偽りと、ものの見方
「──やっぱり、こうなってしまいましたか」
無表情に近いかたちで、爛 梓豪が見つけた頭部を凝視する。
美しく、それでいて儚い見目の全 紫釉はため息をつくことで、よりいっそう憂いを帯びた瞳になっていった。
爛 梓豪から頭を受け取り、そっと机の上に置く。
「……当たってほしくなかった。こういうときの私の勘は、妙に当たってしまう」
背中を少しだけ丸め、寂しげに語った。
「阿釉、いったいこれはどういうことなんだ?」
わかるように説明してくれと、彼は苦く微笑む。
全 紫釉は軽く頷き、彼を直視した。
「始めは、橋 鈴藤の父親が地位欲しさに暴走したんだと思っていました。けれどよくよく考えると、不可解な点が多い」
「……ああ。俺が知ってる親父さんとはまるで違うって話か?」
「それもありますが……決め手は、鬼 伊橋と橋 鈴藤でした」
「うん? 何で、お袋と阿藤が?」
本気でわからないようで、終始小首を傾げている。
全 紫釉はため息をついた。そして机の上の書物を退かし、筆を二本置く。
「この二本の筆を彼女たちとします。それで、この書物が爛清です」
書物を軽くつついた。
「書物のあなたは橋 鈴藤の父親について、小さな頃の記憶しかありません。簡単に言うと、殆ど会ったことがないから性格などわかりはしない、です」
反面とつけ足し、二本の筆を持ってくる。その筆を手前に置いた。
「鬼 伊橋は、兄弟子として交流があります。橋 鈴藤に至っては、実の父親。鬼 伊橋よりも毎日顔を合わせていたはず」
爛 梓豪よりも親しくしていた者たちが不信感を抱いた瞬間、それはより強い、真実になっていく。
身近な者の言葉ほど強いものはなかった。
もちろん全 紫釉は彼の言葉を信じていないわけではない。むしろ、好意をよせる相手として信用すらしていた。けれど今回のことのような事態に見舞われた場合、気持ちではどうにもならない。
そのことをハッキリと伝えた。
「……なるほどな。それは当然のことだ。俺だって同じ立場だったら、阿釉と同じことしてたと思う」
エッヘンと、鼻高らかに胸をはる。そして全 紫釉の頭を撫で、そっと抱きしめた。
「……ありがとな阿釉。俺を傷つけないようにって考えてくれたんだろう?」
彼の問いに、全 紫釉は素直に頷く。目頭が熱くなっていくのを堪え、そっと彼を抱きしめ返した。ふるふると何度も首をふり、嬉しさを吐息に混ぜる。
「私は、ただ真実を知りたい。そう、思っただけですよ。でも結果的に、あなたの言葉を鵜呑みにしてはいけないという状態になっていた。爛清よりも、橋 鈴藤たちの言葉の方を信じなくてはならなくて……」
──大切な人よりも、他人を優先しなくてはならない。とても苦しくて、泣きたくなる。でも爛清は、それをわかってくれていた。ああ、やっぱり私は……
爛 梓豪という青年を心の底から信じて、そして愛しているのだと実感する。
しばらくの間、彼の温もりを一人占めした。
「ふふ。あなたは本当に優しいですね」
「そうか? まあ俺は、阿釉に惚れたからな。……おっと。それよりも、話の続きをしようぜ。結局のところ、お袋たちの言葉を信じて、どうしてこの結果にたどり着いたんだ?」
彼は机の上に座る。その行儀の悪さを、全 紫釉は膝をたたくことで咎めた。
「まったく、あなたという人は! ……私が今から話すことは、過去に起きた内戦にも関係してきます」
「内戦って……」
これには彼だけでなく、一緒にいた白月と白無相ですら、耳を傾けている。さんにんは全 紫釉の元へと集まり、座れそうな場所を見つけて各々が休憩をとった。
「阿釉が言ってる内戦って、黄と黒がそれぞれ手を取り合ったっていう、あれか?」
禿という國は、何千年と続く歴史がある。禿という王朝になったのは三百年ほど前だったが、それ以前、その後すら、幾重にも及ぶ滅びが訪れていた。
