第59話:データの残り香(ヒューマンドラマ)
ある日、私は路上生活者たちのデータを解析していた。ホームレス支援NPOから依頼された仕事だ。路上生活者の行動パターンを分析し、効率的な支援活動に活かすためのビッグデータ解析である。
「興味深いですね、この相関関係」
同僚の西園寺が、青白い光を放つディスプレイを指差した。
「ええ。このエリアの路上生活者の数が、毎月15日前後に急増するんです」
私こと鳩目千里は、データサイエンティストとして様々な社会現象を分析してきた。しかし、今回のプロジェクトには特別な思い入れがあった。
「鳩目さん、この地区の詳細データをお願いします」
西園寺の声に、私は画面を切り替えた。すると、ある一つの建物の周辺で、特に顕著な人の集まりが確認できた。
「ここは……」
私は息を呑んだ。その場所には見覚えがあった。
翌日、私は現地調査に向かった。肌寒い冬の午後、データの示す建物の前には、すでに数人のホームレスが集まっていた。
「もうすぐ開くはずだよ」
一人の老人が、私に話しかけてきた。やつれた表情の下に、どこか品のある雰囲気を漂わせている。
「何がですか?」
「スープキッチンさ。ここの料理人は腕がいいんだ。特に15日のカレーは格別でね」
老人は懐かしそうに微笑んだ。その表情に、私は既視感を覚えた。
「もしかして……橘田さん、ですか?」
老人は驚いた顔をした。
「よく分かりましたね。ええ、かつての三ツ星レストラン『メゾン・タチバナ』のオーナーシェフです」
そう。彼は私の父が最後に働いていたレストランのオーナーだった。倒産後、父は深い借金を背負い、失踪した。その後、私は母と二人で必死に借金を返済し、データサイエンティストとして這い上がってきた。
「実は、あなたのお父様は……」
橘田さんは懐から一通の古ぼけた封筒を取り出した。中には、父の直筆の手紙が入っていた。
『橘田さんへ。私の無能さがレストランを破綻させてしまい、申し訳ありません。しかし、最後にお願いがあります。毎月15日、この建物で路上生活者に温かい食事を提供してください。私の退職金を全て、その資金として預けさせていただきます』
手紙を読み終えた私の目から、涙が零れ落ちた。
父は失踪したのではなかった。自らホームレスとなることで、店の借金を肩代わりし、残りを路上生活者支援に回していたのだ。そして今、私は図らずもその足跡を、データの中に見出していた。
「あなたのお父様は、今でも時々ここに来られますよ。ボランティアとして」
橘田さんの言葉に、私は息を呑んだ。
その時、建物の扉が開き、温かそうなカレーの香りが漂ってきた。振り返ると、エプロン姿の初老の男性が笑顔で立っていた。
「お帰りなさい、千里」
その声を聞いた瞬間、私は15年分の想いを抱えて、父へと駆け寄っていた。
このお話から「スープキッチン」と「三ツ星」を取り出して次につなげます。




