第27話:午前三時の記録係(ヒューマンドラマ?)
電子カルテの記録を終えた私の目に、画面の隅で点滅する見慣れないアイコンが飛び込んできた。クリックすると、テキストエディタが開く。そこには不思議な文章が記されていた。
『記録係の方へ。私は永年勤続の者です。今宵も記録のお手伝いをさせていただきます』
午前三時。夜勤の看護師である私以外、ナースステーションには誰もいない。
「誰かのいたずらかしら?」
そう思って無視しようとした時、キーボードが勝手に動き出した。
『五番病室のライト様、十秒前に体動あり。確認をお願いします』
私は思わずモニターから顔を上げた。本来なら病室に設置された生体センサーが反応するはずだが、アラートは鳴っていない。しかし、なぜか気になって五番病室を確認しに行く。
案の定、ライトさんはベッドの端に腰掛けていた。
「トイレに行きたかったの?」
「ちょうど看護師さんが来てくれて助かったわ」
適切な介助を行い、ライトさんを安全にベッドに戻す。ステーションに戻ると、また文字が浮かび上がっていた。
『ありがとうございます。私の頃にはセンサーもなく、目視と経験だけが頼りでした』
「あなたは……以前ここで働いていた看護師さん?」
『はい。山岡和子と申します。昭和の終わりまでこちらに勤めていました』
その名前に聞き覚えがある。確か、病院の歴史を紹介するパネルに、「患者第一の看護を実践した功労者」として写真が掲載されていた方だ。
『今の若い方々は機械に頼りすぎです。私の経験上、患者様の異変は、数値では計れない些細な予兆から始まることが多いのです』
その言葉に、私は深く考え込んだ。確かに最近は、モニターの数値を確認することが仕事の大半を占めている。患者さんの表情や仕草、部屋の空気感といった、数値化できない情報を、どれだけ見落としているだろう。
『七番病室の窓が開いています。寒くなりそうですよ』
慌てて確認に行くと、窓が少し開いていた。患者さんは気付いていないようで、安らかに眠っている。そっと窓を閉める。
夜が明けるまで、山岡さんは様々な気付きを教えてくれた。検温だけでは分からない微熱の予兆、心拍数が正常でも息遣いが変わる瞬間、不眠のサインとして現れる小さな体の動き──。
夜明け前、最後のメッセージが現れた。
『私の役目はここまでです。これからは、あなたの「観察力」を信じてください』
次の瞬間、テキストエディタは消え、通常の電子カルテの画面に戻った。
それ以来、山岡さんが現れることはない。でも私は、機械やデータだけに頼らず、五感を研ぎ澄ませて患者さんを観察することを心がけている。たまに、誰かが私の背後で優しく見守ってくれているような感覚があるけれど、それは決して怖くない。きっと、今夜も山岡さんは、静かに記録を続けているのだろう。
ここから「テキストエディタ」を取り出して次につなげます。




