次にな。」
「っし!次の目標が決まったわね♪」
「次?」
「そ。名前はおいおい決めるとして、部室を確保したらあと必要なのは部員でしょ?」
「お、おいまさか……。」
「さ〜っすが!頭良いじゃない♪」
「待て待て待て待て!?きはだを入れるなんてワタシは反対だぞ!」
「なんで?その『きはだ』ちゃんって、赤井さんよりも頭良いんでしょ?入ってくれたら部の成績も安泰じゃない♪♪」
「下心丸出しかよ……。」
「赤井さんは嫌なの?」
「嫌も何も、きはだはこの世の終わりみたいな性格だからな。」
「赤井さんより?」
「先生にはワタシがどう映っているんだ……。」
「あ〜、そういえばちゃんと名乗ってなかったっけ。……私は白久澄河、保健室の先生やってるわ♪」
「養護教諭ってヤツだな。」
「それそれ。……じゃあ次赤井さんの番ね?」
「白久先生はもう名前知っているじゃないか。」
確かに、赤井さんが初めて保健室に来た日に書類に書かれた[赤井 ひいろ]という名前を目にしている。
「ま〜〜そうよねえ、そんなに頭カッチンコッチンじゃあ次席止まりでもしょ〜がな
「赤井ひいろ9月30日生まれA型身長158cm体重
「何キロなの?」
「はっ!?//////」
「そこで計っても良いわよん♪」
「は……、諮ったなぁ!?///」
「勝手にベラベラ喋る方が悪いのよ。ムキになっちゃってか〜わいっ♪」
「かわ、いい……。」
ひいろの表情が一瞬緩んだように見えた。
「〜〜!」
……と思うと、ひいろはブンブンと首を横に振った。
「惑わされないぞ……、ワタシはどちらかと言うとカッコいい系だからな!」
「そう?私にはどっちかって言うと赤井さんやりも『ひいろちゃん』の方がしっくりくるけど……。」
「ひいろ、ちゃん……。」
本人は悟られないように若干顔を伏せていたようだが、ひいろの表情がまた緩んだのを見逃さなかった。
「ま〜あ、でも本人がカッコいい系が良いって言うんだったら……。」
「す、好きにすれば良いだろう呼び方なんて……///」
大袈裟にそっぽを向く仕草が、ダダ漏れする嬉しさを全身で体現していた。
「じゃあこれからは『ひいろちゃん』で♪」
「好きにしろ……///それと、きはだを入れるのは無しだからな……ッ!?」
忘れてなかったか……。」
「じゃあ代わりに入ってくれそうな子を探さないとよねえ?……ひいろちゃん、お友だちとか
「まだ入学すらしていないのにいると思うか?」
「……それもそうね。」
「白久先生は、慕ってくれている生徒とかいないのか?」
「いる
「わけないか……。」
「おい。」
開いていた窓からの風に煽られて机上の書類が微かに揺れた。
「じゃあ部員は一旦保留で。」
「意義無しだ。勧誘するにもまずは活動内容を決めないことには始まらないからな。」
「それもそうね。」
「おっと、もうこんな時間か。」
ひいろが席を立った。
気がつけばもうすぐお昼だ。
「また来るよ。」
「はいちょっと待った。」
クールに去ろうとするひいろを呼び止める。
「どうしたんだ?」
「私も毎日ここにいるわけじゃないから、当面は事前に連絡してから来るように。」
スマホを取り出し、起動したトークアプリ『PINE』の画面を見せた。
「…………。」
「……あ、もしかしてアプリ入れてない?」
「いや、そうじゃなくて……先生らしいこともするんだな、と。」
「おい。」
お腹も空いていたので、この日は連絡先を交換した所でお開きになった。
呼び方が変わって連絡も取れるようになったことでほんのちょっと全身……と希望的観測をしておこう。
官能小説部(仮!!)(2)
白ちゃん:は〜いいらっしゃ〜い♪
ひいろ:早速過ぎませんか?
ひいろ:さっき歯を磨いてきたばっかりなんですけど
白ちゃん:こういうのは早い方が良いのよ
白ちゃん:あと敬語禁止!
ひいろ:活字もダメなのか
白ちゃん:いつどこでボロが出るかわかんないからね
ひいろ:流石、曝け出しっぱなしの人の言うことは違うな
白ちゃん:痛いっ!?言葉の棘が!?
ひいろ:望んだのは白久先生だろう?
白ちゃん:それはそうだけども
ひいろ:そういえばその白ちゃんってのはなんなんだ?
白ちゃん:フッ……
白ちゃん:我が忠実なる学徒達は私のことをそう呼ぶの
ひいろ:確かに犬っぽいとこあるもんな
白ちゃん:ひどぉい!?
ひいろ:ワタシもそう呼んだ方が良いか?
白ちゃん:もち!
ひいろ:わかった
白ちゃん:今呼んでくれないの?
ひいろ:喋る前の赤ん坊が活字で『ママ』とチャットしてきたら嫌だろう?
白ちゃん:確かに……とんだディストピアね
ひいろ:そんな時代もそう遠くないかもしれないけどな
白ちゃん:そうよねえ
白ちゃん:ベビーカーにスマホくっつけて動画見せてる親御さんとか見るものね
ひいろ:ファミレスの間違い探しでも貼り付けた方がよほど教育に良い
白ちゃん:ひいろちゃん、ファミレスで間違い探しやり込んじゃうタイプなんだ〜
ひいろ:悪いか!?///
白ちゃん:い〜や?可愛いな〜って
ひいろ:ワタシは可愛くなどない!
白ちゃん:じゃあそういうことにしておこうかしら
白ちゃん:ところでひいろちゃんって自分のことワタシって打つのね
ひいろ:活字に起こすときの癖でな
白ちゃん:あ〜、そういえば官能小説部志望だったわね
ひいろ:登場人物が増えると紛らわしくなるから人称の表記を変えているんだ
白ちゃん:へ〜
白ちゃん:色々考えてるのね
ひいろ:ワタシは白ちゃんと違って頭で思考して生きているからな
白ちゃん:まるで人が単細胞
白ちゃん:あ!いま白ちゃんって言った!
ひいろ:あ……
白ちゃん:ディストピアディストピア!
ひいろ:まあ、伏線回収ってことにしておいてくれ
白ちゃん:お〜、さすが著者
ひいろ:さっきからちょいちょい平仮名混じりなんだが
白ちゃん:その方が読みやすいでしょ〜
白ちゃん:私も頭で考えて生きてるからね♪
ひいろ:確かにそうだな
白ちゃん:えっへん!
ひいろ:見やすくした所で誰かが見返すわけでもないんだがな……
白ちゃん:それもそうね
白ちゃん:あーーーー!!
ひいろ:なんだなんだ、終わる雰囲気だっただろう
白ちゃん:これ!これよ!!
ひいろ:どれだよ
白ちゃん:活動内容!!!
ひいろ:ダメださっぱりわからん
白ちゃん:だ、か、ら!
白ちゃん:この雑談を記録して活動実績にしちゃえばいいのよ!
ひいろ:うわ……なんて怠惰な
白ちゃん:へっへーん!なんとでも言いなさい
白ちゃん:何やるにしたって部を名乗る以上、実績問題は付きまとうんだからね〜だ!
ひいろ:白ちゃんが威張ることじゃなくないか……?
白ちゃん:それはそう……!
ひいろ:そもそも記録しただけじゃあただの議事録だぞ?
白ちゃん:あ〜もうおバカさんなんだからこの次席は
ひいろ:怒っても良いか?
白ちゃん:だめ☆
ひいろ:わかったから早く教えてくれ、あたま保健体育全振り先生
白ちゃん:おいこら
白ちゃん:まあいいわ!私たちの活動内容は、ここで記録した雑談を電子の海に垂れ流すことよ!
ひいろ:電子の海って
ひいろ:まさか投稿するのか……!?
白ちゃん:いえ〜す♪高度経済成長期の汚染水の如くドバーッとね
ひいろ:ひっどい例えだな
白ちゃん:私たちの雑談がキレイなものだとでも?
ひいろ:なるほど的を得ている
白ちゃん:というわけでこれからもよろしくね、著者様♪
ひいろ:ハハ、ここがワタシのディストピアか……




