第54話:「0から100までの旅」(医療SF)
医療デバイスの進捗バーが、薄青い光を放っていた。「幹細胞分化進捗率」を示すモニターの前で、藤間詩織は息を潜めている。患者の命がかかった再生医療。進捗バーは、命の時を刻んでいた。
0%……1%……2%……。
ゆっくりと進む青い光。
「藤間先生、バイタル、安定してます」
看護師の声に、詩織は小さく頷いた。目の前のカプセルには、難病と闘う少年が眠っている。長谷川陽斗。まだ十二歳。
「お姉ちゃん、約束だよ。目が覚めたら、一緒にゲームしようね」
手術前、陽斗はそう言って笑った。詩織は「お医者さん」ではなく「お姉ちゃん」と呼ばれることを許していた。彼との約束は、医師としてではなく、一人の人間としての誓いだった。
15%……16%……17%……。
進捗バーは、まるで命の重さを知っているかのように、慎重に進んでいく。幹細胞が、新しい組織へと分化していく過程は、まさに命の誕生を見ているようだった。
「陽斗くん、しっかりね」
詩織は囁く。カプセルの中の少年は、穏やかな寝顔を見せている。
38%……39%……40%……。
「藤間先生、面会の方が」
振り向くと、陽斗の妹・小鈴が控えめに立っていた。まだ八歳。手には、折り鶴が握られている。
「お兄ちゃんに、千羽鶴を折ってるの。でも、まだ百羽しか……」
小鈴の目に涙が光る。詩織は静かに少女の髪を撫でた。
「一緒に折りましょう? 時間はたくさんあるから」
62%……63%……64%……。
詩織と小鈴は、進捗バーの光を浴びながら、一羽また一羽と鶴を折っていく。医療機器の無機質な音と、紙を折る音が調和していた。
「先生は、お兄ちゃんのこと、助けられますか?」
小鈴の問いに、詩織は鶴を折る手を止めた。
「私だけの力じゃないの。陽斗くんの命の力と、この技術の力と、みんなの想いが、一つになって……」
75%……76%……77%……。
夜が明けて、また夜が来る。小鈴の折り鶴は、いつの間にか五百羽を超えていた。
89%……90%……91%……。
「先生、数値が変動してます!」
突然の警報音。詩織は即座に対応を開始する。進捗バーが、わずかに揺らめいた。
「陽斗くん、約束よ。必ず、目を覚まして」
詩織の声が震える。その時、小さな手が彼女の手を握った。
「大丈夫。お兄ちゃん、強いから」
小鈴の声に、詩織は勇気をもらう。
96%……97%……98%……。
警報音が止まる。進捗バーは、再び安定した光を放ち始めた。
99%……。
そして——。
100%。
カプセルのカバーが、ゆっくりと開く。
「お姉……ちゃん?」
かすれた声。陽斗の目が、少しずつ開いていく。
詩織は、思わず涙をこぼした。進捗バーは青い光を消し、代わりに朝日が部屋を照らし始めていた。
窓辺には百羽だけの千羽の鶴が、光を受けて虹色に輝いている。カプセルの側で、小鈴は兄の手を握りしめていた。
「ただいま、小鈴」
陽斗の言葉に、部屋中が暖かな光に包まれた。
このお話から「陽斗」と「小鈴」と「詩織」を取り出して次につなげます。




