表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しりとり的なショートストーリー集  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/64

第61話:茉莉花の調べ(ヒューマンドラマ)

 祖母の遺品整理をしていた私の手が、突然止まった。段ボール箱の底から、古びた漆塗りの箱が出てきたのだ。蓋を開けると、中から壊れたオルゴールが姿を現した。


「これ、知ってるの?」


 母に尋ねると、彼女は息を呑んだ。


「まさか、まだ残っていたなんて……」


 母、綾香あやかは静かにオルゴールを手に取った。それは中国製らしく、側面には「茉莉花」という文字が刻まれている。


「これ、おばあちゃんの宝物だったのよ」


 母は懐かしそうに微笑んだ。


「私が子供の頃、おばあちゃんはよくこのオルゴールを見せてくれたわ。でも、絶対に開けちゃダメって言われてたの。壊れているから」


 私は不思議に思った。


「なんで直さなかったの?」


「そうね……。実は、おばあちゃんが他界する少し前、このオルゴールの由来を話してくれたの」


 母は深く息を吐いて、昔を思い出すように目を細めた。


「おばあちゃんが二十歳の頃、上海の高級レストランでピアニストとして働いていたのよ。そこで出会ったのが、おじいちゃん……じゃない人」


 私は息を呑んだ。祖父は商社マンで、祖母とは見合い結婚だと聞いていた。


「その人は料理人で、おばあちゃんの演奏する『茉莉花』が大好きだったんですって。二人は密かに想い合うようになって……。でも、動乱の時代。その人は政治的な理由で逮捕されて、おばあちゃんは日本に強制送還されたの」


 母は一瞬言葉を詰まらせた。


「最後に会った日、その人はこのオルゴールをおばあちゃんに渡したの。『茉莉花』を奏でるオルゴール。だけど、その日すでにゼンマイは壊れていて……」


「なぜ?」


「その人が言ったんですって。『音は鳴らなくていい。君の心の中で、永遠に奏でられているから』って」


 私は黙ってオルゴールを見つめた。祖母は、この小さな箱の中に、若き日の想いを閉じ込めて生きてきたのだ。


「おばあちゃんは、おじいちゃんを大切に思っていたわ。でも、このオルゴールもずっと大切にしていた。人の心って、そういうものなのね」


 母の瞳が潤んでいた。私は祖母の写真を見た。いつも厳格だった祖母の、若かりし日の微笑みが浮かんでくるようだった。


 その夜、私は思い切って母に提案した。


「ねえ、このオルゴール、直してみない?」


 母は驚いたように私を見た。


「私、時計修理の上田さんと付き合ってるの。オルゴールの修理もできるんだって」


 母は暫く考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。


 一ヶ月後、修理を終えたオルゴールが戻ってきた。母と私は息を潜めて、ゼンマイを巻いた。


 清らかな『茉莉花』の調べが、静かな部屋に流れ出した。母の頬を、大粒の涙が伝った。


 その日から、このオルゴールは母の宝物になった。時々母は、祖母の思い出を語りながら、この曲を私に聴かせてくれる。そして私は、人の心の中で奏でられる音楽の意味を、少しずつ理解するようになった。


このお話から「上海」と「オルゴール」を取り出して次につなげます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