最初は、ひとりの妖怪によって國そのものが滅ぼされる。その時代は殷王朝と呼ばれていた。次王は周。この周が殷の皇帝から玉座を譲り受け、新たな時代が始まった。
けれど王が流行り病で亡くなり、その子たちが國の玉座を求めて争いを始めてしまう。
「それで勝ち残ったのが、禿王です。そこからこの國は禿と名乗りますが……」
問題は禿にあった。
禿になってからというもの、妖怪たちの動きが活発化してしまう。理由は不明だが、人々が死人の殭屍になるという事例も多く出ていた。
「この事態を汲んで当時の黄、黒族の当主は、手を組んだと言われています」
ただ、と、少しばかり躊躇う。
いつの間にか膝の上には白月が乗っていた。子供の頬をむにむにとこねながら、話を続ける。
「その最中に、両族の長が行方不明になるという事件が起きたそうです」
「行方不明って……見つかったのか?」
「…………」
全 紫釉は静かに首をふった。
「両者とも、遺体で発見されたと聞きます」
のちに、黄族は息子が、黒族は弟が後を継いだという話だった。
そして黄族の現当主こそ、昇格試験のときに唯一話の通じた男黄 珍光の実父でもある。黒族に関しては、現役のふたつ名持ちの仙人が当主の座についていた。
「……はあー。今、そんなふうになってるんだな? あれ? でもそれと、今回のことは関係ないような?」
腕を組んで、ぽくぽくと頭を悩ませているよう。うーんと唸っては、何かを閃いたように笑顔になった。かと思えばどんよりとし、百面相に近い表情を披露している。
そんな彼を見て、全 紫釉は微笑した。
「今回の件はその内戦の最中に起きた、あることと酷似しているんです」
「あること?」
彼はその場に、がに股で座る。興味を示したようで、目を輝かせていた。
「……内戦の最中、行方不明だったはずの黄族の当主が、町で見つかりました。外傷などはいっさいなかったそうですが、行方不明になる前と明らかに違っている部分があったそうです」
透き通る声が、静かな部屋の中を走る。さんにんからの視線を浴びながら、全 紫釉は淡々と語っていった。
「行方不明になる前までは、人を殺すことすら嫌がっていて、自ら内戦に参加するような人ではなかった。けれど発見された後、その性格が真逆……他者を平気で殺すような、残虐さを見せるようになったそうです」
「……おいおい。それって……」
彼の顔がひきつっていく。明るかった眼差しは消え、真剣な面持ちが生まれていた。
全 紫釉は無言で頷く。
「そうです。今回同様、まったく異なる性格に変貌していたんです」
「嘘、だろ……」
言葉を失うとは、このことを言うのだろう。彼は頭を搔いて、困惑を眉に乗せていた。
それでも全 紫釉は、お構い無しに話を続けていく。
「さらに驚くことに、内戦に率先して参加していた黄族当主は、本人ではなかったそうです」
「え?」
彼の驚く姿を見ても、全 紫釉の心は動くことはなかった。美しいままの姿勢と姿を保ちながら、更なる衝撃の真実を打ち明けていく。
「本物は既に死亡していて、内戦に参加していた当主は偽者だったそうです」
「……っ!? ……ちょ、ちょっと待てよ! その言い方だと、親父さんは……」
彼の戸惑いを遮るように、全 紫釉は苦く笑んだ。
爛 梓豪は「嘘だろ?」と、胡座をかきながら顔色を悪くしてしまう。ふと、何かを思い出したかのように顔を上げ、全 紫釉への近づいた。
「ちょっと待てよ。阿釉を誘拐したやつが偽者だとしたら、本物はどこにいるんだ!?」
好奇心か。それとも幼馴染みの橋 鈴藤を想ってか。それは彼にしかわからなかったので、全 紫釉は触れずにいた。
彼の顔がズイッと迫りくる。
──ちょっ、近い。近い。
全 紫釉の胸の高鳴りなど知るよしもない彼は、さらに迫ってきた。やがて口づけができるほどの距離まで狭まれたため、グイッと押し退ける。
「ば、爛清はもう、本物の居場所を見つけているはずですよ?」
「…………え?」
彼の、すっとんきょうな声が響いた。




